クロムモリブデン「なかよしshow」

 クロムモリブデン「なかよしshow」(伊丹アイホール)は2003年のベストアクトに選んだ「直接KISS」を上回るほど刺激的な舞台であった。
 今回、青木が題材に選んだのは劇団。芝居は自殺未遂を起こした女子高生コッコ(奥田ワレタ)が笑いを取り戻そうと落語のテープをヘッドフォンで聴いている場面からはじまる。そんなコッコを励まそうと、友人のマリ(金沢涼恵)は卒業直後に男子生徒ハジメ(森下亮)、トラノスケ(板倉チヒロ)、レンジ(夏)を誘って、「劇をやろう」と言い出し、そして、劇団なかよしが結成される。
 この後、公演を間近に控えた劇団に会場となるホールの担当者がやって来て、台本「キルキルハイスクールパニック銃殺銃殺銃殺、そしてまた銃殺、あるいは銃殺」を書き替えてくれと要望する。劇の内容が最近世間を騒がせた高校での銃乱射事件や小学生女子児童拉致監禁事件、ベッカム爆死事件とそっくりなため、自粛してほしいというのだ。
 三谷幸喜の「笑の大学」や映画「ボウリング・フォー・コロンバイン」を連想させるような筋立てでここからはシチュエーションコメディや社会派コメディなどへの展開が予想されるが、まったくそうならないのがクロムならではの持ち味だ。「メタシアター」「社会派演劇」「笑いの演劇」といった様々なスタイルの演劇を作品の中に取り込み、それで思い切り遊んでみせるという超絶アクロバットを展開していく。
 劇団のメンバーはなんとか公演を実現しようと努力してみるのだが、その努力も実感が伴わないためか、「銃」を「気孔波」に、「麻薬中毒」を「切手集め」になどとほどんど悪ふざけにしか思われず、すぐに頓挫してしまう。
 ここまでは芝居は「劇中の日常」と「劇中劇」の間を往復するように展開していく(典型的なメタシアターの枠組み)のだが、行き詰った彼らがこうなったら自分たちの現在の状況をそのまま劇にしてみようと言い出した辺りからその境界線がしだいに崩壊してきて、挙句の果てには逆に自分たちのやっていることがそのまま劇になっていくという妄想を抱き始める。
 そして彼らがたどり着いた真理とは「神様が台本を作って私たちの現実を動かしている」。ならば自分たちをリセットして、再起動してもらえばいい。開き直った彼らは戦地慰問劇を志願。そこで銃殺ダンスを見せる場面でフィナーレを迎える。
 なんといっても最大の魅力は「演劇に対する悪意」と「演劇に対する愛」が微妙なバランスでごたまぜになっていることで、劇中に登場する「劇団なかよし」からして、そのあまりな人を食ったようなネーミングがある種の演劇を馬鹿にしてるとしか思えないのだが、単純に批評的な笑いなどといってすませられないのはついにその悪意はクロムモリブデンそのものにさえ牙をむき、なにがなにだかもはや自らよって立つ地盤さえ、確かなものではなくなってくることだ。
 ドラッグ、暴力、爆弾、ネット犯罪、セックス、子供虐待、小動物虐待など劇中で改訂を迫られる内容のほとんどがクロムがよく扱う主題であり、劇団なかよしとはデフォルメされたクロムの自画像であることは明らかだからである。
 こうした、悪意の無限連鎖は一時期の猫ニャーなどにも見られたものではあるが、ブルースカイと青木の資質の違いかクロムの場合はそれがクールさではなく、どうしようもない「無駄な熱さ」で体現されていることで、登場する俳優の無駄なテンションの高さと馬鹿さ加減からも、東京的スタイリッシュとは一線を画す野放図な魅力があるのだ。


P.A.N.通信