国際演劇評論家協会日本センター/シアターアーツ主催 劇評講座 演劇における方法論とその射程を 巡って‐長谷基弘氏(桃唄309)を迎えて‐


日時:2016年11月27日(日)、18時スタート
場所:座・高円寺地下3階けいこ場2
講師:長谷基弘
聞き手:中西理

群像会話劇の形でその背後に隠れた人間関係や構造を提示する「関係性の演劇」*1は1990年代以降の日本現代演劇で大きな流れを形成してきました*2。桃唄 309の長谷基弘もその一翼を担う重要な劇作家です。ただ「関係性の演劇」の多くの作家が一場劇ないしそれに近いスタイルだったのに対し、長谷は短い場面を暗転なしに無造作につなぎ、次々と場面転換をするという独自のスタイルを開拓しました。時空を自由に往来する劇構造は従来、映画が得意とし演劇は苦手としてきました。それは映画にあるカット割りが、演劇にはないからです。ところが、短い場面を暗転なしに無造作につなぎ、次々と場面転換をするという独特の作劇・演出の手法は映画でいうところのカットに準ずるような構造を演劇に持ち込むことを可能にしました。演劇で場面転換する際には従来は暗転という手法が使われましたが、これを多用すると暗転により、それぞれの場面が分断され、カットやコラージュ、ディソルブといった映画特有の編集手法による場面のつなぎのようなスピード感、リズム感は舞台から失われてしまいます。これが通常、劇作家があまりに頻繁な場面転換をしない理由なのですが、これに似た効果を演劇的な処理を組み合わせることで可能にしました。

平田オリザらの方法論と長谷基弘のそれを比較したモデル図
 こうした手法で長谷は一場劇では描くことが難しい長い歴史の中での出来事や大きな共同体の中の群像劇を描き出してきたのです。今年の春にはひさびさに長編新作「風が吹いた、帰ろう」(座・高円寺)が上演されました。こうした手法を駆使してハンセン病とその療養施設がある島・大島の歴史に迫った作品です。「風が吹いた、帰ろう」は瀬戸内海に浮かぶ離島、ハンセン病元患者の療養所の島「大島」とその歴史をモチーフにしています。現地での綿密な取材を元にはしていますが、単純に歴史を再現したドキュメンタリー演劇ではないところが特徴です。
 このような主題ではハンセン病患者らの遭遇した様々な悲劇的な状況に焦点をあてて描写しがちです。ただ、それだけでは現代の我々にとっては「かつてあった悲劇」は歴史上の遠い出来事のようにしか感じられず、実感を持つことは難しいのです。長谷の作劇が巧妙なのは登場人物が「大島」数十年の歴史を担う島の療養所に暮らす患者たちの物語と並行してそれとは一見無関係なシェイクスピア劇を上演する劇団、現代の東京に暮らす人々とより私たちに近い複数の人物の描写が同時進行させていくことです。
 それらの人物は実は島の出来事と完全に無関係というわけではありません。登場人物の一人にはハンセン病のために戸籍から抜かれた祖母がいて、そのために縁談が壊れたことに後になって。この気が付きます。このように歴史上の出来事は「過去に終わったこと」ではなく、現在にも脈々とつながり、影を落としているんだということを描写してみせます。
 もうひとつの特徴はそれらの場面が単に現在・過去の出来事が交錯させて描くだけではないことです。リアルな筆致による現代口語劇とダンスや劇中劇など異なる位相にある描写を取り混ぜ、それを積み重ねていくことで「現実の重層性」を再構築しようと試みています。例えば老女となった元患者が島での出来事を回想するシーン。ここでは回想を語るだけでなく、彼女がまるで演出家のように振る舞い、周囲にいる人たちを当時そこにいた人物として配役していき、さらに演技指導なども行う。こうした「メタ演劇」の手法も取り入れることで、こうした当時の現実から様々な距離感をとる描写を複雑に組み合わせ演劇でしかできない「過去の再構成」をしているのです。

(「風が吹いた、帰ろう」の映像)
 ここからは劇団の歴史を振り返ることで、こうした手法がどのようにして生まれてきたのかを考えていきたいと思います。劇団旗揚げは立教大学内の学生劇団としてで、1987年のことですが、本格的に活動を開始するのは90年代に入ってからです。私が最初に長谷作品を見たのは 「若建の國」(1993年)でした。古事記日本書紀の時代の神話的出来事を叙事詩的ではなく、日常会話劇として立ち上げていた作品だが、まだ過渡期にあったかもしれません。ともに宗教改革の指導者であったマルチン・ルターとトーマス・ミュンツァーの対立をセックス・ピストルズジョン・ライドンシド・ビシャスの関係と重ね合わせた「ユニゾン」(1994年)は個人的にも好きな作品で長谷ではなくとも誰かが上演してくれないかとも思っています。ただ作風としての分岐点となったという意味で重要なのは「人情食堂さくら」*3(1995年)ではないかと思う。これは作風としては現代口語演劇といってよく、この年は平田オリザが「東京ノート」で岸田戯曲賞を受賞した年でもあり、この作品も間違いなくそうした流れの中(松田正隆=時空劇場「坂の上の家」1993年、「海と日傘」1994年など)にあったといえそうだ。当時書いたレビュー(1998年の再々演版についてのもの)を再録しておこうと思います。
(「人情食堂さくら」の映像=映像がもしあれば映像を、なければ舞台写真でも)

 これはよく比較される平田オリザら他の「静かな演劇派」の作家にはないことで、そうした独特の作風の一つの原点がこの芝居といっていい。ここでは定食屋さくら食堂の昼時のスケッチが7日間にわたって描かれる。食堂は閉店することになっていて、描かれるのは閉店までの最後の一週間である。だが、そうした、芝居全体の構造は後から俯瞰して初めて分かることで、舞台では一見いつもと区別のない近所の常連客でにぎわう大衆食堂の昼時の姿がただ淡々と演じられていく。
 登場人物も酔っ払いの親父や駄洒落を連発する調子のいい男、噂好きの近所の主婦、バーのママといかにも下町人情喜劇を思わせるようなこの集団としてはかなりデフォルメの度合いの強い人物たちで、全体の印象もコメディータッチではある。会話も天気のこと、近所に出来たコンビニのこと、青梅街道で勝新太郎を目撃した話ととりとめもないものばかりだ。舞台後方の壁に日めくりカレンダーがあり、それだけが変わらない日常の中での時の流れを象徴しており、暗転しないばかりか、照明の変化もないのに女主人のさくらが日めくりをめくるとそこからはもう次の日という設定で、そうした日常が繰り返されながら、芝居はしだいに食堂がなくなる最後の日に向かってつき進んでいく。
 食堂の廃業は歴史上の重大事件というには語弊があるが、ここには日常描写のスケッチ的な積み重ねによって、戦争などの大きな歴史的な出来事を俯瞰していこうという「私のエンジン」「五つの果物」といったその後の作品で長谷が演じてみせた方法論の萌芽が確実に含まれている。

 こうした試行を受けて満を持して登場したのが「私のエンジン」(1995年)です。これは戦争に政治的に巻き込まれていく若い芸術家たちの群像を描いた作品で平田オリザらのいわゆる現代口語演劇では歴史を描くとしても例えば「ソウル市民」がそうであるように時代を象徴するようなある時点での切り取られた「1時間半」を描くということに限定されたが、長谷は時系列を自在に日常描写のスケッチ的な積み重ねていくことによって、戦争などの大きな歴史的な出来事を俯瞰していくことに成功。「私のエンジン」に続き、「この藍、侵すべからず」「五つの果実」と彼が戦争3部作と名付けた「歴史劇」を創作。現代の話、虚構の話なども組み入れられるなど構成はより複雑になっているが最新作「風が吹いた、帰ろう」も大きな意味で言えばこうした作品の系譜につながるものといえそうです。
(「私のエンジン」か「五つの果実」の映像、場面転換の分かるもの)
 一方、長谷のもうひとつの特徴はこうした独自の方法論を武器に他の劇作家であればそれを演劇で扱おうとは思わないような主題を舞台化してきたことです。なかでも今となってもちょっと語り草だったと言ってもいい作品が「ダイビングサンダー」(2002年)です。飛行機からスカイダイビングをしながら2組のチームが争う(架空の)スポーツ、ダイビングサンダーとそれに取り組む実業団チームを描いた群像劇だ。これは演劇としてもよく出来ているし、話自体も面白いのでどこかでぜひ再演してほしい作品ではあるのですが、役者への身体的な負担があまりにも大きすぎて再演するのは困難と思われます。こまばアゴラ劇場で上演されたのですが、この舞台では試合の(あるいは練習の)シーンで劇場の床に敷かれたマットに天井近くの壁状の装置から実際に俳優が次々と飛び降りるのです。そんなことを思いつく方も思いつく方ですが、それを実際にやってみせる俳優たちもとんでもないと思います(笑)。実際には稽古の最中からけが人続出で、女優であるのに本番前に骨折して実際には選手役をはずれたり、この舞台の後、慢性の背中痛に悩まされ、持病となってしまう人も出てくるなどけっこう悲惨な状態だったらしいです。
(「ダイビングサンダー」の試合シーンを見る)
 この他にも作家の心象風景を90以上の場面を切り替えつつ描いた「よく言えば嘘ツキ」(1999年)やブラジャーが開発されそれが一般の人にも普及していくまでの100年の歴史を描き出した「ブラジャー」(2005年)などもあります。いずれも共同体の全体像や非常に長い歴史など既存のスタイルの演劇がとらえるのが難しい対象をこの方法で描いているのが特徴です。


長谷作品でも「関係性の演劇」の他の作家らと同様に会話を通じ、最初は伏せられていた人物間相互の関係や共同体と個人の関係などもが明らかになっていきます。ところが長谷の場合は明らかになるのはそれだけにとどまりません。「場面」「場面」の相互関係も「現代・過去」「空間の移動」「現実と虚構」などそれぞれの場面がどのような関係(ある場面とある場面は時間軸が異なる同じ世界の出来事なのか、それともどちらかがどちらかの世界の劇中小説のような入れ子の構造になっているのか)にあるのかも同時に提示されて次第に明らかになってくるのです。そして、観客には舞台を見ていくうちにそうした関係を含めた世界を自ら再構築するような作業が要求されるのです。

下北沢通信Jamci98年2月号
「五つの果物」(10/31=下北沢駅前劇場)レビュー
長谷基弘の場合

 桃唄309の長谷基弘の作劇の特色は一場の群像会話劇が多い関係性の演劇に、時空を自由な転換させながら場面転換させ、無造作につなぐ手法を持ち込んだことだろう。それがミニマルな描写の積み重ねの形式を維持しつつ「私のエンジン」に始まる戦争と芸術家を主題にした連作のような壮大な主題へのアプローチを可能にした。
 今回上演された「五つの果物」(10/31=下北沢駅前劇場)もその系譜に連なる。中国東北部長春を舞台に一九三五年にここに集まってきた詩人野島、画家須崎ら日本人の芸術家やそれを取巻く現地の人々が歴史の波に飲み込まれていく様を描いていく。駅、裏通り、笹村の家、野島の家、酒家、屯子と数多くの場所が舞台となり、次々場面転換するシーン数は四十二にも上る。
 これを暗転により場面転換したら芝居は長大なものになり、テンポも死ぬが、映画のカット割りのようにこうしたシーンを舞台上で明転のまま次々とつなぎあわせる技法や同時多発の会話などで二時間前後の上演時間に収まる工夫がこの芝居ではなされている。
 舞台設定は井上ひさしや斉藤憐らが好んで取り上げるような素材だが長谷がこれらの先輩作家と一線を画しているのは取り上げる素材に対する距離の取り方であろう。
 今回の新作「五つの果物」でも長谷は素材に対して突き放した距離をとる。この舞台ではそのためにひとつの工夫がされている。劇中では冒頭で夢を持って大陸にやってきたはずの野島や須崎らが現実の前に挫折していく様が描かれるがエピソードは直接の描写ではなく、作中に登場する中国人の作家(小李)が文革を迎える激動期のなかで書き残した小説の断片という趣向だ。
 小説を受けて登代子はそれはあくまで小説の中の記述で事実ではないと語る。記述はこの後登代子の語る回想、小李の小説、そして小李の死後、文革期の中国を訪問する登代子の描写など虚実ないまぜ、しかも時系列に沿って進まぬ前後関係のバラバラなシーンの断片を擦りあわせながら、観客はあたかも謎解き小説を読むがごとくにここで起こったことはなんだったか一人ひとり自分なりに解釈する仕組みとなっている。それは決して判りやすいものとはいえない。
しかし、そうした作業のなかで重層的に浮かび上がってくるものこそ過去であるというのが長谷の世界観であり、それを演劇化したものがこの舞台なのだと思うのだ。

 2012年4月からは「短編劇集」と題し「春カフェ」「夏カフェ」のように季節ごとに30分程度の短編を数編組み合わせた公演をほかの参加劇団も巻き込んで行っており、その出張公演としていわきなど被災地域にも出かけるなど活動の軸足をやや変化させていました。そのために劇場での本公演は2011年以来しばらく遠ざかっており、ひさびさの公演となっていました。そのため、ポストゼロ年代といわれる2010年以降はそれ以前と比較すると現代演劇の世界に与える影響はきわめて限定的なものにならざるをえなくなり、その実力を以前から知るものとしてはどこか口惜しいところもあったのです。

http://www.wonderlands.jp/archives/12482/
講師略歴
長谷基弘(はせもとひろ)
劇団桃唄309代表
劇作家、演出家/日本劇作家協会運営委員
桜美林大学 文学部総合文化学科(演劇コース) 非常勤講師(2004年度より)
埼玉県立芸術総合高校(演劇非常勤講師 2009年から)
昭和42年生 出生(身)地:東京
立教大学文学部心理学科〔平成三年〕卒
立教大学在学中に劇団桃唄309を結成。以降、同劇団の劇作家・演出家として活動を続けている。ストーリー性の高い戯曲と、多数のシーンを間断なく つなぎ合わせ物語全体を俯瞰させる手法が注目されている。2000年には文化庁芸術家派遣在外研修員に劇作家として選ばれ、2001年夏までの1年間、アメリカ合衆国にて戯曲と演劇全般について学ぶ。最近の戯曲・演出作品には山村を舞台に日本人的因習を扱った『三つの頭と一本の腕』、月面を舞台にした『月 の砂をかむ女』、中学生の主人公と妖怪の物語のシリーズ第三作『おやすみ、おじさん3 – 草の子、見えずの雪ふる』、東京の今を鋭く切り取った『死すべき母の石』などがある。また、外部での演出も手がけている。高校・大学などで演劇講師を勤めている他、小中学校、自治体、企業、行政法人などでのワークショップ経験が豊富である。年間を通し全国各地で、幅広い年齢層・職層を対象にしたワークショップ講師・プランナー・プロデューサーとしても活躍している。


2016/09 短編劇集vol.10 秋カフェ『夜いろいろ』東中野/RAFT (『一年後の月よ、バイバイ』『魚の足をもむには』『肉屋トビーのひみつの庭』 作・演出 長谷基弘)
2016/05 『風が吹いた、帰ろう』 東京 座・高円寺1 作・演出 長谷基弘
2015/08 出張上演 in いわき part 6 La Stanza (『ずっと待ってる』、他)
2015/08 短編劇集vol.9 夏カフェ『冒険いろいろ』 中野/スタジオあくとれ (『あいまい宝島』『ずっと待ってる』『知らない星、光る』 作・演出 長谷基弘)
2015/06 出張上演 in 南方仮設住宅 登米市/南方仮設住宅・第一集会所(『白い服のあの人』、他)
2015/05 出張上演 in いわき part 5 La Stanza (『白い服のあの人』、他)
2015/04 短編劇集vol.8 春カフェ『健康いろいろ』 東中野/RAFT (『202X年、帰ろう』『白い服のあの人』『お見舞い、もしくは黒い三角形』 作・演出 長谷基弘)
2014/09 出張上演 in いわき part 4 La Stanza (『水の盆』、他)
2014/09 短編劇集vol.7 秋カフェ『ジェラシーいろいろ』 東中野/RAFT (『水の盆』『ヘビーサマー』『もっともっと噛みしめて』 作・演出 長谷基弘)
2014/04 出張上演 in いわき part 3 La Stanza (『宣戦布告』、他)
2014/04 短編劇集vol.6 春カフェ『せんそういろいろ』 東中野/RAFT (『和解』『刀を研ぐひと』『湊川』『宣戦布告』『渡し船』『あの国』 作・演出 長谷基弘)
2013/10 出張上演 in 埼玉県立芸術総合高等学校 (『ポンペイさん』『食い逃げカフェの小さな日記』『ポランチア』)
2013/10 出張上演 in いわき part 2 La Stanza (『ポンペイさん』、他)
2013/09 短編劇集vol.5 秋カフェ『お節介いろいろ』 東中野/RAFT (『ポンペイさん』『食い逃げカフェの小さな日記』『ポランチア』、他)
2013/06 出張上演 in いわき La Stanza (『荷台のなかで』『花壇』 作・演出 長谷基弘)
2013/04 短編劇集vol.4 春カフェ『花いろいろ』 東中野/RAFT (『花壇』『とてもよかったあの日々』『大空』 作・演出 長谷基弘)
2012/09 短編劇集vol.3 秋カフェ『和いろいろ』 東中野/RAFT (『しいたけ君と金魚』『置き手紙』『ザ・キャンプ40』 作・演出 長谷基弘)
2012/07 短編劇集vol.2 夏カフェ『夏いろいろ』 東中野/RAFT (『ずっと待ってる』『海へ』『相部屋』『夏の庭そうじ』 作・演出 長谷基弘)
2012/04 短編劇集vol.1 春カフェ『お仕事いろいろ』 東中野/RAFT (『とべ! 焼却炉!』『最後のスイッチ』『荷台のなかで』『史上最悪の結婚記念日』 作・演出 長谷基弘)
2011/09 『はじめてのにんげんがり』 中野 テアトルBONBON 作・演出 長谷基弘
2010/06 『移動』 座・高円寺1 作 別役実 演出 長谷基弘
2009/10 『死すべき母の石』 中野 テアトルBONBON 作・演出 長谷基弘
2008/12 『おやすみ、おじさん3 – 草の子、見えずの雪ふる』 いわきアリオス/下北沢ザ・スズナリ 作・演出 長谷基弘
2008/04 『月の砂をかむ女』 中野ザ・ポケット 作・演出 長谷基弘
2007/11 『三つの頭と一本の腕』 こまばアゴラ劇場 作・演出 長谷基弘
2007/11 『高校生版・三つの頭と一本の腕』 こまばアゴラ劇場 作・演出 長谷基弘
2007/03 『トレインホッパーズ』 中野ザ・ポケット 作・演出 長谷基弘
2006/10 『おやすみ、おじさん』(再演) 学校公演 サンピアンかわさき 作・演出 長谷基弘
2006/8-9 『おやすみ、おじさん』(再演) 京都アトリエ劇研/中野ザ・ポケット 作・演出 長谷基弘
2005/11 『ファイブ・ミニッツ』 中野ザ・ポケット 作・演出 長谷基弘
2005/07 『ブラジャー』 吉祥寺シアター 作・演出 長谷基弘
2005/07 『ブラジャー』 観劇会 吉祥寺シアター 作・演出 長谷基弘
2004/11 『K病院の引っ越し』 こまばアゴラ劇場 作・演出 長谷基弘
2004/04 『おやすみ、おじさん2』 中野ザ ポケット 作・演出 長谷基弘
2003/11 『おやすみ、おじさん』 中野ザ ポケット 作・演出 長谷基弘
2003/03 『俺たちの進化』 下北沢ザ・スズナリ 作・演出 長谷基弘
2002/11 『ダイビングサンダー』 こまばアゴラ劇場 作・演出 長谷基弘
2002/01 『ダウザーの娘』 中野ザ・ポケット 作・演出 長谷基弘
2000/06 『K病院の引っ越し』 新宿モリエール 作・演出 長谷基弘
1999/11 『よく言えば 嘘ツキ』 中野ザ・ポケット 作・演出 長谷基弘
1999/05 『ありがとう、やさしい人』 下北沢ザ・スズナリ 作・演出 長谷基弘
1998/09 『その奥』 下北沢ザ・スズナリ 作・演出 長谷基弘
1998/02 『人情食堂さくら』 下北沢駅前劇場 作・演出 長谷基弘
1997/10 『五つの果物』 下北沢駅前劇場 作・演出 長谷基弘
1997/05 『幸せな話』 下北沢駅前劇場 作・演出 長谷基弘
1996/10 『この藍、侵すべからず』 下北沢駅前劇場 作・演出 長谷基弘
1996/05 『鍵のある部屋』 下北沢駅前劇場 作・演出 長谷基弘
1995/11 『私のエンジン』(再演) 下北沢駅前劇場 作・演出 長谷基弘
1995/05 『人情食堂さくら』 銀座小劇場 作・演出 長谷基弘
1994/11 『機関車野郎、西へ!』 銀座小劇場 作・演出 長谷基弘
1994/05 『ユニゾン』(再演) 下北沢駅前劇場 作・演出 長谷基弘
1993/10 『若建の國』 銀座小劇場 作・演出 長谷基弘
1993/07 『冷たい方程式』 東中野エウロス 構成・演出 橋本 健
1992/12 『私のエンジン』 新宿タイニイ・アリス 作・演出 長谷基弘
1991/10 『光あるところ』 本公演 早稲田銅鑼魔館 作・演出 長谷基弘
1990/11 『ユニゾン』 新宿スペ−スDEN 作・演出 長谷基弘
1988/10 『水ノ時代』 新宿スペ−スDEN 作・演出 長谷基弘
1988/05 『6月のバレンタイン』 池袋シアタ−グリ−ン 作・演出 こてたつま
1987/12 『海のピアノ』 立教大学スタジオC 作・演出 久保智
1987/09 『東京爆弾女』 ア−トシアタ−新宿 作・演出 長谷基弘
1987/06 『1987年6月 絵本が燃える』 旗揚げ公演 武蔵野芸能劇場 作・演出 長谷基弘

プロデュース公演

2001/07 『超特急アガルタ』 中野ザ・ポケット 作・演出 橋本健
2007/07 『五月の喜び(3)七月』 銀座・ギャラリー悠玄 構成 長谷基弘
2006/05 『五月の喜び2』 三軒茶屋・欽こん館 構成 長谷基弘
2005/01 『超特急アガルタ』(再演) 高円寺・明石スタジオ 作・演出 橋本健
2003/09 『貝殻を拾う子供』(再演) 駒場アゴラ劇場 作・演出 橋本 健
2000/09 『ユカラ アイヌ英雄伝』(再演) 中野ザ・ポケット 作・演出 橋本 健
1999/07 『なつキック vol.2』 梅ヶ丘BOX 構成 石井なつき
1999/03 『貝殻を拾う子供』 駒場アゴラ劇場 作・演出 橋本 健
1998/11 『なつキック vol.1』 白萩服飾専門学校 構成 石井なつき
1997/0 『ユカラ・アイヌ英雄伝』 高円寺・明石スタジオ 作・演出 橋本 健
1992/05 『五月の喜び』 東中野エウロス 構成・演出 長谷基弘
1990/11 『決闘社員』 本公演 新宿タイニイアリス 作・演出 長谷基弘
1990/06 『ウォ−キング ベイビ−』 東中野エウロス 作・演出 長橋千草
1988/12 『凱旋行進』 プロデュ−ス公演 立教大学スタジオB 作・演出 山形裕児

劇団Web: http://www.momouta.org/
個人Blog: http://www.momouta.org/blogs/mloge



ワンダーランド wonderland 桃唄309「おやすみ、おじさん3 草の子、見えずの雪ふる」http://www.wonderlands.jp/archives/12482/
桃唄309「おやすみ、おじさん3 草の子、見えずの雪ふる」http://d.hatena.ne.jp/simokitazawa/20081223

*1:「関係性の演劇」とは何か? http://d.hatena.ne.jp/simokitazawa/00000317/p1

*2:「現代日本演劇・ダンスの系譜vol.3 青年団http://d.hatena.ne.jp/simokitazawa/00000227

*3:「人情食堂さくら」http://d.hatena.ne.jp/simokitazawa/19980101/p2