KIKIKIKIKIKI「おめでとう」

 KIKIKIKIKIKI「おめでとう」(振付・構成・演出=きたまり)を京都アトリエ劇研で見た。関西で今もっとも注目すべき若手コリオグラファーの名前を挙げろ、といわれたら、きたまりの名前を挙げざるをえない。そのぐらいここ最近の彼女の活躍は際立っている。昨年、史上最年少で「TOYOTA CHOREOGRAPHY AWARD2006」のファイナリストに選定されたのもまだ記憶に新しいが、その彼女の新作ということで注目の舞台だった。
 このところ彼女の創作では自らのソロないしカンパニーであるKIKIKIKIKIKIのメンバーに振り付けたソロ・デュオと比較的小ぶりな作品が多かったが、「おめでとう」には男性二人を含む六人のダンサーが出演した。
 とはいえ、見ていてそれほど大作という感じを受けないのはこの作品が群舞ではなく、ソロ、デュオ、トリオなどの小部分の集積として構成されているからかもしれない。作品が始まる前から暗くなった舞台上にはダンサーがすでに横たわっていて、舞台中央には円形の机が置かれている。その周辺にダンサーが全員机の方を向いて、立つところからこの舞台はスタートする。
 最初に着ていたシャツを脱ぎ捨てると女性は上下黒の下着(のように見える衣装)、男性は黒のビキニのブリーフパンツ。センターの円形の机が白。この黒と白の対比が鮮やかだ。ほとんど下着だけのきわどい衣装でもあり、振り付けも例えば机に身体を擦り付けるように上下に激しく動かしたりと性行為を連想させるような要素もでてきて、扇情的になってもおかしくないところを全然そういう風には見えないところが、きたまりの作品の面白いところである。しかもこの作品ではこれまでの作品のように女性ダンサーだけでなく、男性ダンサーも出演しているのにもかかわらず猥褻な感じが全然ないのはどうしてなのかと思った。
 これはきたまりがダンサーそれぞれの個性を生かして作品づくりをしているのと関係が深いのではないかと思った。この作品で印象深いのはなんといっても花本ゆかの個性であろう。ダンサーとしてはやや太めの体型でもある彼女の醸し出すなんともユーモラスな雰囲気が提示された要素だけでなら陰惨な印象になりかねないこの作品に一種の諧謔風味を付け加えている。
 今回は女性ダンサーとして新たに佐藤侑里、住友星未の二人がメンバーに加わったがこの二人はどちらかというと痩身のバレエダンサー体型で、この二人との対比があって一層花本の個性が輝きを増した感がある。一方、この作品においてはきたまり自身のダンサーとしての出番は少ないのだが、マイクを持って歌いながら二人の男性に小突き回される場面などこちらもやはり思わず笑ってしまうようなおかしさがある。京極朋彦、竹内英明の二人もやはりスリムな体型でそれなりに鍛えられた身体でがあるが、あまりダンサーぽく見えないところもあって、そうした部分がやはりこの作品のなかでは諧謔風味として生かされている。なぜだか情けない感じが醸し出されるのがいいのである。
 こういう風にムーブメントオリエンテッドというよりもそれぞれのパフォーマーの個性をうまく生かした作品づくりの巧みさがきたまり作品の魅力といえよう。机を利用した冒頭のシーンから、椅子を使った中段の部分など空間構成においてモノをうまく使って飽きさせまいと工夫を凝らした構成にも好感を持った。
 ただ、それは逆に言えば作品として考えた場合、純粋なムーブメント自体のオリジナリティーや主題と振付の関連性においてはやや弱さが感じられることも確かだ。前作の「サカリバ」などもそうだったのだが、この新作「おめでとう」においても作品は見ていて見飽きるということはなくて、実際に面白く、その意味での大衆性もあるのだが、作品を見終わってもこの作品のどこが「ありがとう」という表題に関係するのもなのかというのは花本演じる女性に皆から祝いの意味をこめて水をかけられる部分などがありはするものの本当のところはよく分からないというのが正直なところであった。 
 ムーブメントについてもいずれもバレエ出身と思われる女性ダンサーを起用しながらも彼女らにいっさいそれを思わせるような動きをさせていないの買いたいところだが、やや不満に思われるのはまだこれが「きたまりのムーブメントだ」とすぐに分かるような刻印されたようなインパクトのある動きにやや欠ける印象が否めないことだ。また身体を痙攣させるような動きや手足をばらばらに激しく振り回すような動きなどややコンテンポラリーダンスの定番になるつつあるような流行の動きが多く、ボキャブラリーの数も多くないのでともすると単調になり勝ちなのも気にかかった。もっとも彼女のダンスにそういう要素がまったくないゆえ、これがないものねだりなのかというとそうではなくて、独自のボキャブラリーもインパクトのあるきたまりが刻印された動きも彼女自身が踊る時には散見されるのだ。だから、今後はそういう自分のダンスがそれぞれの個性を生かしていくなかでどういうようにカンパニーのほかのメンバーと共有することができるかがカンパニーとしての課題かもしれない。
 もうひとつ今回思ったのはきたまりは優れたソロダンサーではあるけれど、どうやらアンサンブルで使うと浮いてしまうようなところがあるようだということだ。この作品では冒頭に少し出た後は男性二人とのトリオ場面まではほとんど出てこずに女性ダンサーとのアンサンブルはあまりないのでそういう問題点は比較的目立たない構成とはなっていたが、ラストの場面などでよく分かったのはよくも悪くも目立ってしまいアンサンブルを壊すことになりかねない強烈な個性を彼女は持っているということが再確認できた。千日前青空ダンス倶楽部で振付の大谷燠が彼女をアンサンブル(群舞)ではいっさい使わなかった理由も分かるような気がした。
 ただ、今後はカンパニーとしての幅を広げていくためにもアンサンブルに入ることも必要になってくると思われ、カンパニーとしてそのあたりをどうしていくのかなどの課題も見えてきた公演でもあった。
[KIKIKIKIKIKI9月30日アトリエ劇研]
(なかにし・おさむ/演劇・舞踊評論)