渡辺源四郎商店「小泊の長い夏」(7月15日ソワレ=ザ・スズナリ)

渡辺源四郎商店「小泊の長い夏」(作演出・畑澤聖悟)を観劇した。近未来の青森。描かれるのは日本海に面した津軽半島・小泊にある小さな神社、大照神社(おおてるじんじゃ)である。ここには美しい夕日を信仰し、代々続く秘術を人知れず守り通してきた老宮司・昭一(宮越昭司)が暮らしている。そして、ここに以前飛び出して東京に行っていた宮司の息子(ささきまこと)が29年ぶりにその家族たちを連れて帰ってきた、などのあらすじがチラシなどには書かれていたが、物語はそれほど単純ではない。
 最初の部分では舞台はどちらかという静かにはじまり、その会話のなかから次第にこの物語で描かれていく世界の属性が提示されていく。ここは20××年の近未来の青森で、この時代には進行している地球温暖化のせいで、東京を含む日本ほとんどの地域が水没してしまっていること。青森だけはかろうじて残り、そこには1000万人近い日本人たちが難民として流入してスラムを形成していること。そして、そんな青森においてこの大照神社は100代続くような長い歴史を背景に一種の宗教的な権威となっていること。そして若いころに東京に逃げ出した宮司の唯一の跡取りである息子がこの日帰ってきて、宮司とここで再会することになっていること、などだ。
 宮司を迎える前に家族皆が顔をそろえての打ち合わせが行われるのだが、観客はここでここに登場する家族は息子本人を除けばすべてこのために集められた偽者(ニセモノ)でこれから行われるのはあらかじめ書かれたシナリオ(脚本)にもとづいて演じられる芝居(うそ)だということが明らかにされる。
 帰ってきた息子は父親に現在の境遇についてうそをついていた。死に臨む父親をがっかりさせまいとここで集められた家族たちは皆、これが終わればちゃんとした家に住むことができるという条件につられて集められた人たちだった。
 この舞台では「うそをつく人」が重要な役割を果たす。「うそをつく人」は「演技する人」と言い換えてもいい。畑澤の代表作である「月と牛の耳」「夜の行進」「背中から四十分」「ケンちゃんの贈りもの」。実は今回の「小泊の長い夏」を見るまではそれほど明確には認識できていなかったのだが、今回はっきりと気がついた。それは舞台上の相手役の前でなにかの「うそをつく」すなわち「演技する人」が登場するのが畑澤ワールドのひとつの共通点であるということだ。
 例えば「月と牛の耳」。格闘家である父親とその息子・娘たちが出てくるが、それは一度寝てしまうとその日の起床から寝るまでの記憶を失ってしまうという特殊な記憶障害にかかって、7年前までで記憶が止まってしまった父親の前で息子・娘たちが今がまるで7年前であるかのように「演技をする」物語であった。「夜の行進」では祈祷師の老女が以前から親しい関係にあった老人が亡くなった妻を呼び出してほしいとやってくるのを降霊して亡妻を呼び出し老人に生きろと励ますが、実はこれは彼女の芝居だということが分かってくる。「ケンちゃんの贈りもの」も父親の誕生日を前に父親と息子が互いに善意のうそをつきあうという話であった。
 「小泊の長い夏」もその意味ではそうした「うそ」の物語群のもうひとつの変奏曲だ。特に「月と牛の耳」との類縁性は高く、ほとんど姉妹編といってもいいほどだ。というのはこの2つの作品では父親と息子の関係、そして時の経過とともに受け継がれていく伝統というような主題(モチーフ)が共通しているからだ。
 「月と牛の耳」は舞台自体はコミカルに展開していきながらもその内容としては「死と老い」といった重厚なモチーフをはらんでいた。これからおいおい明らかにしていくつもりだが、この「小泊の長い夏」はそれ以上に重厚かつシリアスな主題を射程にとらえようとしている。しかし、それをあくまでシリアスに重くなるのではなく、コミカルにギャグタッチに舞台自体が進行していくなかで、提示していこうというのが畑澤の戦略で、それを担うのが前述の「うそをつく人」たちのドラマツルギーかもしれない。
 劇中で演技をしている人を描くというのは演出家でもある畑澤にとっては俳優の演技にその場面がいかに面白くできるかをゆだねる遊びの要素を高まるための仕掛けとして機能している。畑澤の作劇は基本的には平田オリザや畑澤がそこから出てきた弘前劇場長谷川孝治と同様に群像会話劇の範疇に入るもので、演技がリアルを志向したものであるという前提も変わらない。ただ、実は弘前劇場時代の役者・畑澤聖悟にはそうした範疇をこえた自由奔放なところがあって、そうした遊びの部分が弘前劇場独特の魅力を支えるひとつの要素ともなってきていた。もちろん、役者全員が畑澤聖悟では舞台は成立しないので(笑い)、そこでは畑澤の役割は芝居に貴重なアクセントをつけることに終始せざるをえないのだが、劇作家・畑澤聖悟の作品にはたとえ畑澤自身は俳優として出演していなくても「演技をする人」としての畑澤聖悟を彷彿とさせるところが多々あって、それが渡辺源四郎商店の最大の魅力といっていいかもしれない。そもそも、いくらそれがうそをつくという設定(すなわちなんでもあり)だったとしても、娘、綾の婚約者の職業が綾の「私、強い人が好き」の一言でプロレスラーに決まるという世界。しかもその台詞が「昨日、新しい技、覚えました」「どんなの」「ドリー・ファンク・ジュニアのスモール・パッケージ・ホールド」というんじゃ、いくら畑澤がプロレス・格闘技好きだからといっても「なにをかいわんや」であろう。
 偽家族が全員そろい、そこに老宮司も現れると舞台は一気にボルテージが上がり、疾風怒濤の展開が待っている。その強引ともいえる展開には苦笑してしまう。役者たちの演技はいわゆるナチュラルとはいい難い不自然かつ大仰なものも含まれるのだが、普通に舞台上でやればべたで受け狙いと思われかねないような種類の演技さえもここ*1では「俳優がその演技をする」「劇中の登場人物(=俳優ではなく演技は素人)がその役割を演じる」という二重性があるがゆえに俳優がカンパスに絵の具をたたきつけるかのように自由奔放に絵を描くことができる。それが面白かった。
 さて、実はこの作品にはもうひとつ大きな仕掛けが趣向として仕掛けられていた。ここで描かれている青森が実は近未来の青森というSF的な設定を取りながら、要するにこれは現代日本の戯画じゃないのかというのが物語の進行にしたがってしだいに強く感じられてくる。この舞台を見ながら私が強く連想させられたのは「東京ノート」「南へ」「冒険王」など平田オリザの諸作品であったのだが、それらの作品に共通するのは近未来ないし近過去を舞台にリアル志向の芝居を展開しながら実はそこで描かれている世界自体が「現代日本の縮図」というメタファー(隠喩)としても受け取れるという多重構造をなしていることだ。
 近未来の青森として描かれているこの芝居の世界だが、大青森ホームヘルプ職員・伊藤の県外の難民に対する差別意識などブラックとさえ思われる描写・設定もあり、最初にまず考えたようにこれは現在の青森の状況に対する陰画として揶揄的にいれたということよりももう少し広く、いわば寓話的な形式を借りた畑澤の日本論ではないかという風に思われてくる。
 実は意味ありげに登場するこの神社がなんのことかが分からず、畑澤の意図が芝居は面白くはあっても見ていて釈然としなかったのだが、あるところではっと気がつき、「そういうことか」とはたと手を打った。だれにでも分かるように順番に挙げていってみよう。美しい夕日(太陽)を信仰するという大照神社(おおてるじんじゃ)の宮司(昭一)。その息子の徳夫。その孫の2男、1女。そして、私にとって決定的だったのは現宮司の昭一がこの神社の124代目にあたり、徳夫が125代目という台詞。
 もちろん、こういう風に抜き書きすればこの大照神社*2というのが皇室、その宮司天皇の隠喩であるのは一目瞭然であろう。そして、現宮司・昭一は昭和天皇になるわけだが、この昭一に物語の最後にこんな風な台詞を言わせる。
 昭一「おめ、出で行っとき」徳夫「うん。」「拝まねくともいいごど、拝んでまった。」「なに?」「東京暑くなれって。」「……」「東京暑くなれば、おめ、帰ってくるんでねがと思ってさ」「ああ。」「世界じゅう暑くなってまって、あっちこっち水出はって、全部、ワのせいだ。」「そしたごどないべさ。」「ワのせいだ。」「そしたごどねって。」
 畑澤が考える「天皇の戦争責任とはこういうことだ」という意味をこめたせりふなのだと思った。
 最後に特筆しなければいけないのは2人の俳優の存在である。特に宮司を演じた宮越昭司の存在感は本当にすばらしく、この重くて、ある意味現実離れした絵空事にもなりかねない設定に見事にアクチャリティーを与えた。そして、その、宮越の存在に拮抗して見事にこの父子の微妙な関係を演じ切ってみせたささきまことの演技もやはり印象的で記憶に残るものだった。
 宮越は俳優デビューが70代後半というその特異なキャリアも含めて弘前劇場時代の「ケンちゃんの贈りもの」ではじめて見たときから、仰天させられたものだが、この芝居ではその演技には一層の円熟味が感じられてきた。これだけを見に行くのでも十分に価値があるという意味で得がたい俳優であろう。 
  
 
 





 

*1:劇中の登場人物が「最初、みなさん、お芝居、臭くてオーバーで『なにやってんだよ』とか思っちゃって」と話すような世界

*2:地理的なことに関してはほぼ現実を踏襲しているのに対して、この大照神社は畑澤の創作であり、実際の小泊にはモデルとなった尾崎神社がある。