ポツドール「顔よ」

「覗き見」の快楽。ポツドールの舞台をそう称したことがある。「顔よ」も見てはいけないものを覗き込んで見ている時のような背徳的な喜びを与えてくれた。裸体を見せるというような直接性はないが、だからこそ「エロチスムとはタブーの侵犯である」(バタイユ)という意味のエロスはこの舞台で存分に堪能できる。

 住宅街の一角をリアルに写したような舞台装置が秀逸だった。上手には古い2階建てのアパート。下手側はやはり二階建ての一軒家。ディティールの質感にまで拘った美術である。部屋ではそこに出入りする人たちがかかわる、さまざまな出来事が同時進行していく。最初は壁があるが、物語の進行に従いひとつずつ壁は取り払われ、内部の様子が細かいところまで観客の目に露わに晒されていく。それはあたかも、観察キットで巣に生活するアリの様子を観察するかのような「覗き見」であり、三浦大輔は「顔」をめぐって起こるそれぞれの男女の葛藤を通常は避けて通っていくような本音の部分まで露悪的に抉り出して描いてみせた。