藤本隆行(ダムタイプ)インタビュー

 ダムタイプ(Dumb Type)は京都市立芸術大学の学生を中心に1984年に結成されたアートパフォーマンス集団である。その作品は広く海外にも知られ、現在でも拠点を京都に構えながら、海外公演を中心とした活動を行っている。建築、美術、デザイン、音楽、ダンスなど分野の異なる表現手段を持つメンバーが参加し新たな芸術表現の可能性を模索。80年代にはビデオアート・コンテンポラリーダンスに分類され、最近では広義でメディアアートに分類される。しばしば「マルチメディア・アート・パフォーマンス・グループ」とも呼ばれている。
 現在は2001年に制作した「Voyage」の海外ツアーがいまだに継続されており、これには今回インタビューした照明の藤本隆行、映像の高谷史郎をはじめ主要メンバーがかかわり続けており、その一方で高谷が坂本龍一との共同でインスタレーションを制作したり、音楽の池田亮司もライブパフォーマンスや美術館での大規模な映像・音響インスタレーションを展示するなど、ライブパフォーマンスから美術まで広い分野での個々の活動も盛んになってきている。
 こうした彼らの活動は京都、東京で活動している若いアーティストたちにも大きな影響を与えている。こうした現状を再検証するために「ダムタイプの系譜を巡る連続インタビュー」と題して連載していきたいと思う。
 今回は今号の特集である「舞踊と美術」との関連もあり、8月初めには白井剛、川口隆夫とのコラボレーション作品「true 本当のこと」を東京で再演するなど、メンバーのなかでもっとも精力的に 舞台芸術作品の制作を継続している藤本隆行のインタビューをこの連続インタビューの第1弾として掲載する。

——まず藤本さんがダムタイプの活動に参加することになったきっかけなどから簡単に話していただければと思うのですが。
 藤本隆行 ダムタイプ(当時はダムタイプシアター)としての活動は84年ぐらいから始まっていたのですが、私が入団したのは87年のことです。ただ、古橋悌二とは高校の同級生(大学が僕が1浪、彼が2浪して入っているので学年は1つ上)、さらに小山田徹とは同学年というだけではなく、大学のバレー部でも一緒だったので入団以前からよく知った仲でした。バレー部はダムタイプにはほかにも多くて、泊博雅や高嶺格もそうです。実はこのバレー部にはダムタイプ以外にも藤浩志、建築物ウクレレ化保存計画で知られる伊達伸明らもいた。キュピキュピの石橋(義正)とか江村(耕一)もそうで皆4年差以内のだいたい同じ年代なんです。少し後輩にはヤノベケンジもいました。
 ダムタイプに加わるきっかけとなったのは当時「京都舞台」というところで舞台関係の裏方(大道具)のバイトをしていたんです。舞台の世界はけっこう排他的で例えば寸尺法でちゃんと長さが分からないと「なんだお前は」と言われるようなところがあった。だけど、ダムタイプは全然そういうところと縁のない人間が集まってやっていたせいで劇場に行って仕事をしようとすると不自由な感じだった。それで僕が大道具さんのこととか知っていたので、(知り合いのメンバーから)「一緒に手伝ってよ」という感じになって、最初は大道具やセットの設営などでしたが、そういう裏方の仕事から手伝うようになったのです。
——最初は「睡眠の計画」からですね。
 藤本 オレンジルームで初めて学外公演としてダムタイプがやるので平台とか設置するのにやり方をほかのメンバーが知らなかったので、それをまず手伝うということになりました。ただ、その時はバレー部つながりのお手伝いという感じでした。本格的にかかわるようになったのは「036-PleasureLife」(1987)からで、今はアトリエ劇研になっている無門館というところで、夏休み中ずっと場所を貸してもらって作ったんです、ここからですね。
 その後は「PleasureLife」のツアーだったのですが、それにはあまり参加しなくて、ニューヨークにだけ行ったのですが、帰ってきて「pH」を作ることになりました。だから、「PleasureLife」までは「大道具さん」という感じで、「pH」はトラスを動かしていました。(現在担当している)照明をやるようになったのは「S/N]からです。
——ただ、ダムタイプは一応クレジットとしては映像なり、照明なりというのがあっても、けっこういろいろなことを経験していますし、互いに口を出すわけですよね。
 藤本 専門といっても元々は皆、絵を描きたい人たちだったりしますから(笑)。劇場に対してアウトプットするときに担当が決まってないとだめなので、そういうクレジットはしますが、作る時はそんなことは全然考えていない。長年やっていると照明さんのようにはなってきますが、それでも例えば「そこの振付はおかしいのと違う」とか言えるし、逆にパフォーマーがこちらに「あの照明はおかしい」とか「ああしてくれ」とか言えるし、その辺はヒエラルキーはないです。
——ダムタイプの場合、例えば照明といってもどの部分を照明というのか、あるいは美術というのかということもありませんか? 例えば「S/N」でものすごく印象的だった場面としてフラッシュライトが点滅するなかで壁の向こう側にパフォーマーが次々に消えていくという場面があるのですが、その部分のフラッシュライトというのは照明の領域といえるのでしょうか。
 藤本 「S/N」は古橋が演出的なことをほとんどやっていて、照明の部分のデザインは高谷(史郎)でしたね。フラッシュライトの照明は3つ別々のフラッシュを使ってやっているんですが、舞台のホリ額に向かっているやつと壁のそでから壁の上の走っているところのランウェイに向けてのやつとそれ以外にもうひとつ規則的に光っているやつ。その3種類を使ってるんですが、最初1個使ってみて、「やはりもう1個欲しいね」という風に増えていく感じになった。だから、最初のアイデアは高谷だったけれど、最終的にああいう形になったというのはやってみてということも幾分かはあると思います。

——「S/N」のクレジットだと藤本さんは構想・ビジュアルクリエイションということで小山田、高谷、藤本と並んでいます*1よね。この時は照明ではなかったのですか? 
 藤本 その辺は明確に分けていないので今でも同じです。照明のデザインは高谷がしてたけれど、オペレートは僕がしていました。アデレードで初演したのですが、作るのは大変で日本でクリエートする場所もなくバラバラに美術作っているやつもいれば照明プランを考えているやつもいれば、パフォーマンス・ダンスの振付をやっているやつもいればという状況で、行ってとりあえずやってみてそこからどう構築していくかという感じでした。
——そういう意味では普通の舞台の作り方とはだいぶ違いますよね。 たぶん、でもあまり普通の作り方というのはしたことがないので分からないですけど。 
——ダムタイプの新作が作られない状況が続いてしばらく経過しているわけですが、メンバーが個々の活動をそれぞれやっているなかで藤本さんが一番舞台芸術とかかわり続けていると思うのですが。藤本さんが考える美術とパフォーマンスとダンスの関係性についてどういう風に考えているのか。少し話していただければと思うのですが。
 藤本 少なくともダムタイプはダンスだと思ったことはありません。ダンスという言葉の定義にもよるのですが、ダムタイプだって海外のフェスに行ったら、ダンスにされちゃうわけですが、それはすごく明確でシアターといったら基本がシェイクスピア的なもの。それ以外はわけの分からないものという分類にされてしまうから、「全部ダンスの中に放り込んどけ」という感じなんです。
 でも、ダムタイプの人間に聞いてみてだれもダンスを作っているとは思っていない。明確なことは言えないですけれど、ダンスは論理的に説明するみたいに1時間なら1時間を使ってするようなものじゃない気がするんです。それに比べてパフォーマンスというのはもう少し理論的な構築がされているもののように気がします。  
——以前にメールでやりとりした際にマルチメディアパフォーマンスという言葉に対しても違和感があるとおっしゃっていましたよね。
 藤本 「今さらマルチメディアでもないだろう、アートパフォーマンスでいいや」ということだった。あまりおおげさじゃない方がいいので。メディアパフォーマンス、メディアアート、メディアダンスと言われてもすごく不思議な気がしました。
——確かに語感の問題などで違和感を持たれるというのは分からなくはないのですが、「メディアダンス」という呼び方に抵抗感があるというのは分からなくもないのですが、それでも使うのは言葉として短いので使いやすいということはあります。「マルチメディアパフォーマンス」というのはちょっと長いし、ましてや「インタ—メディアパフォーマンスアート」というは全然意味が分かりませんよね(笑)
 カテゴライズしたいという気持ちは分かるんですけれど、何と呼べばいいかはやはり分かりません。
——ダムタイプしかなかった時にはダムタイプダムタイプが作りたいものを作っていただけだったので、あまりそういうことを考える必要もなかったということでしょうか。
 そうですね。だからダンスと言われた時もわざわざ違うとは言わなかったけれども、ダンスじゃないよねと思ってました。
——ダムタイプ以外の藤本さんがダムタイプメンバーの川口隆夫、発条トの白井剛らと共同制作した作品「true」はどうなんでしょうか。あれは一般にはダムタイプと同じカテゴリーの作品と見なされていますか?
 「true」はまだシンガポールとニューヨークでしかやっていないので、今年の秋からツアーで回るのでどういう風に呼ばれるでしょうね。

——Monochrome Circusの坂本公成との共同制作作品「Refined Colors」はどうなんでしょうか?
 あれはもうダンスだと思って僕も作っているし、別にコンテンポラリーダンスっていえばそれでいいよという感じでした。別にマルチメディアというほどマルチメディアでもないですし。普通の照明使って音使ってダンサーがいて踊っているだけでしたから。音と照明があって動いているというのは当たり前のことのように思うけれども僕にとってはけっこうすごいことで、それで初めてできることがいっぱいあるので、照明と音を一緒にあつかって作れるかどうかというのがけっこうな違いで、なおかつ、そういうのを作った上でダンスを乗せていくのとダンスの振付があって「はい、これに音と照明をつけてください」と振付家がいうのでは全然違うと思うのです。ダムタイプは一貫して前の方というか、振付があってから音と照明というのはあるけれども、逆も可というのを当たり前のように作っていて、そこにコンピューターが噛んできて、全部が一緒にやっていくということができるというイメージがあるのだけれども、僕がダンスと言われるといまだに振付家がいて、まず踊り本位であってそこに照明と音をつけていくと風に感じる。僕はそうなりたくないし、できない。そうじゃないものという風に分類してそれに名前がつけられるのであればそれがいいけれど、そうじゃないのであればコンテンポラリーダンスでいいやと思います。

——ダムタイプのメンバーの中でも藤本さんには舞台に対するこだわりをすごく感じるのですが。
 舞台という見せ方が好きなんです。お客さんにきてもらって1時間とか1時間半なり、前提としては座って見る。その時間を見せられるわけじゃないですか、それが好きなんです。映画も好きですけれどでも生でそこで見るというのがやはり好きなんです。インスタレーションとかだと10秒で終わる人もいれば、1時間座っている人の方が珍しい。そういう時間をみせなきゃいけないのであまりそれは好きじゃないんです。
——やめた人も含めて他のメンバーの人たちはインスタレーションや美術作品を制作してる人も多いですよね。
 僕もやります。けれど、時間拘束してその展開の中でなにかが起こってこうなって、こうなって最後はこうなるというのを見てもらって納得という感じでものを考える方が似会っていると思います。

*1:クレジットは構成・演出:古橋悌二 構想・ビジュアルクリエイション:小山田徹、高谷史郎、 藤本隆行、泊博雅 音楽・作曲:山中透、古橋悌ニ ライブ演奏:山中透