contact Gonzoインタビュー(2009年収録)

ダンスの技法としてコンタクト・インプロビゼーションと呼ばれるものがあることはご存知でしょうか。コンタクト・インプロビゼーションはダンスの振付のための手段として用いられるとともに一種のコミュニケーションツールとしてプロのダンサーではなく、それを実践する愛好者がいるという運動体の側面も持っているダンス技法で、その実践活動は音楽のジャムセッションになぞらえてか、JAMと呼ばれています。
 実はあの「身体表現サークル」も主宰の常楽泰が集団の結成前にコンタクトのワークショップを受けていたこともあって、元をたどればコンタクトと関係がなくもないのですが、ここにまたおかしなことを始めた連中がいます(笑い)。その名もcontact Gonzo(コンタクト・ゴンゾー)。元・上海太郎舞踏公司のメンバーで現在はダンサーとしてアンサンブル・ゾネや山下残の作品の常連となっている関西一の売れっ子コンテンポラリーダンサーといっていい存在である垣尾優による新プロジェクトなのですがいったい何を考えているのか(笑い)。これって、ダンスといえるのでしょうか。コンタクトのことを勘違いしていることだけは間違いないと思いますが(笑い)。坂本公成によると垣尾は参加したコンタクトのワークショップで突然「どんな技でも受けてたつから、かかってきなさい」と言い出して、周囲の人間が完全に引いていたらしい(笑い)。その時点ですでに勘違いは始まっていた気がするが……。映像が以下のサイトにもありますので一度見てやってください。
 「格闘技のスパーリングに見えるかもしれませんが」の見出しのもと、彼らのパフォーマンスのyou tubeでの映像をブログで紹介したの2年前の10月のこと。それから二年もたたないうちにいつのまにか南京トリエンナーレのような海外の大規模なエキジビションに参加したり、東京や地方でのダンスショーケースにも招へいされるなど、にわかに現代美術、舞台芸術の二つのフィールドで彼らのパフォーマンスは注目の的となりつつある。


――いきなりダイレクトな質問で申し訳ないのですが、contact Gonzoってなんなんでしょうか?
 塚原悠也 説明しにくいです。あまり、自分たちを位置付けるというか理性的に捉えたことがないのですけど。逆にいろんな周りで言われることをいろんな角度から集めてそうなのかもしれないと理解しているぐらいです。表向きには一応、企画に呼ばれてパフォーマンスするとか、それを写真に撮って展示したり、一番分かりやすい形で表に出ていますが、たぶんスタンスのひとつにすぎない。


――こういうことをはじめたきっかけといまのようなスタイルになった理由というのがあれば教えていただきたいのですが。
 垣尾優 きっかけはまずコンタクトインプロビゼーションみたいなのがしたくて、それの真似ごとをやってみようかと公園でやったことです。普通コンタクトインプロというのは殴るとか引っ張るかいうのはだめですよね、だめって教えられるのだけれど、そういうようなことも入れてやってみようやといってやったら、これは面白いなということになった。だから、最初はこの行為に名前もつけないままで集まってやっていた。 
 だから、当時から言っていたのはこれ俺らはなにやってるのだろうということで、賢い人というかそういう人に説明してもらおうや。逆に「これはなんですか」と質問しようと、それを活動にしようということはちゃんと話していました。
――殴るというのは重要なコンセプトですよね。これはどういうところから出てきたのですか。格闘技と関係あるのでしょうか。
 垣尾 最初もっと接触したいというのがあって、そういえば踊りにコンタクトインプロビゼーションってあったなと思い、一度どんなものか行ってみよう出かけた。それが「京都の暑い夏」*1だったのです。それで一週間ぐらい受けてみて面白かったのですが、当時はちょっと物足りない部分もあって、もっといろいろできそうだなと思っていたわけです。 
――塚原さんをまず誘ってはじめたわけですが、それはどういう理由だったんでしょうか。
 垣尾 もっと前に泉北アートプロジェクトというのがありまして、大阪府が主催してDANCEBOXがかかわっていたのですが、公園ということをテーマにビデオ作品というか公園に来る人を巻き込みながらいろいろ作ったんです。その時に塚原とはいろいろ話していて、その時にいろいろスケボーの話とかナイキのCMが好きだみたいな話で、うまが合うなあといって、もっとなにか違うことを(一緒に)したいなと思っていました。その時はとりあえず街を走り抜けるとかしようかとか言ってたんですが、結局それがこれ(contact Gonzo)につながったわけです。
――自分たちでも訳の分からないものとしてやっていたことが、その後、舞台芸術のコンペであるPAMOアワードと現代美術の企画である「吉原治良賞記念アート・プロジェクト」と異なる2つの分野で相次ぎグランプリを受賞しました。それが大きな飛躍のきっかけとなり、東京や地方でのダンス・アートイベントに呼ばれたり、南京トリエンナーレなど大規模な国際アートフェスティバルにも参加するようになったわけですが。
 塚原 PAMOアワードの方はまず賞金が三十万円だった。それで実際、ビデオ審査で一度は落ちていたんです。それは相当初期のころの映像を無理やりまとめて応募していたら、たぶん周りは皆十五分の舞台作品を出して応募していたと思うのですが、その時に(審査員の)松本(雄吉)さんが「おもろいやん」と言ってくれたというのを人づてに聞いて、次の年にもう一回リベンジしようかということになって応募しました。吉原治良賞の方はもともとDANCEBOXにチラシがあって、これ応募してみようかということで応募したのだけれど、現代美術の賞だったから、これもはたして相手にしてくれるかどうか見当がつかなかった。それで最初、現美(大阪府現代美術センター)のスタッフには「それ面白いね」というようなノリもあったのだけれど一方では僕らがやろうとしている、あるいはやっていることがそのままストレートにコンテンポラリーダンスの分野に入っていくにはどういう風にとらえられるかな、ちょっと難しいかなと考えているところもあったので、こっちのフィールドなら受け入れてくれるかなという色気もチラっとはありました。それで結局いろんなことが重なって結果的にはどちらも入選ということになったのですが。

――それで結果的にcontact Gonzoは活動のフィールドをアート(美術)とパフォーミングアーツ(舞台芸術)との狭間のような不思議なポジションをとることになり、その後のいろんな展開が出てきたと思うのですが、その辺はどこまでが意図的なもので、どこまでがたまたまだったのでしょうか。
垣尾 最初から舞台でやるつもりはあまりなかった。やはり、外でとか美術の方に目がいったりもしていましたが、どこまで意識的かといわれれば……。
塚原 半分くらいですかね。なにか理想形があってそれを達成するためということではまったくないので、こういう風になろうという長期的なビジョンは全然なかった。でも、こういうところでこういうことしたら面白いかもというのはあります。(ジャンルについては)コンテンポラリーダンスではないと思うし、たぶん自分たちがアーティストであるという意識もそんなにはなくて、美術展とか出始めるとなんかそうなんかな、と思うこともちらっとあるのですが、たぶん違うんやろなと思います。何がそうなのかをはっきり言葉で説明するのは難しいのですが。
――美術畑のイベントに参加するようになって見ている人の反応とか想像したのと比べてどうだったでしょうか。
塚原 例えばダンスの現場に関していえばもうちょっと叩かれるかなと思っていたんですが。美術の方の現場というのは僕らはあんまり知らなかったのでなんとも想像もできなかったけれど、美術にいる人たちが特殊な人たちでもないので、皆さんたぶん人としての反応をしてもらっているだけだと思うんです。
 あらかじめこれを見るんだということで来ている人と偶然通り掛った人ではもちろんまったく違った反応となるし、お金を払っている人とそうじゃない人ではまた違うだろうし、客席から片面だけで見る場合と周囲を囲んでという場合では見る人の反応はそれぞれ違います。でも、そんなには変わらないと思うのですがねえ。「わあー」という感じの人、笑ってしまう人、不思議だという顔で見ている人。いろいろ反応はありますが、人によってそれぞれというだけで現場によって違うというのはあまり感じません。
――最初は自分たちが面白がってはじめたという感じであまり人に見せるということや、人がどういう風に受け取るっていうことはあまり意識的には考えていなかったような印象があるのですが。
垣尾 最初はあまり考えていなかったですね。ただ、こっちもやりながら見る人がいると変わったりするからその辺は面白いなと思い、いろんな場所に出てみたいなということのきっかけになった。人前で何回もやるようになっていくと演出者の目じゃないけれど、狙うということもそれぞれ考えてきたりはします。
――見る側からするとどういう決まりがあるのかないのかが分かりにくいのですが、何かルールというものはあるんですか、あるいは何をやってもいいのですか。
塚原 言葉に直るようなルールはあまりないです。
垣尾 常識がルールです。
――それは要するに相手がけがするようなことはやらない、とかですか。
垣尾 そこを殴ってほしいような顔をする時があるんです。そういう時はそこを殴ってやるのが常識かなというのはあります。
塚原 でもやってみて、あ、違ったというのはよくありますが(笑)。
――見る側としてはパフォーミングアーツというよりはある種の美術パフォーマンスとの近縁性を感じるのですが。関西でもいろいろ美術のパフォーマンスはやられていて、「具体美術協会」のパフォーマンスが有名です。その意味では吉原治良賞が美術への進出のきっかけになってということにはものすごく意味性を感じてしまうのですが。
塚原 そうですね。ただ、吉原治良賞の審査に関しては審査員もやっている方も吉原治良は賞におりあえずそういう名前がついているという以外に「具体美術」というのはほとんど意識してなかったと思います。ただ、僕らのが何でダンスよりも美術系のパフォーマンスに見えるかというとたぶん今あるダンスのパフォーマンスというのは野外でやるにせよ、劇場にせよ、ほとんど起承転結があって、それがある種のリテラシーを形成している。そこからはみ出すとダンスのなかでも美術的パフォーマンスというくくりに縛られる時がある。始まりも終わりも特に設定しないということがそれはちょっと影響するんじゃないかと思います。
 例えば紙破りにしても破る前と破った後ははっきりするわけですが、それは別にファンタジーを語るためにやることではなくて、いい照明、いい演出効果というわけでもないし、その辺のスタンスで、よりぽく見えてしまうんじゃないかと思うのですが。
――ただ、ひとつだけ大きな違いを挙げればたいてい美術系パフォーマンスというのは美術家がやるのでその場合、パフォーマンス専門という人はほとんどいなくて作品を作る人がパフォーマンスもやるわけです。ある種、宣伝のような意味合いも強いような気もするのですが。もちろん、作品を作るという行為と関係してのことではあるのですが。contact Gonzoの場合、まず最初は行為だけがあったのが、その後にそれをYOU TUBEの映像として流したり、写真に撮って展示したり、周辺のいろんなプロセスの全体を作品化していくというようなこともやられているわけですが。この辺とパフォーマンスの行為自体はどういう関係にありますか。
垣尾 ちょっとやり方を逆転しているようなところはあります。僕らはパフォーマンスがまずあってそれを写真とかにしている。それもまた面白がられているのかなという気はしています。やはりいまの美術の要請としては身体性とかすごいじゃないですか。それにもうまく合致しているのもよかったのかな。
――海外の方の反響はどうですか。最近は南京トリエンナーレとかにも参加されたようですが。
塚原 南京トリエンナーレでは南京の市内の何カ所かで向こうのカメラマンが手伝ってくれて撮影をして、その素材を向こうに置いてきてという感じ。それから美術館の正面玄関でパフォーマンスをやりました。後、写真の展示をしました。展示の方の反応は展示してそのまま帰ってきたので分からないけれど、国内から一緒に来ていた作家の人たちはけっこうそれを楽しんでくれたみたい。パフォーマンスは半分以上一般の人が見ていたと思うけれどけっこう「わあー」となっていました。




 

                                                       (大阪・東心斎橋Bridge Gallery & Bar 〔FINNEGANS WAKE〕1+1  にて収録)

*1:Monochrome circusの坂本公成森裕子らが主催する国際ワークショップフェスティバル。コンタクトインプロのワークショップは身体表現サークルの常楽も集団結成前に受けていたことでも知られる