シアターアーツ「関西からの発言」

シアターアーツ「関西からの発言」
 日本の現代演劇において1990年代半ば以降は平田オリザら現代口語の群像会話劇中心の流れが主流を占めてきた。それが大きく転換したのは2000年代(ゼロ年代)後半、群像会話劇の形式からはみ出した若手劇作家・演出家の相次ぐ登場によってだった。ここではひとまずそれを「ポストゼロ年代演劇」と呼ぶことにするがその特徴のひとつは物語以外の要素が強く、演劇とダンスのボーダー領域の作品が目立つことだ。
 チェルフィッチュ岡田利規)、ニブロール矢内原美邦)を先駆者とした「ダンスのような演劇」「演劇のようなダンス」については前回担当したこのコラムでも紹介した。その重要度は2010年以降の2年間でままごと(柴幸男)、東京デスロック(多田淳之介)、快快(篠田千明)、柿喰う客(中屋敷法仁)、悪い芝居(山崎彬)に加え、バナナ学園純情乙女組(二階堂瞳子)、ロロ(三浦直之)らより若い世代の台頭でますます顕著となっている。今年初めの岸田國士戯曲賞ニブロール矢内原美邦、マームとジプシーの藤田貴大が同時受賞したのもこうした動きを反映したものといえそうだ。これは東京で先行したが、3・11以降も一層拡大する兆しをみせており、東西の劇団・演劇人の交流などを通じて関西、特に京都にも広がりを見せている。
 京都でそのけん引役を果たしているのが振付家・ダンサーのきたまり(KIKIKIKIKIKI)であろう。振付家としてすでに横浜ダンスコレクションR2010未来へはばたく横浜賞受賞や2度のTOYOTA CHOREOGRAPHY AWARD最終ノミネートで同世代のなかでは群を抜いた実績を残しているが、最近はダンサーや振付家としての活動を超えた領域でも存在感を示している。パフォーマーとしても横浜のTPAMで上演された木ノ下歌舞伎「三番叟/娘道成寺」で自ら振付も担当したソロダンス「娘道成寺」を踊ったほかPLAYPARKでは横浜での受賞作品「女学生」を踊るなど首都圏にも活動範囲を広げている。4月には東京の若手劇団、柿食う客に客演し「絶頂マクベス」で魔女役も演じるなど演劇、ダンスのジャンルを越えたトリックスター的才能を示している。自ら率いるKIKIKIKIKIKIの公演では言語テキストの導入も含め、演劇/ダンスのボーダレス化に挑戦したとした「生まれてはみたものの」を前回紹介したが、その後上演した「ぼく」「ちっさいのん、おっきいのん、ふっといのん」(いずれも2011年)も演劇的な要素を強く感じさせる作品だった。
 だが、きたまりの今年の最大の功績は企画担当者としてダンスに携わるアーティストによるフォーラム「We dance京都2012」(2月3〜4日、元・立誠小学校など)を開催したことだ。「We dance」は、アーティスト、振付家らが主体になった企画で、ダンスパフォーマンス、トークセッションなどで構成されている。これまで3度横浜で開催されたが、今回は初めて京都での開催となった。きたまりは東京デスロックの多田淳之介、京都を拠点とする相模友士郎、筒井潤(dracom)と「ポストゼロ年代演劇」の演出家3人を招き、ダンサーとの共同作業による作品制作を委嘱した。相模とは京都造形芸術大学で一緒、多田とは神戸アートビレッジセンターのプロデュース公演で多田の演出作品に出演、振付も担当した。筒井はKIKIKIKIKIKI「ぼく」への出演経験がある。彼女はいまやダンス・演劇の領域を越えて、ネットワークを持つ関西におけるキーパーソンとなりつつあり、「We dance京都2012」もそうした人脈があって初めて実現できた企画だった。
 企画中で白眉の出来ばえだったのが多田演出の「RE/PLAY」である。「RE/PLAY」は多田の率いる東京デスロックが昨年日本各地をツアーして回った「再/生」という作品の系列に入る。音楽に合わせて一定の動きのシークエンスを繰り返し、その激しい苛酷な動きを何度も繰り返すのが「再/生」。それでしだいに疲弊していく身体に表象される人間の「生」と「死」を問いなおしていく。ダンス・演劇の境界領域にあるというだけでなく、作品が物語でなく音楽的な構造により構成されている、特定のシークエンスが何度もリピートする――など、この世代の演劇に顕著ないくつかの特徴を先取りした作品で、「わが星」(柴幸男)などと並んでポストゼロ年代演劇の代表的な作品と考えてもいいかもしれない。
 「再生」という表題で2006年に初演され、その時は「ネットで誘いあって集まって集団自殺をはかる若者たちの姿を描く」という具体的な設定があった。その中で登場人物たちが踊りまくりながら喧騒のさなかに毒を飲んで全員がばたばたと倒れていく。だが面白さはこうした物語以外にあった。生身の人間が同じ動作を3回繰り返すのだが「繰り返す」といってもそれは不可能。その間にも身体は疲弊し当初の想定通りに動けなくなっていく。それを1時間30分見せることで、命はその時、その場所にしかないこと、人生に同じ瞬間は絶対にないことを観客に示した。2011年の再演版「再/生」では俳優の動きにはもはや具体的な意味はない。だが、そこで提示されるのは動きそのもの(=ダンス)ではなく、反復による身体的な負荷で動けなくなる人間である。最近の上演ではそれにもめげずに動こうとするその姿から3・11以降の「死」と「再生」を重ね合わされるような舞台とみなされている。
 「RE/PLAY」は基本的には「再/生」のコンセプトを受けついだ。動き自体はダンスと言ってかまわない。だが、構造は多田が用意した演劇的な仕掛け(繰り返すことで疲弊していく身体)に支配されているため、(あえて言うなら)演劇作品であるはずのものであった。今回は3回繰り返すのではなくて、「RE/PLAY」の表題通りにレコードプレイヤーの針を戻して同じ曲を何度も何度も繰り返すような構造。オープニングとしてサザンオールスターズの「TSUNAMI」が2度ほど繰り返した後、ビートルズ「オブラディ・オブラザ」がなんと10回連続でかかる。この後、「ラストダンスを私に」になど「再生」以来おなじみの曲と相対性原理、そして最後の方でPerfumeの曲が繰り返しかかったころにはほとんどの出演者は疲れ切った状態で、多田(釈迦)の手の平に乗る孫悟空のような有様だった。
 ところが「演劇作品であるはず」と書いたのはこれまで見た多田の作品では必ず起こっていた疲弊のようなことを超越して、踊り続ける1人のダンサー(松本芽紅見)がいたからだ。松本も疲れていないというわけではないのだろうが、ほかの人が次々と限界を迎えていくなかで、疲れれば疲れるほど一層気合が入ってきて、動きの無駄が削げ落ちきて、神々しいまでの存在感を見せ始めた。一瞬赤い靴を履いたバレリーナのことさえ想起させる姿は「ダンスそのもの」だ。ある意味作品のコンセプトを吹き飛ばし逆説的にそこに演劇(=意味性)を超えた「ダンスというもの」を浮かび上がらせた。ダンスには黒田育世の作品のように身体にかかる負荷により疲弊していきながらも、それでも踊り続けるという二面性を見せる作品があり、それは最近増えているのだが、今回の「RE/PLAY」にはそうしたダンスと通底するような問題意識を感じさせた。
 一方、演出家・相模友士郎とダンサー・野田まどかによる「先制のイメージ」もいわゆる振り移しではない振付の生成をそのノウハウと一緒に見せてしまう一種のメタダンスであった。こういうものはダンスの内部からの思考ではちょっと出てきにくい種類のもので、こういうものを生み出しただけでも演劇の演出家を招へいしたきたまりの企画は成功だったといえるだろう。
 最初に舞台下手に相模が登場してコカコーラの歴史についての薀蓄を語り始める。その後、野田が舞台に登場して、なにやら少し小さな身振りのようなことをはじめる。それはマイムのようなはっきりしたものではないのだが、どう見てもなにか身振りのようなもの見える。ただなんなのかははっきりとは分からない。これを一度見せてから相模は「これはある日の家で起きてから、稽古場に来るまでの様子を思い出して、再現してもらっています」と説明し、野田にそれぞれなにをしているところかを説明しながらもう一度同じ動きを繰り返すように言う。そうするとよく分からなかった動きの連鎖が途端に意味がある動きの連鎖として見えてくる。今度はセリフなしでもう一度動きだけを繰り返させる。不思議なのは一度意味と張り付いた動きはその言葉を失っても、意味を失わない。これはマイムがなぜ成り立つのかという原理である。
 次に野田に対し、相模は外から自分が人形遣いで先ほどの自分の動きを外側から操るように動くように指示する。実際に動いている野田の動き以外にそれが操っている仮想の人形のようなものが見える。次にその動きを基本的に守ったままで、動きを自律させるように指示する。ここのところが少し分かりにくいが、簡単に言えば動きをぎくしゃくしたものではなく少し自然な流れにまかせるようなものにする。それでも前のイメージは少し残っているのだが、ここに音楽を重ねていくと印象は一変する。直接的な意味性が薄れていって、「ダンスのようなもの」に俄然見えてくるのだ。
 そして、その後、今度は最初に読んでいたコカコーラについての文章を朗読して動きに重ねていく。そうするとまた意味性が生まれてくるが今度は動きと言葉が1対1で対応しているわけではないので、もはやそこに言葉が重なっても「演劇のようなもの」に見えはしない。しかしコカコーラについての語りと野田の動きはどこかで共鳴しあっていて、それをダンスと呼ぶべきかどうかは微妙だが、もはやそれはそれまでのプロセスで出てきたどの段階とも違う新たな表現となった。演劇(マイム)⇔ダンスの関係を動きと意味性との距離感を自在に伸縮させることで多面的に提示した作品で「ダンスとはなにか、演劇とはなにか」を考えさせる意味で興味深いものであった。
 最後の筒井の作品は姉妹という設定を基に映画や演劇など複数のテキストから場面を抽出してコラージュしたような作品。いわゆるダンスというよりはダンサーを起用した無言劇といった趣きだった。関西のダンスには東京と異なり、オリジナルの動きそのものを追求した独自の流れがあったが、ここ数年新たな作り手の台頭も少なく、そうした危機感がきたまりを今回の企画に駆りたてたともいえ、その意味では参加者の大きな刺激になったのではないかと思われた。
 藤田貴大(マームとジプシー)も多田ら「ポストゼロ年代演劇」における先人の影響の下で、自らの方法論を磨いてきた。その藤田が同じ元・立誠小学校の校舎のそこかしこを贅沢に使って新作を上演したのは興味深い。「LEM-on/RE:mum-ON!!」はサイトスぺシフィックな作品だ。廃校になった学校に漂う独特の空気感は藤田の劇世界と共鳴しあって観客自身の記憶のツボを刺激した。梶井基次郎の「檸檬」を舞台化すると聞いていたのだが、そうではなく「檸檬」はもちろん「Kの昇天」「冬の蠅」「桜の樹の下には」など梶井の複数の短編に登場するイメージをコラージュのように引用しながら、時を隔てた同年代(少し上だが)の梶井に向けての藤田の返歌としてこの作品を制作された。
 岸田戯曲賞を受賞した「塩ふる世界。」をはじめ藤田の劇世界では大切な人の死ないしその変奏としての別離がモチーフとして頻出する。原作ものとしてはこの作品の前にカミュ「異邦人」を手掛けたが、その小説も母の死という藤田が好んで取り上げた主題を共有しており、それからいうと梶井基次郎は自らの病弱を反映してか、死を象徴するモチーフが頻出する作家であるということからして、藤田と精神的な双生児のようなところがある。
 この作品では何度も同じセリフや主題が繰り返されるが、そこに通底しているのはやはり「死」のイメージであって、「塩ふる世界。」や「Kと真夜中のほとりで」と比較すると身体的な強度は低いが、それでも繰り返すことによる「肉体の酷使」という手法はここでも使われていて、そこには「RE/PLAY」と共通するような問題意識が表れていることは強く感じた。
 演劇のようなダンスというわけではないが「We dance京都2012」とほぼ同時期に上演された若手ダンスカンパニーMuDA「男祭り」@京都アトリエ劇研も注目すべき公演だった。MuDAはヒップホップダンサーでe-Danceに参加していたQUICK、モノクロームサーカスの合田有紀らによるダンスユニットである。劇場での本格的な公演はこれが初めてでこちらは白い褌姿の裸体の男たちが激しく輪舞した。頭を上下に激しく振ってみたり、倒れたかと思うとすぐに立ち上がったり、その様は参加者がトランス状態になっている謎の宗教の儀式にも見えきわめて不可解なものであった。これまでに見たことがないもので、ゼロ年代を彩った身体表現サークル、コンタクトゴンゾ(contact Gonzo)に続きついにポストゼロ年代を代表するダンスが登場したと興奮した。というのは「男祭り」には「肉体の酷使による生の賞揚」という意味で先述した「再/生」と通底するような問題意識を感じたからだ。ポストゼロ年代と先に書いたのはそういう意味合いで、2000年代後半から2010年以降にかけての東京の若手劇団の舞台において、この「肉体の酷使による生の賞揚」という手法が目立つようになっている。東京デスロックがその典型ではあるが、同様の手法はマームとジプシーやままごとなどでも垣間見られる。
 さらに言えば岸田戯曲賞を受賞した矢内原美邦の作品でも「肉体の酷使」という手法は出てきているし、黒田育世のダンスなどは「酷使」そのものといってもいい。MuDA「男祭り」には明らかに最近のパフォーミングアーツにおけるそうした大きな流れと問題意識を共有する。
 SPACの宮城聰はク・ナウカ時代のインタビューで舞台における祝祭的な空間の復活を論じて、生命のエッジを感じさせるような宗教的な場が失われてしまった現代社会において、それを示現できる数少ない場所が舞台でだからこそ現代において舞台芸術を行う意味があるのだと強調した。3・11を契機に生と死という根源的な問題と向かい合った作者が「肉体の酷使による生の賞揚」という手法で、祝祭空間を見せる。90年代に平田は「演劇に祝祭はいらない」と主張したが、「祝祭性への回帰」という性向が「ポストゼロ年代演劇・ダンス」にはあるのかもしれない。

 SPACの宮城聰はク・ナウカ時代のインタビューで、舞台における祝祭的な空間の復活を論じて、生命のエッジを感じさせるような宗教的な場が失われてしまった現代社会において、それを示現できる数少ない場所が舞台で、だからこそ現代において舞台芸術を行う意味があるのだと強調した。九〇年代に平田が「演劇に祝祭はいらない」と主張しそれが現代演劇の主流となっていくにしたがい、宮城の主張はリアリティーを失ったかに見えたが、「祝祭性への回帰」という性向が「ポストゼロ年代演劇・ダンス」には確かにある。そして3・11を契機に生と死という根源的な問題と向かい合った作り手たちが「肉体の酷使による生の賞揚」という手法で、祝祭空間を見せる今こそ宮城の夢想した「祝祭としての演劇」が再び輝きはじめる時なのかもしれない。