松田正隆試論

 「海と日傘」は岸田戯曲賞を受賞し存在を知らしめる大きなきっかけとなった作品で、故郷である長崎近郊を舞台に、病弱な妻とその夫である売れない小説家の看取る者と逝く者との気持ちを淡々と描き出す松田正隆の代表作である。
 1990年代における日本現代演劇の大きな潮流は青年団平田オリザに代表される「静かな演劇派」の台頭であった。「静か」という言葉が独り歩きしているが、「人間関係の細密な描写を通じ、作者の世界観を提示する」演劇であり、私はこうした種類の演劇を「関係性の演劇」と名付けている。松田も平田とともにこの「関係性の演劇」の代表的な作家とみなされてきた。
 この派の作劇の特色は群像会話劇の形態を取ることだ。松田もその台詞には出身地である長崎の口語表現が使用されている。多くの場合、ワンシテュエーションで、時空の転換は限られ一見、日常的な静かな場面が続くことが、こうした群像会話劇が「静かな演劇」と呼ばれる要因だが、舞台上の俳優が叫びだそうが、暴力をふるおうが、提示されるものが、登場人物間の関係に主眼を置いたものは全て、この「関係性の演劇」の範疇に入れられる。
 この派のもうひとりの代表、平田オリザと比較すると平田が職場や宿のロビーなどといった半公的な空間を舞台に社会的な関係性のなかに置かれている群像の関係を描き出すことを得意とするのに対し、松田は家族や夫婦といった少人数の濃密かつ微妙な関係性を細密画のように抉り出す。その目はあくまで冷徹ともいえるシニカルなものだ。愛する妻との死別という、ことすればメロドラマの主題にもなりそうな通俗的な題材を取り上げながら、そうならないのは驚くべきことである。
紙屋悦子の青春」「坂の上の家」「海と日傘」長崎三部作においてすでに松田の描く世界は若い作家に似合わぬ老練なものだった。それは「お茶の間の世界」、一種の「家族劇」としての形態をとるせいか小津安二郎成瀬巳喜男ら日本映画における一昔前の巨匠の作風を彷彿とさせる「日本の古典」とでも呼びたくなるほど完成された美意識を達成していた。一見日常的な描写の連鎖のなかで、淡々と提示される人々の生活を描いたかのような作風の背後に実際には人間がどうしようもなく、抱え込んでしまう心の闇、静かな狂気の部分を描きこんでいたのが、松田の現代性であり、普遍性でもあった。こうした人間観こそ松田の作品を見る観客に共有してもらいたいと思う。
 さらに興味深いのは2000年代に入ってから松田が評価の高かったその作風を一変させたことだ。2003年に自らの集団としてマレビトの会を立ち上げると、九州方言による古典的な会話劇というそれまでの形式を放棄。詩的な言語や身体表現をより重視する前衛的な作風に大転換した。以前の作風が小津、成瀬を思わせるとすれば前作「アウトダフェ」はタルコフスキーを想起させる。それほど両者には隔たりがある。新たな挑戦は試行錯誤の最中とはいえ今後そこからどんな舞台が生まれてくるのか。その意味で「関係性の演劇」派の作家らがその作風をほぼ確立し本人の意思の有無にかかわらず権威として扱われるようになってきた感もあるなかでそのままならば若くして巨匠として扱われたはずの松田の「転がる石に苔むさず」な生き方は異彩を放つのである。