「現代日本演劇・ダンスの系譜vol.4 イデビアン・クルー」Web版:中西理

レクチャー&DVD上映会「現代日本演劇・ダンスの系譜vol.4  ダンス編・イデビアン・クルーを開催。
 ▼VOL.3[井手茂太とムーブメントの魅力]
東京事変椎名林檎)「OSCA」

http://www.dailymotion.com/video/x2qjga_osca-yyyy_music
 椎名林檎のバンド、東京事変のDVDから「OSCA」でした。赤い服を着て踊っている4人のダンサーが今日取り上げるイデビアン・クルーのメンバー、振付は井手茂太がしています。実は今回のレクチャーでは間に合わなかったのですが、この11月末デビュー10周年を記念してさいたまスーパーアリーナで開催された「椎名林檎(生)林檎博'08 〜10周年記念祭〜」のダンスシーンもやはり井手が手掛け、ダンサーらも出演しています。このようにコンテンポラリーダンスの世界だけにとどまらず、PVへの振付・出演や演劇作品のダンス振付など広範な活躍を見せているのがイデビアン・クルーの特色です。このレクチャーではイデビアン・クルーの公演映像「排気口」「くるみ割り人形」のほかPV映像などを紹介していきたいと思っています。


 日本の振付家にはソロダンサー出身の人が多いせいか、最近の振付家のほとんどが振付賞などのコンペティションを契機にステップアップしてきたためか、日本では魅力的な群舞を振り付けられる振付家はきわめて少ないのが現状です。そうした中でイデビアン・クルーを率いる井手茂太は企画ものだったソロ公演などを除くとほとんどの作品が群舞中心の作品という貴重な存在です。日本の多くの振付家がダンサーも兼ねていて、例えば勅使川原三郎伊藤キム黒田育世と挙げていってもコンテンポラリーダンスの場合、ほとんどの場合は振付家は舞台の中心に立つスターダンサーでもあるというのが通例となっています。
 それに対して、井手の場合は自らが出演する作品というのも限られていて、ダンサーというより第一のプライオリティーは振付・演出にあるというのが大きな特徴です。しかし、実際には本人はあのずんぐりむっくりした体型からは信じられないほどに身体が動く、きわめて優れたダンサーでもあります。そのことはこの「会社員」というPVを見ていただくとよく分かると思いますのでまず今日は最初の映像としてこれを見ていただきたいと思います。会社員の格好をして踊っているのが井手茂太です。途中女装して出てくる太った人も少し風貌が似ているので「井手さんこんなことまでして」と感心したのだけれど、こちらはSAKEROCKのメンバーの「ハマケン」という人でした(笑)。
SAKEROCK「会社員」

 コンテンポラリーダンスの命が動きの独創性にあるというのはよく言われていても、井手の動きというのは一度見たらちょっと忘れられないような変な動きとして印象に残るのではないでしょうか。これは本人の動きだけではなくて、振り付けられた動きにも言えることなのですが、それでも本人の動きが一段と独創性を強く感じさせるという意味ではウィリアム・フォーサイスのソロと類似を感じさせるようなところがあると考えています。次に参考としてフォーサイス自身のソロダンスを見ていただきたいと思います。

 こちらはフォーサイスの実際の作品におけるダンサーの動きですが、比べて見ていただけると両者の違いがよく分かると思います。こちらはもう端的に言ってバレエの動きで、それゆえ、フォーサイスのダンスは「バレエの脱構築」などと言われてきたわけですが、本人の動きを見てみるとかならずしもそういう動きに制約されていないことが分かります。

 もうひとつ「ONE FLAT THING」の映像を見ていただきます。こちらは最近発売されたDVDにも収録されているものです。

 一方、こちらはマッツ・エックという人の振付作品。踊っているのは世界最高のバレエダンサーとも言われているシルヴィ・ギエムで「ウェット・ウーマン」という作品です。

 もうひとつ映像を見てください。クルべり・バレエ(Cullberg Ballet)による "Sleeping Beauty"「眠れる森の美女」です。こちらももちろんマッツ・エックの振付です。

 フォーサイス、マッツ・エックをここで取り上げてその映像を紹介したのはそのムーブメントの独自性によって際立っていること。その作品を20−30秒ちらっと見ただけで、だれの作品かが分かってしまうような独自のムーブメントを開拓した振付家が世界にはいて、その典型的なコリオグラファーがこの二人であると考えているからです。ここからは私の個人的な見解で異論も多いに出てくると思いますが、日本にはこの水準に近い振付家というのは残念ながら勅使川原三郎土方巽暗黒舞踏)の二人しかいないのではないかと思っています。それがこの二人が世界で通用した最大の理由だと思います。
 さて、ここからが本題です(笑)。フォーサイス、マッツ・エックの映像まで見せて、大上段に振りかぶってみせたのは私は井手茂太こそ、この「ムーブメントの独自性」という基準において、これまで挙げてきた振付家に続きうる存在だと考えているためです。
井手の振付の特徴というのはその動きにおいて演劇的な仕草性をサンプリングして取り入れ、自由につなぐような形で展開させていること。さらに多くの場合、そうした動きは群舞として展開していくわけですが、その場合もバレエのコールド・バレエのように単純なユニゾンということは少なくて、二人から数人の小グループによる異なる動きのダンスが舞台上で同時進行していくような構成が多用されます。
 もうひとつの特徴はフォーサイスはそれを「脱中心的」などと称したわけなのですが、多くの作品について個別のダンサーがソロで踊る場面はありますが、バレエのように主役がいて、群舞がいるというような構造はとらないことです。今日お見せする「排気口」では珍しく井手自身が出演していますが、コンテンポラリーダンスでも勅使河川三郎+KARASとか黒田育世BATIKのように大抵のカンパニーでは振付家も兼ねる主催者がソロダンサーとして屹立していて、そのダンサーのソロ部分に対して残りのメンバーが群舞を踊るというソロ/群舞の対比構造があって、作品が進行していくなかで、フォーサイスローザスのようにそうした特定の中心がない構造をとっている。
 ここで全体をお見せするには長いので少しだけ「くるみ割り人形」の映像を見ていただくことにしましょう。
(「くるみ割り人形」の映像を見せる)
 こういう群舞というのは主として音楽に乗せてそれと同期(シンクロ)して踊られるわけですが、実はイデビアンにはもうひとつ違う特徴もあります。
それはここでは「関係性のダンス」と呼んでおきますが、たいてい無音とか動きと同期するような音楽が流れていない曲と曲の合間のような時間にパフォーマーが集団あるいは個人として個々の間の関係性を見せていくという場面でかならずしも笑いだけを狙っているわけではありませんがイデビアンの公演でくすくす笑いが起こるようなところはたいていそういう場面です。ここはダンスというよりは演劇あるいはマイムの要素を強く感じさせる場面ではありますが、水と油や上海太郎舞踏公司のようなダンスパントマイムとの類縁性はありますが、イデビアン・クルーが演劇でがなくあくまでダンスなのは関係性の提示はあってもそれが特定の物語に回収されたり、具体的な状況に置かれた具体的な人物像というよりはもう少し開かれた抽象的な表現であるということです。
 さて、この次はイデビアン・クルー「排気口」を見ていただきたいと思います。こちらは今回のレクチャーでお見せするメインの映像として全編を見ていただくことにしますが、これまでのレクチャーの際に長時間の映像をなんのコメントもなしにただ見せられるのはしんどいとの指摘も一部ありましたので、試みとして最初うちは少しコメントを入れながら見ていただきたいと思います。 
(DVD映像イデビアン・クルー「排気口」を上映)


イデビアン・クルー井手茂太)(国際交流基金サイト)http://www.performingarts.jp/J/art_interview/0602/1.html

日本のコンテンポラリーダンス(抜粋)
最近の大きな特徴として東京を中心に既存のダンステクニックとは一線を画した通常の意味でのダンサーとしての経験を持たなかったり、バレエなど欧米において正当とみなされるテクニックを持っていても、それをいっさいださないようなダンスの流行がある。ここでは既存のダンスの枠組み自体を問い直すというような実験性が、60年代のアメリカのポストモダンダンスのような前衛的な身振りにおいてではなく、ポップやキッチュなファッション性をともなってなされている。そうした流れを代表するカンパニー・振付家として、珍しいキノコ舞踊団(伊藤千枝)、康本雅子イデビアン・クルー井手茂太)、ボクデス(小浜正寛)などが挙げられる。
http://d.hatena.ne.jp/simokitazawa/00000014

イデビアン・クルー「包丁一本」http://d.hatena.ne.jp/simokitazawa/00000314
イデビアン・クルー「ウソツキ」http://d.hatena.ne.jp/simokitazawa/00000313