チェルフィッチュ「三月の5日間」@国立国際美術館

チェルフィッチュ「三月の5日間」国立国際美術館)を観劇。

 岸田戯曲賞も受賞した岡田利規の代表作の大阪初公演である。もっとも関西では初演からすぐの2004年6月の神戸アートビレッジセンターでの上演以来3年半ぶりとなるが、あの時には「この集団はめちゃ面白いから皆が見るべきだ」と叫んでいたのにほとんど黙殺されたような状態だったのが、この日は私が見た昼公演は追加公演だったのにすでに前売りチケットは完売。当日券の列に並ぶはめになったのだが、そういう意味ではついにここまで来たかと若干の感慨の念がなくもなかった。
 この舞台についてはチェルフィッチュの超リアル日本語演劇特有のスタイルについては初演時の感想*1や演劇雑誌「悲劇喜劇」に収録した評論「岡田利規三浦大輔*2をはじめとするいくつかの文章、内容については再演の時のレビュー*3に詳しく書いているのでいまさら付け加えることもないのであるが、今回もう一度見直してみて一見無造作にも見えるこの脚本がいかに緻密に計算ずくで構築されたのに改めて気がつき、感心させられた。
 東京(首都圏)では東京都写真美術館コンテンポラリーダンスについての展覧会が開かれ、珍しいキノコ舞踊団が公演を行ったり、すでに旧聞に属することとなるが、美術館を舞台にした平田オリザの「東京ノート」が東京都現代美術館横浜美術館で上演されるなど、最近、美術館側のパフォーミングアーツへの関心の高さは顕著なものとなっている。そういえば、このチェルフィッチュ「三月の5日間」も六本木森美術館で開催中の美術展「六本木クロッシング2007」に選ばれており、今回国立国際美術館でこの公演が開催されることになったのも美術界のこうした状況と無縁とはいえないだろう。
 実はこの日、公演終了後、ロビーでグッズ販売をやっていて、そのなかで岡田利規の初めての小説単行本「わたしたちに許された特別な時間の終わり」(新潮社)を販売していたのでさっそく購入し読んでみた。この本には小説版「三月の5日間」と「わたしの場所の複数」の2本の中篇小説が収録されているわけなのだが、この小説版には細かな設定などにおいて、戯曲(舞台)版の「三月の5日間」との相違点があって、その違いの中に岡田がこのエピソードを舞台化していく(小説化していく)についての戦略のようなものがうかがわれてそこが興味深かった。
すぐ目につく顕著は違いは小説が基本的には「一人称」描写になっていき、物語の進行にしたがって、ひとくぎれごとに「私」「僕」という一人称の主が入れ替わっていくのに対し、チェルフィッチュの舞台はそうじゃないことだ。ここに私にとってチェルフィッチュの舞台がかくも刺激的であるのにそれと比較すれば小説の方は読んでみて十分面白くはあっても、そのスタイルの斬新さにおいてはもうひとつかなと思ってしまった理由がある。
 チェルフィッチュの舞台を最初に見た時に最初に連想したのは実は口語体小説の実験のことであった。二葉亭四迷が最初に言文一致体(口語体小説)を書いて以降、日本の現代小説においてはひとつの大きな流れとして口語体小説のスタイルの絶えざる革新があったのではないかと思っている。日本の小説の文体というのは夏目漱石の文体実験をへて、一度はも森鴎外の後期の短編においてある種の完成に達したが、三島由紀夫が規範としたような古典美に満ちた文体を破壊し、小説の口語体の基礎をある種落語のような地口に求めた夏目漱石の衣鉢を継ぐような作業をおこなったのが、太宰治織田作之助といった戯作派の小説家たちであった。
 ただ、言文一致(口語体)というのが口語の変化につれて変化していくものだというのは道理であり、小説の世界ではそこから深沢七郎庄司薫、さらにそこから「桃尻娘」の橋本治や昭和軽薄体などと言われた椎名誠の文体、それに次ぐ世代として村上春樹も登場してきた。ハイホー。
 小説のジャンルで最近、新しい口語文体の開拓という意味でもっとも注目していたのが舞城王太郎で、最初に出会った時には思わず「なんじゃこりゃ」と思い笑ってしまったのだが、90年代に口語体演劇のひとつのスタンダードを作り上げた平田オリザ椎名誠らになぞらえるとするならば、やはり「なんじゃこりゃ」と思わせたインパクトは舞城を彷彿とさせるところがあったわけだ。
 

三月の5日間

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わたしたちに許された特別な時間の終わり

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