ワイアーレビュー

 WI'RE「CROSS2(⇔)」(サカイヒロト構成・演出・美術)を大阪港・中央突堤2号上屋倉庫内の<仮設劇場>WAで観劇した。<仮設劇場>WAは昨年行われた「小劇場のための<仮設劇場>デザインコンペ」により大賞に受賞した作品を実際に製作したもので、これを大阪港の倉庫の中に設置して、今年の4月から6月の3ヵ月にわたって12団体が「大阪現代演劇際」として連続公演を行うのだが、このWI'REの公演が実質的に杮落としとなった。

CROSS2


どんな火がこの世界を焼き払うか
論争を続ける諸学派は
次の事について考えるだけの知恵がない
彼女のこの熱がその火ではあるまいか、と。


イントロ


闇の中、劇場は赤く脈打っていた。

「扉の向こうには、闇。ゆらゆらと青白く丸い光が浮かぶ
幾つもの月が扉の向こうに昇っている。
幾何学の動きで巡る月の間を抜けて私は円形の劇場へと進む。
4本の巨大な柱が墓標のごとくに立つその中心に、一匹の獣が立ち尽くしている。
さまざまな毛皮が継ぎはぎされた異形の影の足元には、赤黒い肉の花。
静かに広がっていく血と、腐臭。
天を仰ぎ獣は慟哭する」

劇場の中央にうずくまっていた影が巨大な眼球を抱いて立ちあがる。

「私の周囲の景色がぐにゃりと歪み、流れ出し、回り始める。
火花をあげて疾駆する幾つもの風景、幾つもの記憶」

映像1 轟音とともに走馬灯が流れる


速度=距離/時間


気がつけば私は冷たく堅いベンチシートに腰掛けている。
向かい側には女が一人。文庫本を読むともなく膝の上に広げている。
車輪の軋む音だけが満ちる車内に他に乗客はいない。

私 「ゴトッ・・ゴトッ・・ゴトッ・・」
イナバ 「・・」
私  「1本の長さが25mなんですよ・・基本的にね。もちろん新幹線なんかの場合はもっと長
いんですが、ええ、基本的に。つまりですね、レールの繋ぎ目の音の間隔で今、この電
車がどれくらいのスピードで走っているのか計算できるというわけです」
イナバ 「・・」
私 「ほら・・ほとんど1秒毎にゴトッてなるでしょう。ということはですよ、秒速25mで走って
いるということです。時速に直すと・・ええと・・幾らになります?」
イナバ 「・・」
私 「ええ、90kmです。時速90km。結構出てるな・・本当はもう少し押さえないといけないは
ずなんですけどね、この区間はね。まあ分からないでもないですけど。こう単調な景色
ばかりじゃあねえ・・運転手も早く終点に着いて熱いコーヒーでも飲みたい、まあそんな
ところでしょう。どこまで行かれるんですか?」
イナバ 「・・私?」
私 「もちろん。え?今まで私が誰に喋ってると思ってたんです?」
イナバ 「さあ」
私 「この車両には私とあなたしかいないのに?え?え?独り言言ってたってわけです
か?さっきからずっと」
イナバ 「そうみたいですね」
私 「ガッカリだなあ。ガッカリですよ。せっかくこうやって会えたのに」
イナバ 「・・」
私 「捜しましたよ・・イナバさん。イナバミツさん」

カーブにさしかかり、大きく車体が揺れる。

イナバ 「・・」
私 「まあ今は違う名前なのかもしれないですけどね」
イナバ 「嫌いなの。古臭い名前でしょ」
私 「いやあ・・」
イナバ 「まだ決めてないから」
私 「名前?」
イナバ 「どこに行くのか」
私 「ああ」
イナバ 「どのホームで降りて、どの町に暮らすのか」
私 「捜しても見つからないはずだ」
イナバ 「この電車もたまたま来たのに乗っただけだから」
私 「奇跡ですね、こうやって追いつけたのは・・色んな人に会いましたよ。あなたの足跡を
追って。医者や、監察官や、お友達にも」
イナバ 「友達」
私 「ええ」
イナバ 「友達なんて、いないわ」
私 「じゃあきっと私の勘違いなんでしょうね。彼女たちもそう言ってましたよ。あなたなんか
友達じゃないって」
イナバ 「・・誰?」
私 「工場で働いてた時の」
イナバ 「ああ・・古い話。ずっと昔の・・もう何年も誰とも会ってない」
私 「それでも・・みんな忘れられないみたいでしたよ、あなたの事を」
イナバ 「元気だった?みんな」
私 「ええ・・多分」
イナバ 「なんかおかしな事言ったかな?」
私 「いえ」
イナバ 「今、笑ったわ」
私 「いや、やっぱり友達なんだなあと思って」
イナバ 「捕まえに来たの?私を」
私 「こんな格好した警官はいませんよ」
イナバ 「じゃあ」
私 「憶えてませんか?あなたに殺された女の子の、父親の顔」

私は立ち上がり、イナバに向かってゆっくりと歩き出す。
かすかに音楽が聞こえ、四方から人影が後ろ向きに近づいてくる。

イナバ 「吐く息に白く曇ったガラスの向こうで、景色は残像も残さず走り消えていく。暖房をけ
ちってるのか空席の多さのせいか、なんだか肌寒い気がして読んでいた文庫本を閉じ、
ダッフルのポケットに両手を突っ込む。どうせたいして面白くもなかったし。やっぱり雑
誌にすればよかったかな。次の駅の売店で買おう。それから熱いコーヒーも。通勤時間
だっていうのにこんなに空いてるのはもちろん、この線路の先に大きな町がないから、
だろう。売店もなかったら嫌だな。まあでも多分、自販機くらいはあるでしょ。あるかしら。
ゴトッ・・ゴトッ・・ゴトッ・・レールの音は1秒より短く、だからきっとこの電車は90kmを超
えたスピードで走っている。ポケットの中の切符を指先でなぞる。この先には何がある
んだろう。この線路の先には。指は答えを見つけられず、その代わりに一つの名前を
探り当てる。棄てたはずなのに。投げ棄てたはずなのに、いつも気がつけばこうしてポ
ケットの中にある。私は知っている。それが私の名前だからだ。私の、本当の、名前だ
からだ。漠然のバク。砂漠のバク。索漠のバク。それが私の名前だ。私の指先は、ポケ
ットの中のナイフの刃を感じている」


都市の風景1スクランブル


転調する音楽。車輪が火花をあげる。
映像2 風景が回り、記憶が回る。走馬灯のように。メリーゴーランドのように。
人々がぶつかり、離れ、全力で駆けぬけるありふれた都市の日常。


想像力を殺す

白衣の男が、大きな医療鞄を抱えて現れる。
無造作に床に投げ捨て、それを舐めまわすように見つめる。
その足元に伸びる人影に振りかえると女が立っていた。

トサカ 「見上げた天井の模様に人の顔が浮かぶ。目を閉じても想像はやまない。想像してし
まう。目を閉じた後の夜を。10年後の自分を。隣に寝ている彼が腐り消えてしまう事を。
何処かの町で母親に殺される子供の泣き声が、海の向こうで続く爆撃が聞こえる。私
は、今や海原のように膨らんでしまったベッドを漂いながら、願う。世界が今、ここだけ
でありますように。広がりもなく奥行きもない、X軸とY軸がただ交錯する今、ここ以外の
世界など消えてなくなってしまえばいい。だからそう、想像力を、殺してしまおう」
先生 「・・・・へえ」
トサカ 「眠れないんです」
先生 「はい」
トサカ 「怖くて」
先生 「あの、今日は休診日なんで・・ていうか勝手に診察室入っちゃってるし・・ていうか僕、
獣医ですから」
トサカ 「あ」
先生 「間違ってるでしょ、色々」
トサカ 「また間違った。いつも間違えるんです。初対面の時のキャラの作り方、他人との距離
のつめ方。ビショップビショップポーンポーン。なぜかしら、あなたが遠い」
先生 「帰ってください」
トサカ 「冗談よ」
先生 「・・明日の九時からやってますんで」
トサカ 「ネットでね、調べたの」
先生 「え」
トサカ 「凄いわよねえ。何でもすぐ調べられるんだもん」
先生 「・・・・・・・・またかよ」
トサカ 「また?」
先生 「・・あなたには関係ないでしょ」
トサカ 「そうかしら。同じ町に性犯罪者がいるだなんて。怖くて夜も眠れなくない?」
先生 「・・」
トサカ 「同じ町に性犯罪者が/」
先生 「やめて!そんな大きな声で」
トサカ 「ああ、聞こえてないのかと思って」
先生 「ちゃんと・・刑期も終えたんだ」
トサカ 「でもあれでしょ?どこに住んでるのかこんな簡単に検索できるってのはさ、警戒せよっ
て事でしょ」
先生 「もういい加減にしてくれよ」
トサカ 「襲うの?私も襲うの?」
先生 「襲わないって!」
トサカ 「意気地なし!」
先生 「い、いく・・」
トサカ 「二度ある事は三度あるって言うし」
先生 「二度ない!一度だけだし!ちょっと魔が差しただけだし!」
トサカ 「魔」
先生 「そう!あるだろ、そういうの誰だって」
トサカ 「・・そうね」
先生 「そうだよ・・そうなんだ・・」
トサカ 「魔はどこから差すのかしらね。そもそも魔って何?悪魔?魔法?」
先生 「・・なんですか魔法が差すって」
トサカ 「知らないわよ」
先生 「とにかく。お願いだからほっておいてもらえませんか」
トサカ 「なんかこんな事言ってますけど」
先生 「誰に言ってるんですか」
トサカ 「駄目だって」
先生 「・・なんで」
トサカ 「言ったでしょ。想像力が私に見えないものを見させ聞こえないものを聞かせるの」
先生 「それはアンタの勝手な想像だろが!」
トサカ 「想像だけじゃないわよ。ネットで読んだもの。信じらんない。なんであんな事ができる
のかしら。もしかしたら、その袋の中にはあの時と同じに下校途中の小学生が眠らされ
てたりして」
先生 「うわああーっ!」
トサカ 「襲うの?襲うのね?OK、我に叫ぶ用意あり。うわああーっ!注目―!世界の中心に
キチガイが二人いまーす!」
先生 「畜生、いつもこうだ。住所を変えても、表札を変えてもお前らみたいなのが邪魔しに来
るんだ。眠れない、だ?それはこっちの台詞だよ」
トサカ 「ほお」
先生 「反省?してるに決まってんだろ?あの子は僕が逮捕される時に何て言ったって書い
てあった?読んでもこれは書いてなかっただろ?何も言わなかったからさ。あの子はね、
ただ黙って僕を見てただけだ。警官の質問に黙ってうなづきながら、ただ見てたんだ、
あのガラスみたいな目を思い出すたび、僕は/」
トサカ 「合格!」
先生 「・・?」
トサカ 「やっぱりあなたしかいないわ」
先生 「何が」
トサカ 「だから、私を、眠らせてほしいの」
先生 「あのね、何度も言ってるけど僕は・・」
トサカ 「あなたにしかできないの」
先生 「・・」

突然、鞄がのたうち回る。

トサカ 「!」

先生は眼鏡と一体化した、触手のような胃カメラの先端をトサカの喉の奥に突き刺す。


ライ麦畑で捕まえさせて


渦巻く記憶の中からはじきだされた女を抱きしめる獣。のような風体の男。
電車がホームを通りすぎた残像のような風が吹く。
床に倒れこむ二人。

捕手 「アホか、何してんねん!」
メー 「・・あれ?」
捕手 「・・あれ?やないやろ、何考えてんねん」
メー 「・・どんな感じかなーって」
捕手 「どんなもこんなもあるかアホ!地下鉄飛び込んだら人間は何も感じません。アホか」
メー 「そうかなあ」
捕手 「そうや。アホか」
メー 「なんか呼吸するみたいにアホが出てくるね」
捕手 「俺が今、止めへんかったらアンタ死んどったんやで」
メー 「ええっ?」
捕手 「いや、ええって言われても」
メー 「ありがとうございました、じゃ」
捕手 「どういたしまして…ってちょっと待ちなさーい」
メー 「なんですか」
捕手 「大丈夫なんか」
メー 「そっちこそ大丈夫?ゼイゼイ言ってる」
捕手 「ほっといてくれ。これは元々や。喉が・・そんなんどうでもええねん。もう飛び込み自殺
したりせえへんやろな」
メー 「そんなー、する訳ないじゃないですかー」
捕手 「しかけてたやないか今」
メー 「だからどんな感じかなーって思っただけなんですよ」
捕手 「思うのも禁止や。うちの家でそんなんされたら夢見悪いからな」
メー 「家?」
捕手 「住んでんねん、ここに」
メー 「・・ああ」
捕手 「ああってなんや。あれやろ、ホームレスや思てるやろ?」
メー 「だってそうなんでしょ」
捕手 「ちゃうちゃう。俺の寝たとこがその日の俺の家」
メー 「・・ああ」
捕手 「だから、ああってなんやねん。ホームイズマイホーム。今イチやな。俺はな、キャッチャ
ーやねん。キャッチャーインザホームや」
メー 「・・ああ」
捕手 「今の『ああ』は分かってへん『ああ』やな」
メー 「ピンポン」
捕手 「『とにかくね、僕にはね、広いライ麦畑やなんかあってさ、そこで小さな子供達が、み
んなでなんかのゲームをしてることが目に見えるんだよ。 何千っていう子供達がいる
んだ。そしてあたりには誰もいない ― 誰もって大人はだよ ― 僕のほかにはね。 で、
僕は危ない崖のふちに立ってるんだ』・・」
メー 「・・ああ」
捕手 「・・サリンジャー読んだことないんか」
メー 「誰?」
捕手 「サリンジャー。小説家」
メー 「漫画しか読まないから」
捕手 「・・ああ」
メー 「ガッカリの『ああ』」
捕手 「ピンポンや。手え出し。飴あげるわ」
メー 「ありがとう」
捕手 「出しおった。変わった子やな」
メー 「私、そんな若くないですよ」
捕手 「若い子はみんなそう言います。あれ、なんやアンタ、手・・」
メー 「?ああ、指」
捕手 「指。・・ないな」
メー 「ないですね」
捕手 「痛い痛い」
メー 「え、もう痛くないけどな」
捕手 「いやそうじゃなくて・・」
メー 「昔ね、ガッていっちゃったんですよ」
捕手 「ガッ?」
メー 「旋盤にね。あとプレス機にね。ふたたび旋盤にね。ガッガッガッ。合計3ガッです」
捕手 「アンタ女工なんか。若いのに大変やな・・」
メー 「そんなに若くも大変でもないです」
捕手 「その根拠のない明るさがまた泣けるわ。飴あげよ」
メー 「ありがとう」
捕手 「・・ほんまに変わってるわ。他の人間みんな、俺のこと臭い臭い言うて逃げんのに」
メー 「私、鼻が悪いから」
捕手 「真実いうのは常に残酷やねえ」
メー 「キャッチャーなんですか」
捕手 「ん?」
メー 「仕事」
捕手 「ああ・・。超有名な小説があってまあその駄洒落というかなんというか・・解説すると物
凄い恥ずかしいです。俺もなりたいなあ、そういうもんに、ちゅう、まあ・・」

捕手はぶつぶつと話し始め、あくびするメーの体はその毛皮の中に埋もれていく。


都市の風景2 知覚の魚(久保ソロ1)


映像3 水の影、が辺りを包む。
三人の男がガラスの水槽の中にいる。
  画面の中、冷たい海溝の底を無数の目が耳が鼻が舌が指が泳いでいる。
知覚の魚が、無表情な男たちに絡みついていく。

「カイメンカラフカサ二百mマデヲヒョウソウ、フカサ二百mカラ千mヲチュウソウ、フカ
サ千mイジョウヲシンソウ、スナワチシンカイトイイマス。シンカイニハヒカリガトドカナイ
ノデ、ホトンドノサカナノメハタイカシテイマス。カノジョタチハ、ワズカナシンドウデオタガ
イノスガタヲカンジトリマス。メクラノサカナガクロイウミニシズンデイマス。メクラノサカナ
ガクロイウミヲオヨイデイマス。メクラノサカナガ・・」


レンタルされる日常


ヘッドマウントディスプレイとヘッドフォンをつけた女が目の前のプレーヤーのボタンを
カチャカチャと押している。

マムシ 「・・あれ?」

首をひねってDVDを取りだし、不審気に調べる。
ツタヤの店員が通りかかる。

マムシ 「すいません」
店員 「はい?」
マムシ 「あれ?どこ?見えない!何も見えない!」
店員 「いやいや、それ、つけてるから」
マムシ 「これ。このDVD変なんですけど」
店員 「はあ。いやでもお客さま、私に面白DVDオススメされましても」
マムシ 「なにニヤニヤしてるのよ。『このDVD変なんですけどー』と『このDVD変なんですけ
ど』じゃ全然違うでしょ」
店員 「え?え?」
マムシ 「トーンとか、表情とか」
店員 「『このDVD変なんですけどー』・・『このDVD変なんですけど』・・本当ですね」
マムシ 「どうなってるんですか?」
店員 「え?え?」
マムシ 「え?何が、え?」
店員 「すみません、ちょっと確認・・させていただきますので」

店員、去る。
クマムシため息をついて別の試視聴盤をセットし、スタートさせる。
映像4 ふたたび水の影、が辺りを包む。

マムシ 「『カンフーハッスル』・・あれ?」

ちょうど店員が近づいてくるのに気がついたので

店員 「え?え?」
マムシ 「まだ何も言ってないわ」
店員 「また、やられてましたか。書き換え」
マムシ 「なのにその内容を知ってるのね。・・能力ね」
店員 「能力です」
マムシ 「私も聞こえるんです。草や木の声が。もしかしてあなたも?」
店員 「聞こえます。すみませんでした、最近よくやられるんですよ。いっそ万引きしてくれた方
が店としては助かるんですけどねえ・・書き換えられるよりは、ええ」
マムシ 「ツタヤのDVDが書き換えできるなんて知らなかったわ」
店員 「出来ないですよ、もちろん。構造的に出来ません。でも不可能を可能にするのがでん
でんタウンじゃないですか。そういうソフトが売られてるらしいんですよ。わざわざなんで
そんな、ねえ?ホント頭にきますよ!・・胃にきますよ!・・膝にきますよ!」
マムシ 「どうして段々部位が下がっていくのかしら」
店員 「え?え?」

店員、ぶつぶつ言いながら去る。

マムシ 「・・もしかしたら・・聞き返してるんじゃないのかも・・もしかしたら・・ソナー?・・目の見え
ない蝙蝠が障害物をかわすために出す超音波のような・・フフ」

ディスプレイフォンをまたつけ、漂う男たちの映像を眺める。

マムシ 「これってどういうイタヅラなのかしら・・カンフーハッスル・・この人は自分で撮って自分
で自分を上書きしたのかしら・・カンフーハッスル・・ハッスルハッスル・・顔がばれたら捕
まらないのかしら・・ねえ、何のために?」
男たち 「いやあ、それはちょっと(秘密です)」
マムシ 「残念」

店員が顔を押さえながら駆け込んでくる。

店員 「た、助けて・・取れない・・」
マムシ 「え?え?」
店員 「これ!取れない!エイリアンの!なんかほら!」
マムシ 「なに言ってるんですか」
店員 「え?え?え?」
マムシ 「え?え?え?」

わらわらと顔を押さえながら駆け込んでくる別の客。

客 「これ!取れない!エイリアンの!なんかほら!」
三人 「え?え?え?」

ディスプレイとヘッドフォンをつけた人々とつけていない人々までもがのたうち回り、装
着した(あるいはしてもいない)装置を顔から引き剥がそうとするがまるでエイリアンのフ
ェイスハガーのように肉と一体化しておりもはや抜け出す事はできない。
踊り狂っているようにも見える。


人形に話す事を教える


仮面の人々は一塊の気配となって暗がりに澱む。

先生 「・・まいったなあ・・なんで僕があんなののカウンセリングさせられる羽目に・・」

ぶつぶつ言いながら医療鞄を開ける。

先生 「わざわざ免許とり直したってのに・・」

鞄の中から、子供、の人形が出てきた。

先生 「なあ?そう思うだろ?バク」

いきなり入ってくるトサカ。

トサカ 「やっぱり誰かいるんじゃない?」
先生 「ふおおおおおーっ!」

慌てて、かなり強引に人形を鞄にしまう。

トサカ 「ふおおおおおーっ!」
先生 「ま、ま、まだまだだ、い、いたんだすか?」
トサカ 「まだまだいますよ」
先生 「いないで!明日。九時。話。聞きますから。帰って。ハウス!」
トサカ 「まだ帰ってもダーリンいないしー。面白いテレビもやってないし−。あなた暇なんだっ
たらいいじゃなーい」
先生 「だから暇じゃないんだって!ハイヨー!ハイヨー!」
トサカ 「私、犬だったかしら?馬だったかしら?」
先生 「もう結構!」
トサカ 「トサカだけにねー。それよりさっきバク・・とか/」
先生 「ドキッ」
トサカ 「・・言ってたよね」
先生 「言ってません!」
トサカ 「じゃあなんで口でドキッて言うのよ」
先生 「問題はそこです。・・考えてみて?あなた自分が本当に驚いた時、ドキッて口で言いま
すか?」
トサカ 「言わないわよ、当たり前じゃない。コントじゃないんだから」
先生 「そうですよね。そしてこれはコントじゃない。つまり僕は本当は驚いていなかった。つま
りつまり、バクなんて口にしなかった。ですよね?」
トサカ 「・・はい」
先生 「じゃあまた明日、九時に」
トサカ 「ありがとうございました先生」
先生 「気をつけて!忘れ物は?じゃあ!」

爽やかな笑顔でトサカが消えるのを確認する。

先生 「・・バカ。死ね」
気配 「お前が死ね!」
先生 「むふう!死ね!死ね!死ね!」

駆け戻って鞄からそっと舐めんばかりに人形を取り出す。

先生 「よし。今日教えてあげる言葉は『バカは死ね』にしようね」

先生は胃カメラを装着し、その先端で人形の肌に『バカは死ね』と何度も書く。

先生 「憶えた?・・ホントかなあ?先週のやつは忘れてないかな?その前は?『負け犬は死
ね』『靴のサイズが26.5の奴は死ね』『性犯罪者は死ね』・・さあ繰り返してごらん・・」

気配たちからこだまする声。

声 「死ね、死ね、死ね・・」

人形は先生の、そして気配たちの視線に操られるように踊り始める。


あなたは存在しない


人形の足元に眼球が転がり、気配たちの中からイナバと私が浮かび上がる。

私 「死ね。死ね。死ね。死ねよ、ほら」

私はイナバにカッターを差し出す。

私 「早く取ってくれよ。手が疲れるんだから」
イナバ 「自分のを持ってるから」
私 「自分の・・だ?」

私は怒りのあまり思わずカッターでイナバを切りつけかけるが、その衝動を押さえこ
む。

私 「・・それでトキコを殺したのか?」
イナバ 「トキコ・・タカギトキコのこと?
私 「あれだけ殺しても、殺した相手の名前を覚えてるのか」
イナバ 「覚えてるわ。全部覚えてる」
私 「・・なぜ殺した?」
イナバ 「なぜ教えなくちゃならないの?」
私 「なぜ?なぜだって?父親だからだよ!あの子を愛してたからだよ!分かるか一人きり
の娘を殺されたこの気持ちが?分からないんだろう?・・分かるまでこれで自分を刺せ。
刺しながらトキコに謝れ。謝りながら、痛みってやつを理解しながら死ね」

イナバはとても不思議そうな目で私を見ている。

私 「・・取れよ」
イナバ 「でもタカギトキコには父親はいないわ」
私 「じゃあここにいるのは誰なんだ?いいよ。自分でできないならやってやるよ」
イナバ 「あの子の父親は、娘の葬式を終えてすぐ自殺したもの」
私 「・・はあ?」
イナバ 「知らなかったの?」
私 「訳の分からんこと言って逃げれるとでも/」
イナバ 「なぜ私があなたから逃げなくちゃならないの?」
私 「質問をするな!僕に質問をするな!」
イナバ 「でも」
私 「うるさいんだよ!黙れ!」

そんなはずがない、テレビで見たのだから。テレビ?
映像5 テレビが青く白く発光する。
気配たちはただぼんやりと何も映らない画面を見ている。

私 「蛍光灯が爆発した。新聞紙で床に散らばったガラス片を掃き寄せながら蛍光灯ってそ
もそも勝手に爆発するんだっけ?と考えていると頭が痺れてきたので速攻で思考を停
止する。よく分からないがきっと爆発するんだろう。実際したんだし。もしかしたら僕が
振り回したバットが当たったのかもしれないが、まあどうでもいい。どっちみち何か見た
いものがあるわけじゃないんでしょう、とアナウンサーが言った。のはもちろん嘘で、モ
ニターの中のアナウンサーは、どこかのドブ川で女の子の遺体が発見されたと、正確
な発音で繰り返しているのだった。画面下には親切にもテロップが出ているが、視力0.
1をはるかに下回る僕にはどうやら文字らしいとしか分からない。眼鏡を探しもせず、
青白い光だけを僕はぼんやりと見る。画面が切り替わると誰かがマイクを突きつけら
れていて、眠っていないのだろうか、赤い目でこちらを睨んでいる。何かを叫んでいる
が、よく聞き取れない。というよりも、そもそも言葉になっていないのだ。兎のように赤い
目から涙が流れ落ちる。どうやら被害者の父親らしい。可哀想に、しかし腹が減ったな、
たしかまだ買い置きのインスタント焼きそばが残っていたはずだと、ついた手の平に鋭
く痛みが走り、赤い血が床に落ちる。皮膚の中に潜り込んだガラスを取り出そうと悪戦
苦闘していて、僕はふいに思い出す。映っているのは、僕だ。ああ、そうか」

列車は大きく車体を傾けてカーブを曲がる。


回想


いつのまにか私を囲んでトサカ・メー・ドクマムシが立っている。

女たち 「知らないって言ってるでしょ?」
私 「どうして?」
女たち 「どうしてって・・どうして、どうしてなの?」
私 「友達、でしょ。だって」
女たち 「もう何年も会った事も電話した事もないもの」
私 「友達、だったでしょ」
女たち 「違うわ」
私 「・・」
女たち 「友達なんかじゃなかった」
私 「でも知りあいだった。とても良く知っていた」
女たち 「・・ええ」
私 「さあ、早く」
女たち 「いい加減にしてよ!何なのよもう!」
私 「だから・・彼女がどこにいるか、教えてほしいだけですってば」
女たち 「知らないの本当に。あの子が退院した事だって知らなかったんだから」
私 「信じられないですよね。人殺しが、ほんの何年かで戻っ・・ああ、すいません」
女たち 「いえ別に」
私 「まあ本当にすいませんって思ったわけじゃないんですけどね」
女たち 「・・あの子は・・病気だったのよ」
私 「今はもう治った?」
女たち 「だから退院できたんでしょ」
私 「まともな人間は保護観察中に黙って姿を消しますか」
女たち 「・・あなたはその、観察の人?」
私 「ええ、まあ」
女たち 「じゃあきっと、あなたの方がよく知ってるんじゃないの?私より」
私 「ええ、よく知ってます。とてもよく」
女たち 「可哀想な子なの」
私 「はい」
女たち 「・・」
私 「ええっと・・」
女たち 「嘘」
私 「え?」
女たち 「可哀想なわけないじゃない。覚えてないんだもの。自分がした事を。全部忘れて、奴
のせいにして」
私 「バク。何だそりゃって感じですよね」
女たち 「いると思う?心の中に、本当に」
私 「分かりません」
女たち 「そう、普通ね、信じられないわよね」
私 「じゃなくて。ただ単に分からないだけですよ。見た事がないものは、ただ単に」
女たち 「・・ええ」
私 「でもあなたは、見た事がある」
女たち 「・・」
私 「5年前、あの場所で」
女たち 「何の話?」
私 「トサカ、ヤギ、ドクマムシ、イナバ・・あなたたちが働いてた工場で、ですよ」
女たち 「・・あなた、何なの?」
私 「だから・・」
女たち 「あの子が話したはずはないわ。覚えてないんだから」
私 「その頃、何人もの人間が失踪したって」
女たち 「知らないわ」
私 「どうでもいいんだけどね。僕はバクに・・イナバさんに会いたいだけだから」
女たち 「知らないって何度も言ってるじゃない!」
私 「教えろよ」
女たち 「知らない!知らない!」
私 「・・」
女たち 「あなた一体、誰なの!」
私 「僕?僕は・・」

私の記憶はブツリとブラックアウトする。


都市の風景3 私の身体はあなたの言葉


無数の死亡記事を読み上げる声、声、声。
月明かりの中に異形の影が浮かぶ
立ち尽くすドクマムシ


回る世界


人形は眠っているのだろうか。
丸い大きな眼球に寄りかかって目を閉じている。
揺れている。
映像6 眼球に不自然な合成で出来たグロテスクなバクの顔が映る。
人形は顔の浮かぶ球と一つとなって寝返りをうち、自転していく。
トサカ、憑かれたように人形を見ている。
背後に、無表情な先生が鉄パイプを手に立ち、しばし様子を見、肩に手をおく。

トサカ 「!」
先生 「・・それ人形ですよ」
トサカ 「わ、分かってるわよ!なんであんなの真っ暗な部屋の真中に転がしとくのよ」
先生 「あんなのって失礼な。バクですよ」
トサカ 「え。今なんて」
先生 「バク。人形の名前。動物園とかにいるのじゃないほうからつけました」
トサカ 「じゃないほう?」
先生 「空想の動物のほうですよ。悪夢を食べてくれるっていう・・聞いた事ありませんか?」
トサカ 「悪夢を」
先生 「そう。ほんの子供の頃、両親が買ってくれたんですよ。この年になって恥ずかしいんで
すが、枕とこいつだけは近くにないと寝つきが悪いんです」
トサカ 「・・私のバクは悪夢を生み出すわ」
先生 「え?」
トサカ 「昔、いたの。そういう知り合いが」
先生 「ああ、バクって渾名の?」
トサカ 「あいつが殺したんだ。私のせいじゃない」
先生 「・・」

二人は黙ったまま、人形を見つめる。

先生 「あなたに何があったのか、そんなこと僕は知らないし・・知りたくもない」
トサカ 「・・」
先生 「ただひとつ言えるのは・・」
トサカ 「・・何」
先生 「何だと思います?」
トサカ 「え」
先生 「この中。何が入ってると思います?」

診察鞄を鉤に引っ掛ける。

トサカ 「・・え」
先生 「なんだかアレみたいですね、肉屋の、ねえ?」

鉄パイプで鞄を思いきり殴りつける。

トサカ 「ヒィッ!」
先生 「・・どうかしました?」
トサカ 「そ、それ・・」
先生 「これが?」

鞄を開ける。

先生 「何も入ってない。空っぽですよ」
トサカ 「・・」
先生 「何を想像したんですか?」
トサカ 「何って、別に何も・・」
先生 「知らなくていい事がある・・そう思いませんか?知らないほうがいい事が」

小さく歌いながら鞄と上着を掛けていく。

先生 「Amazing grace, how sweet the sound    
That saved a wretch like me      
I once was lost, but now am found
Was blind, but now I see・・」

鉄パイプで鞄を殴りつける。

トサカ 「何してんのよアンタ」
先生 「もしかしたら、この皮の下には、ヘルニアで入院中のポメラニアンが隠れているのかも
しれませんね」

鉄パイプで鞄を殴り続ける。

先生 「もしかしたら黄金の毛並のアビシニアンかも」
トサカ 「・・」
先生 「もしかしたら/」
トサカ 「もういいわよ!もうやめてよ!」

鉄パイプをトサカに手渡す先生。

トサカ 「?」
先生 「はい、どうぞ」
トサカ 「冗談」
先生 「あなたの番です」
トサカ 「なんで/」
先生 「カウンセリングを。カウンセリングを始めましょう」
トサカ 「え」
先生 「皮の中身は空っぽなんですよ」

トサカはこわごわと、次第に力をこめて殴り始める。鼻歌う先生。

トサカ 「何もない何もない何もない何もない何もない何もない何もない何もない何もない何
も・・するもんか!想像するもんか!」

鞄の中からはしかし想像の血が零れ落ち、想像の悲鳴が漏れ聞こえる。
バクが目を覚まし、あくびする。
その手を取り、抱きしめる先生。
トサカは狂ったように、冷凍庫の肉隗のような鞄を殴り続ける。

先生 「何もかも想像なんですよ、あなたの」


喉の奥のトカゲ


捕手の長い長い話は続いていた。
白い煙が一筋、たちのぼる。

捕手 「アホ!煙草吸うな!消せ消せ。灰皿あるで、ほら」
メー 「なんで?」
捕手 「なんでて。ホームは禁煙や。放送でも言うてるやん」
メー 「んー。無理」
捕手 「無理ってなんや」
メー 「この子たちがお腹すかすから」
捕手 「どの子やねん」
メー 「私は別に吸いたくないんだけど、餌をあげなくちゃ。私のお腹の中にトカゲがいるの。
小指くらいの、緑の、まだらの、尻尾の切れたトカゲが喉をはいあがってくる。お腹をす
かして、何匹も何匹もはいあがってくる・・。グルルル、グルルル・・低くうめきながらは
いあがってくるの・・」

思わず、その首を両手で押さえてしまう捕手。

捕手 「ご、ごめん。違うんや、これは・・」

答えず、目を閉じたメーの手足がだらんと脱力する。

捕手 「嘘やろ。しっかりせえ!おい!」
メー 「嘘だよ」
捕手 「ア、ア、ア・・アホー!」
メー 「死んだかと思った?」
捕手 「思うか!生きるとか死ぬとか簡単に言うなアホ」
メー 「アホとか簡単に言うなアホ」
捕手 「俺はな、生き死にを冗談にしたりする奴は許さん」
メー 「生きる。死ぬ」
捕手 「そういう奴はおしりペンペンや」
メー 「痴漢だ!」
捕手 「違うわ!違いますよー。違いますよー・・誤解されるやないか」
メー 「触ったじゃん」
捕手 「叩いたんや!命の重さを知らん奴には痛み、いうんを教えたらなあかんねん」
メー 「こんなに腫れてる」
捕手 「それは元からや。痛みや。痛みを知りなさい」
メー 「・・」
捕手 「聞いとんのか、こら」

お腹を押さえ、うずくまるメー。そのまま、動かない。

捕手 「・・どないしたんや・・おい、腹痛いんか!」
メー 「死んだかと思った?」
捕手 「尻出せ!尻!けつバットしたる!」

二人、思わず笑ってしまう。
笑いながら、メーはホームの白線を越えてジャンプする。


私には「」がない


3人の女性の、アルバムがめくられる。
たとえばラッシュアワーにもまれるメー。

メー 「駅のホームに立てば隣の誰かのイヤホンから
どこかで聴いたことのある曲が聞こえてくる。
後ろの誰かから、斜め前の誰かから聞こえてくる。
幾つもの曲が入り混じって、何の曲だかもう分らない。
電車が止まりたくさんの人たちを吐き出す。
同じ顔。同じ服。同じ匂い。違う。
匂いがない。私には嗅覚がない。
ホームには音楽が流れ続けている」

たとえば観覧車に乗っているトサカ。
映像7 亡霊のように幾もの人影がゆらめく。

トサカ 「インクみたいな色のコーヒーを飲みながら
窓の外を見下ろせばマネキンみたいな人たちが
ベルトコンベアーで運ばれていく。
1234…たくさんのマネキンが
イルミネーションの中を運ばれていく。
コーヒーのおかわりを頼む。味はしない。味は分らない。
私には味覚がない。
1234…マネキンの数を数えながらコーヒーを飲む。
黒いインクが食道を流れ落ちていく」

たとえばツタヤから世界を幻視するドクマムシ

マムシ 「コンクリにチョークで線をひく。
一本の線を地面にひく。マイナス。
一本の線を地面にひく。プラス。
私の指先から記号がこぼれ落ちていく。
たくさんのバツ印で壁が埋め尽くされていく。
たくさんの十字架で道路が埋め尽くされていく。
私の指先はその痛みを知らない。
私には触覚がない。
街は白く埋め尽くされていく」

吊られていた鞄と外套を身にまとった彼女たちは雑踏の中にまぎれていく。
その中をさまよう捕手。

都市の風景4 ホモゲシュタルトの祈り(渡邉ライブ
1・久保ソロ2)


都市を、人々が歩く。
見知らぬ他人だけで構成されたキャラバンは西へ、西へ。
ふとキャラバンの全員が顔をあげ、東の空を見上げる。
ビルの屋上に誰かが座って音楽を奏でている。
映像7 街が白く溶けていく。
静止した都市の中を一匹の魚が泳ぎぬけていく。

「シズンデイク。シタイガシズンデイク。プランクトンノシタイガシズンデイク。シンカイニ
シロクユキノヨウニフリツモッテイキマス。サカナタチノウエニアワクユキマヨウニフリツ
モッテキマス。ヒライタクチノナカニマリンスノーガトケテイキマス・・」

女たちは魚に導かれるように泳ぎだす。
手に手にビルやアスファルトの上の死骸や標識や・・都市のカケラを持って泳いでいく。
男たちは思わず手を伸ばすが届かない。
ただ冷たく固い都市のカケラだけが手の中に残る。

イナバは長い回廊を歩いている。
左右に窓とベンチシートが並び吊り輪が吊られた、長い長い廊下を歩き続けている。
目の前にまた現れたドアを開こうとしてふとそこにも嵌めこまれたガラスを、そこに映る
自分を見つめる。
鏡の中のイナバは魚となって泳ぎだし、それを真似るように鏡の前のイナバも泳ぐ。
鏡の中からバクが抜け出して泳ぐ。
どちらが鏡なのだろう。二人の指先が触れ合う、その刹那・・


都市の風景5 我々は攻囲されたままである(東野ソ
ロ渡邉ライブ2)


ニュースが次々と読み上げられていく。
映像8 錯綜する記憶。疾走する風景。増殖する細胞。
異形の怪物が二人の指先の隙間から溢れ出していく。
悲鳴のような慟哭が溢れ出していく。


すべての質問を拒否します


その音は都市を満たす。
道路を、排水溝を、地下街を、電線を、携帯電話を震わせて都市に満ちる。
あらゆる場所にその音は種のように蒔かれる。
食堂にも。ラブホテルにも。中小企業にも。エレベータにも。ツタヤにも。

マムシ 「私は見る。私は聞く。私は匂う。私は味わう。私は感じる」
私 「私はぼんやりと見ていた。テレビの中の無表情なアナウンサーは、犯人が心身喪失と
鑑定され不起訴になったと繰り返している。まさか、そんな。リモコンを手に次々とニュ
ースを、幾つもの殺人をザッピングしていく。《史上まれに見る残虐かつ無軌道な》犯人
は取り調べた警官に対してこう語ったという。「全て覚えている」。ザッピング。「ニュース
で見た全ての事件を。でも私には犯行の記憶がない。犯人は私じゃない」。ザッピング。
「彼女が、バクが。私は、止めようとした。止めたかった。でも」。獏?夢を食べるってい
う?ザッピング。やがてそのニュースはどのチャンネルからも忘れられる。誰もが忘れ
去る。イナバ、というその女の名前を忘れていく。私以外は。ザッピング。ザッピング。
ザッピング・・」

クマムシはディスプレイで観ている。ヘッドフォンで聴いている。

マムシ 「私は見る。私は聞く。私は匂う。私は味わう。私は感じる」
トサカ 「止めて!この音を!私は眠りたいの!何も考えたくないの!」
先生 「それは悪い夢だと思えばいい」
トサカ 「なに言ってやがんのよ!わざわざ思わなくたって悪夢なのよ」
先生 「わざと、思うんです」
トサカ 「・・?」
先生 「大切なのは、今、ここにいるあなただ。そうでしょう?」
トサカ 「私。私の生活。私の・・」
先生 「そう。今、ここにいるあなたが現実なんだ。それ以外は想像かもしれない」
トサカ 「狂ってるって言いたいの!」
先生 「違う違う。今ここ以外は想像なんだって考えてみるんです。あなたの知ってるそのバク
は今ここにはいない。そして/」
トサカ 「でもいたの!」
先生 「昔ね。過去、というのは未来、と同じで僕たちの頭の中だけにあるただの情報だ。違
いますか?」
トサカ 「それはそうかもしれないけど」
先生 「そう、あなたの、持ち物だ。だからそれはあなたの好きにできる。棄てる事ができる」
トサカ 「どうやって?」
先生 「想像、なんですよ僕たち以外は僕たち自身の。想像しなおせばいい」
トサカ 「何を」
先生 「あなたの悪夢が、死んでいくのを」

バクが治療鞄から腕を伸ばし、あくびをする。

先生 「おはよう。いつものアレを取ってくれないかな」

バクは鞄から二つのキョウキを取り出し先生に渡す。

先生 「ありがとう。よくできたね」
生徒たち 「どうしたらいいの?」
先生 「答えは知っているはずだよ」
生徒たち 「答え」
先生 「僕が知っている事は全部君に書きこんだ。全部ね。君は僕だ。自分が信じたい答えだ
けが正解なんだ。だからあらゆる質問には意味がない。あるのはいつも答えだけだ」
マムシ 「私は見る。私は聞く。私は匂う。私は味わう。私は感じる。私は・・想像する」

何組もの男と女が同じ会話をどこか違う場所でしている。
男たちはそれぞれにキョウキを女たちにバトンのように手渡す。
先生はトサカとバクに。捕手はメーに。私は・・イナバに。

男たち 「自分で考えなさい」

女たちはキョウキを投げ捨てる。男たちは拾い上げ、同じ文句とともにまた手渡す。
ただそれだけが何度も繰り返され、ついにキョウキは振り上げられる。

トサカ 「ごめんなさいごめんなさい!でも、でもこれ想像だから!想像のアンタを想像で殴っ
てるんだから!これも想像の血だから!これ想像した悲鳴だから!え?やだ、想像力
を殺すために想像しちゃってる・・殺さなくちゃ殺さなくちゃ・・私は眠らなくちゃいけない
んだから・・想像しないように・・殺さなくちゃ・・」

キョウキでイナバを殴り続ける。
皮膚が破れ骨が突き出し臓器が自分に飛び散ろうともやめようとしない。
いや、やめられない。
想像上のイナバはそんな姿になってもまだ平然と笑い続けているからだ。
長く単調な作業が続き、ようやくキョウキが床に転がった。
トサカの足元には、巨大な肉の花が咲いている。

マムシ 「私は想像する」

肉の花の上を想像の地下鉄が走り抜ける。
想像のホームには想像の捕手が立っている。

捕手 「やりおった!とうとうやってまいおった!アホの子!あのアホの子とうとうホンマに飛
び込んでもうた!捕まえられへんかった!また捕まえられへんかった!」
マムシ 「私は想像する」

クマムシは幻視し、幻聴する。
天を仰ぎ慟哭する捕手。
しかし、ホームの下からは奇跡的に助かってしまったメーが何事もなかったかのように
這い出てくる。

メー 「大丈レ」

呆れ、しかし喜ぶ捕手。

捕手 「ア、ア、ア・・アホー!」

クマムシは思う。これは誰の想像なんだろう。

マムシ 「私は、想像、する」

バク、キョウキをキョウキではない使い方で、無邪気に遊んでいる。

先生 「何をしているんだ?分からないのか?教えただろう?どうして!・・分かった、特別に
ヒントをあげよう。・・ほらバク、お前の目の前にいるのは何だ?答えは誰だ?んもう
っ!じれったいんん!どうして殺してくれないのお?どうして分かってくれないのお?」

肉の花は逆回転するように閉じ、人の形に戻る。
私はぼんやりと見ている。
綺麗だな、とぼんやり見ている。

イナバ 「寝てんの?」
私 「・・あ」
イナバ 「立ったまま。カッター持ったまま。今誰か見たら捕まるよ、あなた」
私 「・・なあ」
イナバ 「ん?」
私 「僕を殺すのか」
イナバ 「なんで?」
私 「お前はだって、殺すんだろう、誰でも」
イナバ 「ええ」
私 「だから・・なんでって」
イナバ 「別に殺したくないもの」
私 「え」
イナバ 「別にどうでもいいもの」
私 「僕が」
イナバ 「うん」
私 「どうして」
イナバ 「どうしてって言われても・・関係ないし」
私 「関係」
イナバ 「ないじゃん」
私 「・・関係は・・ある」
イナバ 「え?」
私 「お前は・・悪い奴だ。・・人を殺すのは・・悪い事だ・・僕は・・」

イナバ、やれややれという顔で立ちあがると、聞き分けのない子供にするようなキスを
私の唇に残し、消える。

私 「あれ・・これ・・」

イナバはどこにもいない。

私 「・・忘れてる・・これ・・」 

残されたコートを抱きしめる、とガラス球のような無数の眼球が零れ落ちる。


コーヒーカップ、飛行搭、ロックンロール


イナバとバクの指先は思い出す。二人の始まりの物語を。

「ガンジスの水面がキラキラと光る。眩しさに目を細め、私は光っているのが水面でな
いと知る。流木にひっかかったムク犬の死骸。びっしりとわいた蛆の白く丸い背に夏の
日差しが照り返っている。犬の中を蛆が蠢くたびに光は方向を変え、うねる。川沿いの
家から垂れ流された洗剤で泡立つ水の上を、小さな子供靴の片方だけが流れていく」

「アニメのキャラクターが描かれた赤い靴が踊るように回転しながら流れていくその後
を、自転車の前カゴが追いかける。なぜかしら、と疑問は湧かない。コンクリで川底を
固められたこのドブ川はご近所共有のゴミ箱だ。誰かがふざけてガンジスと呼び、それ
が通り名となった。聖なる川に、ジュースの空き缶や読み終わった週刊誌が分別もせ
ずに次々と投げ込まれる。時には、通常のゴミ収集に出せないような物も。幾らかはそ
のまま沈んで地層となり、大半は踊りながら海へと向かう。多分。実際に辿ってみた事
はないけれど、多分このずっと先には海があるのだろう。多分、いつか全て海はこの町
のゴミたちで埋め立てられるのだろう。吸い終わった煙草を投げ捨て、窓から首をひっ
こめると背中にジュッと音が聞こえた」

「私は眠りたいの」
「うーん、無理」
「このDVD変なんですけど」
「俺はなキャッチャーやねん」
「カウンセリングを始めましょう」
「・・捜しましたよイナバさん・・イナバミツさん」

指先が触れ合う刹那に、全ての時間と空間が同時にめまぐるしく再生される。
映像9 現実と想像の過去と未来。

「外の日差しに慣れた目に部屋の中は暗すぎて、何も見えず何も聞こえない。音はなく、
匂いがある。むせかえるような血の匂い。五、四、三、二、一。ゆっくりといつもの休憩
室が目の前に現れる。壁に掛けられた「安全第一」の標語。テレビの上に置かれた空
っぽの花瓶。床には一、二、三、四、五。五つの死体が血だまりの中に転がっている。
トサカさん、メーちゃん、イナバ、ドクマムシ先輩、それから私。私は自分が高速撮影さ
れた朝顔みたいに膨れ上がり、萎んでいくのを見ている。自分の体が様々に色を変え
ていくのを見ている。はじめ白かった肌は次第に青紫に、そして再び白く光りだす。蛆
に腕を、顔を、胸を食い破られ、埋め立てられていく五つの死骸を、私はただ見ている」

「ぼんやりと窓の外に目を戻し、犬の姿を探す。いつのまにか、それは消えている。な
ぜかしら、と疑問は湧かない。代わりに私はこないだ見たバラエティー番組の事をぼん
やりと思い出す。番組で紹介されていた不思議な生き物の事を思う。テレビカメラに偶
然写ったスカイフィッシュというその生き物は時速300キロで空を飛ぶのだ、と司会者
は真面目な顔で説明していた。空を飛ぶ魚?そんな、まさかね。眩しすぎる日差しに目
を細め、声に出して私は笑う」

「ガンジスの水面がキラキラと光る。私はこないだ見たバラエティー番組の事をぼんや
りと思い出す。スカイフィッシュ。時速300キロで空を飛ぶ魚。実は、と司会者は言う。
実は、これ、残像なんですよね。残像?ゲストのタレントたちが間抜け面で聞きなおす。
テレビカメラの前を偶然横切った、蝿の 光学的残像。タレントたちは何だよそれ驚い
て損しちゃったよと笑う」

「工場の裏にはドブ川が流れている。ガンジスと渾名された、細くて浅い水路を、ゆっく
りとゴミたちが流れていく。誰かが棄てた空き缶や週刊誌、煙草の吸殻、幾つもの動物
の死骸。突然、水面から白い光が沸き立つ。何千何万という蝿の群れだ。朝の日差し
を、何千何万の羽ばたきが跳ね返す。眩しさに思わず私は目を閉じた。まぶたの裏に
焼きついた光の残像が飛んでいる。あ、スカイフィッシュ、と私は、笑う。」

全てを棄てて、イナバだけが残った。


私はただ立っている


イナバ 「私は見ない。私は聞かない。私は匂わない。私は味わわない。私は感じない。私は想
像しない。過去も未来も想像しない。私はただ立っている。私はただ走っている。どこに
向かっているのかも知らないまま、私は走リ続けている」

声はやがて唄のように獣のように霧笛のようになっていく。
ただ一つの巨大な音になっていく。
イナバ、動かない。
冬枯れた木のように立ち続ける彼女を幾つもの月が影なく照らす。


アウトロ


男が歩いている。
月明かりだけの夜道を切り取られた影のように寂しく歩いている。
どこか遠くでこだまする狼の遠吠えのようにふと立ち止まり、首を振ってまた歩き出す。
2年前にはテレビのニュースに頻繁に登場した男だと誰が覚えているだろうか。
だが私は知っている。彼の名前を。なぜここにいるのかを。
男は、私だからだ。
これは、私の・・
あれから何日、何週間が経ったのだろうか。何週間?何ヶ月?
・・まあどうでもいい事だ。
私は歩いている。見覚えのある、繰り返された景色の中を。
私は知っている。私はこれが、いつか見た瞼の裏の景色だと知っている。
眠りに落ちてすぐ、閉じた瞼の奥で眼球が転がり回って見た・・

でもこれは、誰の夢なのだろう?
大丈夫、彼女に会えば分かるだろうから。
きっと。多分。

「私たち」、都市に沈んでいく。
おしまい。
 
 
 

 WI'RE「CROSS2(⇔)」(サカイヒロト構成・演出・美術)を大阪港・中央突堤2号上屋倉庫内の<仮設劇場>WAで観劇した。<仮設劇場>WAは昨年行われた「小劇場のための<仮設劇場>デザインコンペ」により大賞に受賞した作品を実際に製作したもので、これを大阪港の倉庫の中に設置して、今年の4月から6月の3ヵ月にわたって12団体が「大阪現代演劇際」として連続公演を行うのだが、このWI'REの公演が実質的に杮落としとなった。

CROSS2


どんな火がこの世界を焼き払うか
論争を続ける諸学派は
次の事について考えるだけの知恵がない
彼女のこの熱がその火ではあるまいか、と。


イントロ


闇の中、劇場は赤く脈打っていた。

「扉の向こうには、闇。ゆらゆらと青白く丸い光が浮かぶ
幾つもの月が扉の向こうに昇っている。
幾何学の動きで巡る月の間を抜けて私は円形の劇場へと進む。
4本の巨大な柱が墓標のごとくに立つその中心に、一匹の獣が立ち尽くしている。
さまざまな毛皮が継ぎはぎされた異形の影の足元には、赤黒い肉の花。
静かに広がっていく血と、腐臭。
天を仰ぎ獣は慟哭する」

劇場の中央にうずくまっていた影が巨大な眼球を抱いて立ちあがる。

「私の周囲の景色がぐにゃりと歪み、流れ出し、回り始める。
火花をあげて疾駆する幾つもの風景、幾つもの記憶」

映像1 轟音とともに走馬灯が流れる


速度=距離/時間


気がつけば私は冷たく堅いベンチシートに腰掛けている。
向かい側には女が一人。文庫本を読むともなく膝の上に広げている。
車輪の軋む音だけが満ちる車内に他に乗客はいない。

私 「ゴトッ・・ゴトッ・・ゴトッ・・」
イナバ 「・・」
私  「1本の長さが25mなんですよ・・基本的にね。もちろん新幹線なんかの場合はもっと長
いんですが、ええ、基本的に。つまりですね、レールの繋ぎ目の音の間隔で今、この電
車がどれくらいのスピードで走っているのか計算できるというわけです」
イナバ 「・・」
私 「ほら・・ほとんど1秒毎にゴトッてなるでしょう。ということはですよ、秒速25mで走って
いるということです。時速に直すと・・ええと・・幾らになります?」
イナバ 「・・」
私 「ええ、90kmです。時速90km。結構出てるな・・本当はもう少し押さえないといけないは
ずなんですけどね、この区間はね。まあ分からないでもないですけど。こう単調な景色
ばかりじゃあねえ・・運転手も早く終点に着いて熱いコーヒーでも飲みたい、まあそんな
ところでしょう。どこまで行かれるんですか?」
イナバ 「・・私?」
私 「もちろん。え?今まで私が誰に喋ってると思ってたんです?」
イナバ 「さあ」
私 「この車両には私とあなたしかいないのに?え?え?独り言言ってたってわけです
か?さっきからずっと」
イナバ 「そうみたいですね」
私 「ガッカリだなあ。ガッカリですよ。せっかくこうやって会えたのに」
イナバ 「・・」
私 「捜しましたよ・・イナバさん。イナバミツさん」

カーブにさしかかり、大きく車体が揺れる。

イナバ 「・・」
私 「まあ今は違う名前なのかもしれないですけどね」
イナバ 「嫌いなの。古臭い名前でしょ」
私 「いやあ・・」
イナバ 「まだ決めてないから」
私 「名前?」
イナバ 「どこに行くのか」
私 「ああ」
イナバ 「どのホームで降りて、どの町に暮らすのか」
私 「捜しても見つからないはずだ」
イナバ 「この電車もたまたま来たのに乗っただけだから」
私 「奇跡ですね、こうやって追いつけたのは・・色んな人に会いましたよ。あなたの足跡を
追って。医者や、監察官や、お友達にも」
イナバ 「友達」
私 「ええ」
イナバ 「友達なんて、いないわ」
私 「じゃあきっと私の勘違いなんでしょうね。彼女たちもそう言ってましたよ。あなたなんか
友達じゃないって」
イナバ 「・・誰?」
私 「工場で働いてた時の」
イナバ 「ああ・・古い話。ずっと昔の・・もう何年も誰とも会ってない」
私 「それでも・・みんな忘れられないみたいでしたよ、あなたの事を」
イナバ 「元気だった?みんな」
私 「ええ・・多分」
イナバ 「なんかおかしな事言ったかな?」
私 「いえ」
イナバ 「今、笑ったわ」
私 「いや、やっぱり友達なんだなあと思って」
イナバ 「捕まえに来たの?私を」
私 「こんな格好した警官はいませんよ」
イナバ 「じゃあ」
私 「憶えてませんか?あなたに殺された女の子の、父親の顔」

私は立ち上がり、イナバに向かってゆっくりと歩き出す。
かすかに音楽が聞こえ、四方から人影が後ろ向きに近づいてくる。

イナバ 「吐く息に白く曇ったガラスの向こうで、景色は残像も残さず走り消えていく。暖房をけ
ちってるのか空席の多さのせいか、なんだか肌寒い気がして読んでいた文庫本を閉じ、
ダッフルのポケットに両手を突っ込む。どうせたいして面白くもなかったし。やっぱり雑
誌にすればよかったかな。次の駅の売店で買おう。それから熱いコーヒーも。通勤時間
だっていうのにこんなに空いてるのはもちろん、この線路の先に大きな町がないから、
だろう。売店もなかったら嫌だな。まあでも多分、自販機くらいはあるでしょ。あるかしら。
ゴトッ・・ゴトッ・・ゴトッ・・レールの音は1秒より短く、だからきっとこの電車は90kmを超
えたスピードで走っている。ポケットの中の切符を指先でなぞる。この先には何がある
んだろう。この線路の先には。指は答えを見つけられず、その代わりに一つの名前を
探り当てる。棄てたはずなのに。投げ棄てたはずなのに、いつも気がつけばこうしてポ
ケットの中にある。私は知っている。それが私の名前だからだ。私の、本当の、名前だ
からだ。漠然のバク。砂漠のバク。索漠のバク。それが私の名前だ。私の指先は、ポケ
ットの中のナイフの刃を感じている」


都市の風景1スクランブル


転調する音楽。車輪が火花をあげる。
映像2 風景が回り、記憶が回る。走馬灯のように。メリーゴーランドのように。
人々がぶつかり、離れ、全力で駆けぬけるありふれた都市の日常。


想像力を殺す

白衣の男が、大きな医療鞄を抱えて現れる。
無造作に床に投げ捨て、それを舐めまわすように見つめる。
その足元に伸びる人影に振りかえると女が立っていた。

トサカ 「見上げた天井の模様に人の顔が浮かぶ。目を閉じても想像はやまない。想像してし
まう。目を閉じた後の夜を。10年後の自分を。隣に寝ている彼が腐り消えてしまう事を。
何処かの町で母親に殺される子供の泣き声が、海の向こうで続く爆撃が聞こえる。私
は、今や海原のように膨らんでしまったベッドを漂いながら、願う。世界が今、ここだけ
でありますように。広がりもなく奥行きもない、X軸とY軸がただ交錯する今、ここ以外の
世界など消えてなくなってしまえばいい。だからそう、想像力を、殺してしまおう」
先生 「・・・・へえ」
トサカ 「眠れないんです」
先生 「はい」
トサカ 「怖くて」
先生 「あの、今日は休診日なんで・・ていうか勝手に診察室入っちゃってるし・・ていうか僕、
獣医ですから」
トサカ 「あ」
先生 「間違ってるでしょ、色々」
トサカ 「また間違った。いつも間違えるんです。初対面の時のキャラの作り方、他人との距離
のつめ方。ビショップビショップポーンポーン。なぜかしら、あなたが遠い」
先生 「帰ってください」
トサカ 「冗談よ」
先生 「・・明日の九時からやってますんで」
トサカ 「ネットでね、調べたの」
先生 「え」
トサカ 「凄いわよねえ。何でもすぐ調べられるんだもん」
先生 「・・・・・・・・またかよ」
トサカ 「また?」
先生 「・・あなたには関係ないでしょ」
トサカ 「そうかしら。同じ町に性犯罪者がいるだなんて。怖くて夜も眠れなくない?」
先生 「・・」
トサカ 「同じ町に性犯罪者が/」
先生 「やめて!そんな大きな声で」
トサカ 「ああ、聞こえてないのかと思って」
先生 「ちゃんと・・刑期も終えたんだ」
トサカ 「でもあれでしょ?どこに住んでるのかこんな簡単に検索できるってのはさ、警戒せよっ
て事でしょ」
先生 「もういい加減にしてくれよ」
トサカ 「襲うの?私も襲うの?」
先生 「襲わないって!」
トサカ 「意気地なし!」
先生 「い、いく・・」
トサカ 「二度ある事は三度あるって言うし」
先生 「二度ない!一度だけだし!ちょっと魔が差しただけだし!」
トサカ 「魔」
先生 「そう!あるだろ、そういうの誰だって」
トサカ 「・・そうね」
先生 「そうだよ・・そうなんだ・・」
トサカ 「魔はどこから差すのかしらね。そもそも魔って何?悪魔?魔法?」
先生 「・・なんですか魔法が差すって」
トサカ 「知らないわよ」
先生 「とにかく。お願いだからほっておいてもらえませんか」
トサカ 「なんかこんな事言ってますけど」
先生 「誰に言ってるんですか」
トサカ 「駄目だって」
先生 「・・なんで」
トサカ 「言ったでしょ。想像力が私に見えないものを見させ聞こえないものを聞かせるの」
先生 「それはアンタの勝手な想像だろが!」
トサカ 「想像だけじゃないわよ。ネットで読んだもの。信じらんない。なんであんな事ができる
のかしら。もしかしたら、その袋の中にはあの時と同じに下校途中の小学生が眠らされ
てたりして」
先生 「うわああーっ!」
トサカ 「襲うの?襲うのね?OK、我に叫ぶ用意あり。うわああーっ!注目―!世界の中心に
キチガイが二人いまーす!」
先生 「畜生、いつもこうだ。住所を変えても、表札を変えてもお前らみたいなのが邪魔しに来
るんだ。眠れない、だ?それはこっちの台詞だよ」
トサカ 「ほお」
先生 「反省?してるに決まってんだろ?あの子は僕が逮捕される時に何て言ったって書い
てあった?読んでもこれは書いてなかっただろ?何も言わなかったからさ。あの子はね、
ただ黙って僕を見てただけだ。警官の質問に黙ってうなづきながら、ただ見てたんだ、
あのガラスみたいな目を思い出すたび、僕は/」
トサカ 「合格!」
先生 「・・?」
トサカ 「やっぱりあなたしかいないわ」
先生 「何が」
トサカ 「だから、私を、眠らせてほしいの」
先生 「あのね、何度も言ってるけど僕は・・」
トサカ 「あなたにしかできないの」
先生 「・・」

突然、鞄がのたうち回る。

トサカ 「!」

先生は眼鏡と一体化した、触手のような胃カメラの先端をトサカの喉の奥に突き刺す。


ライ麦畑で捕まえさせて


渦巻く記憶の中からはじきだされた女を抱きしめる獣。のような風体の男。
電車がホームを通りすぎた残像のような風が吹く。
床に倒れこむ二人。

捕手 「アホか、何してんねん!」
メー 「・・あれ?」
捕手 「・・あれ?やないやろ、何考えてんねん」
メー 「・・どんな感じかなーって」
捕手 「どんなもこんなもあるかアホ!地下鉄飛び込んだら人間は何も感じません。アホか」
メー 「そうかなあ」
捕手 「そうや。アホか」
メー 「なんか呼吸するみたいにアホが出てくるね」
捕手 「俺が今、止めへんかったらアンタ死んどったんやで」
メー 「ええっ?」
捕手 「いや、ええって言われても」
メー 「ありがとうございました、じゃ」
捕手 「どういたしまして…ってちょっと待ちなさーい」
メー 「なんですか」
捕手 「大丈夫なんか」
メー 「そっちこそ大丈夫?ゼイゼイ言ってる」
捕手 「ほっといてくれ。これは元々や。喉が・・そんなんどうでもええねん。もう飛び込み自殺
したりせえへんやろな」
メー 「そんなー、する訳ないじゃないですかー」
捕手 「しかけてたやないか今」
メー 「だからどんな感じかなーって思っただけなんですよ」
捕手 「思うのも禁止や。うちの家でそんなんされたら夢見悪いからな」
メー 「家?」
捕手 「住んでんねん、ここに」
メー 「・・ああ」
捕手 「ああってなんや。あれやろ、ホームレスや思てるやろ?」
メー 「だってそうなんでしょ」
捕手 「ちゃうちゃう。俺の寝たとこがその日の俺の家」
メー 「・・ああ」
捕手 「だから、ああってなんやねん。ホームイズマイホーム。今イチやな。俺はな、キャッチャ
ーやねん。キャッチャーインザホームや」
メー 「・・ああ」
捕手 「今の『ああ』は分かってへん『ああ』やな」
メー 「ピンポン」
捕手 「『とにかくね、僕にはね、広いライ麦畑やなんかあってさ、そこで小さな子供達が、み
んなでなんかのゲームをしてることが目に見えるんだよ。 何千っていう子供達がいる
んだ。そしてあたりには誰もいない ― 誰もって大人はだよ ― 僕のほかにはね。 で、
僕は危ない崖のふちに立ってるんだ』・・」
メー 「・・ああ」
捕手 「・・サリンジャー読んだことないんか」
メー 「誰?」
捕手 「サリンジャー。小説家」
メー 「漫画しか読まないから」
捕手 「・・ああ」
メー 「ガッカリの『ああ』」
捕手 「ピンポンや。手え出し。飴あげるわ」
メー 「ありがとう」
捕手 「出しおった。変わった子やな」
メー 「私、そんな若くないですよ」
捕手 「若い子はみんなそう言います。あれ、なんやアンタ、手・・」
メー 「?ああ、指」
捕手 「指。・・ないな」
メー 「ないですね」
捕手 「痛い痛い」
メー 「え、もう痛くないけどな」
捕手 「いやそうじゃなくて・・」
メー 「昔ね、ガッていっちゃったんですよ」
捕手 「ガッ?」
メー 「旋盤にね。あとプレス機にね。ふたたび旋盤にね。ガッガッガッ。合計3ガッです」
捕手 「アンタ女工なんか。若いのに大変やな・・」
メー 「そんなに若くも大変でもないです」
捕手 「その根拠のない明るさがまた泣けるわ。飴あげよ」
メー 「ありがとう」
捕手 「・・ほんまに変わってるわ。他の人間みんな、俺のこと臭い臭い言うて逃げんのに」
メー 「私、鼻が悪いから」
捕手 「真実いうのは常に残酷やねえ」
メー 「キャッチャーなんですか」
捕手 「ん?」
メー 「仕事」
捕手 「ああ・・。超有名な小説があってまあその駄洒落というかなんというか・・解説すると物
凄い恥ずかしいです。俺もなりたいなあ、そういうもんに、ちゅう、まあ・・」

捕手はぶつぶつと話し始め、あくびするメーの体はその毛皮の中に埋もれていく。


都市の風景2 知覚の魚(久保ソロ1)


映像3 水の影、が辺りを包む。
三人の男がガラスの水槽の中にいる。
  画面の中、冷たい海溝の底を無数の目が耳が鼻が舌が指が泳いでいる。
知覚の魚が、無表情な男たちに絡みついていく。

「カイメンカラフカサ二百mマデヲヒョウソウ、フカサ二百mカラ千mヲチュウソウ、フカ
サ千mイジョウヲシンソウ、スナワチシンカイトイイマス。シンカイニハヒカリガトドカナイ
ノデ、ホトンドノサカナノメハタイカシテイマス。カノジョタチハ、ワズカナシンドウデオタガ
イノスガタヲカンジトリマス。メクラノサカナガクロイウミニシズンデイマス。メクラノサカナ
ガクロイウミヲオヨイデイマス。メクラノサカナガ・・」


レンタルされる日常


ヘッドマウントディスプレイとヘッドフォンをつけた女が目の前のプレーヤーのボタンを
カチャカチャと押している。

マムシ 「・・あれ?」

首をひねってDVDを取りだし、不審気に調べる。
ツタヤの店員が通りかかる。

マムシ 「すいません」
店員 「はい?」
マムシ 「あれ?どこ?見えない!何も見えない!」
店員 「いやいや、それ、つけてるから」
マムシ 「これ。このDVD変なんですけど」
店員 「はあ。いやでもお客さま、私に面白DVDオススメされましても」
マムシ 「なにニヤニヤしてるのよ。『このDVD変なんですけどー』と『このDVD変なんですけ
ど』じゃ全然違うでしょ」
店員 「え?え?」
マムシ 「トーンとか、表情とか」
店員 「『このDVD変なんですけどー』・・『このDVD変なんですけど』・・本当ですね」
マムシ 「どうなってるんですか?」
店員 「え?え?」
マムシ 「え?何が、え?」
店員 「すみません、ちょっと確認・・させていただきますので」

店員、去る。
クマムシため息をついて別の試視聴盤をセットし、スタートさせる。
映像4 ふたたび水の影、が辺りを包む。

マムシ 「『カンフーハッスル』・・あれ?」

ちょうど店員が近づいてくるのに気がついたので

店員 「え?え?」
マムシ 「まだ何も言ってないわ」
店員 「また、やられてましたか。書き換え」
マムシ 「なのにその内容を知ってるのね。・・能力ね」
店員 「能力です」
マムシ 「私も聞こえるんです。草や木の声が。もしかしてあなたも?」
店員 「聞こえます。すみませんでした、最近よくやられるんですよ。いっそ万引きしてくれた方
が店としては助かるんですけどねえ・・書き換えられるよりは、ええ」
マムシ 「ツタヤのDVDが書き換えできるなんて知らなかったわ」
店員 「出来ないですよ、もちろん。構造的に出来ません。でも不可能を可能にするのがでん
でんタウンじゃないですか。そういうソフトが売られてるらしいんですよ。わざわざなんで
そんな、ねえ?ホント頭にきますよ!・・胃にきますよ!・・膝にきますよ!」
マムシ 「どうして段々部位が下がっていくのかしら」
店員 「え?え?」

店員、ぶつぶつ言いながら去る。

マムシ 「・・もしかしたら・・聞き返してるんじゃないのかも・・もしかしたら・・ソナー?・・目の見え
ない蝙蝠が障害物をかわすために出す超音波のような・・フフ」

ディスプレイフォンをまたつけ、漂う男たちの映像を眺める。

マムシ 「これってどういうイタヅラなのかしら・・カンフーハッスル・・この人は自分で撮って自分
で自分を上書きしたのかしら・・カンフーハッスル・・ハッスルハッスル・・顔がばれたら捕
まらないのかしら・・ねえ、何のために?」
男たち 「いやあ、それはちょっと(秘密です)」
マムシ 「残念」

店員が顔を押さえながら駆け込んでくる。

店員 「た、助けて・・取れない・・」
マムシ 「え?え?」
店員 「これ!取れない!エイリアンの!なんかほら!」
マムシ 「なに言ってるんですか」
店員 「え?え?え?」
マムシ 「え?え?え?」

わらわらと顔を押さえながら駆け込んでくる別の客。

客 「これ!取れない!エイリアンの!なんかほら!」
三人 「え?え?え?」

ディスプレイとヘッドフォンをつけた人々とつけていない人々までもがのたうち回り、装
着した(あるいはしてもいない)装置を顔から引き剥がそうとするがまるでエイリアンのフ
ェイスハガーのように肉と一体化しておりもはや抜け出す事はできない。
踊り狂っているようにも見える。


人形に話す事を教える


仮面の人々は一塊の気配となって暗がりに澱む。

先生 「・・まいったなあ・・なんで僕があんなののカウンセリングさせられる羽目に・・」

ぶつぶつ言いながら医療鞄を開ける。

先生 「わざわざ免許とり直したってのに・・」

鞄の中から、子供、の人形が出てきた。

先生 「なあ?そう思うだろ?バク」

いきなり入ってくるトサカ。

トサカ 「やっぱり誰かいるんじゃない?」
先生 「ふおおおおおーっ!」

慌てて、かなり強引に人形を鞄にしまう。

トサカ 「ふおおおおおーっ!」
先生 「ま、ま、まだまだだ、い、いたんだすか?」
トサカ 「まだまだいますよ」
先生 「いないで!明日。九時。話。聞きますから。帰って。ハウス!」
トサカ 「まだ帰ってもダーリンいないしー。面白いテレビもやってないし−。あなた暇なんだっ
たらいいじゃなーい」
先生 「だから暇じゃないんだって!ハイヨー!ハイヨー!」
トサカ 「私、犬だったかしら?馬だったかしら?」
先生 「もう結構!」
トサカ 「トサカだけにねー。それよりさっきバク・・とか/」
先生 「ドキッ」
トサカ 「・・言ってたよね」
先生 「言ってません!」
トサカ 「じゃあなんで口でドキッて言うのよ」
先生 「問題はそこです。・・考えてみて?あなた自分が本当に驚いた時、ドキッて口で言いま
すか?」
トサカ 「言わないわよ、当たり前じゃない。コントじゃないんだから」
先生 「そうですよね。そしてこれはコントじゃない。つまり僕は本当は驚いていなかった。つま
りつまり、バクなんて口にしなかった。ですよね?」
トサカ 「・・はい」
先生 「じゃあまた明日、九時に」
トサカ 「ありがとうございました先生」
先生 「気をつけて!忘れ物は?じゃあ!」

爽やかな笑顔でトサカが消えるのを確認する。

先生 「・・バカ。死ね」
気配 「お前が死ね!」
先生 「むふう!死ね!死ね!死ね!」

駆け戻って鞄からそっと舐めんばかりに人形を取り出す。

先生 「よし。今日教えてあげる言葉は『バカは死ね』にしようね」

先生は胃カメラを装着し、その先端で人形の肌に『バカは死ね』と何度も書く。

先生 「憶えた?・・ホントかなあ?先週のやつは忘れてないかな?その前は?『負け犬は死
ね』『靴のサイズが26.5の奴は死ね』『性犯罪者は死ね』・・さあ繰り返してごらん・・」

気配たちからこだまする声。

声 「死ね、死ね、死ね・・」

人形は先生の、そして気配たちの視線に操られるように踊り始める。


あなたは存在しない


人形の足元に眼球が転がり、気配たちの中からイナバと私が浮かび上がる。

私 「死ね。死ね。死ね。死ねよ、ほら」

私はイナバにカッターを差し出す。

私 「早く取ってくれよ。手が疲れるんだから」
イナバ 「自分のを持ってるから」
私 「自分の・・だ?」

私は怒りのあまり思わずカッターでイナバを切りつけかけるが、その衝動を押さえこ
む。

私 「・・それでトキコを殺したのか?」
イナバ 「トキコ・・タカギトキコのこと?
私 「あれだけ殺しても、殺した相手の名前を覚えてるのか」
イナバ 「覚えてるわ。全部覚えてる」
私 「・・なぜ殺した?」
イナバ 「なぜ教えなくちゃならないの?」
私 「なぜ?なぜだって?父親だからだよ!あの子を愛してたからだよ!分かるか一人きり
の娘を殺されたこの気持ちが?分からないんだろう?・・分かるまでこれで自分を刺せ。
刺しながらトキコに謝れ。謝りながら、痛みってやつを理解しながら死ね」

イナバはとても不思議そうな目で私を見ている。

私 「・・取れよ」
イナバ 「でもタカギトキコには父親はいないわ」
私 「じゃあここにいるのは誰なんだ?いいよ。自分でできないならやってやるよ」
イナバ 「あの子の父親は、娘の葬式を終えてすぐ自殺したもの」
私 「・・はあ?」
イナバ 「知らなかったの?」
私 「訳の分からんこと言って逃げれるとでも/」
イナバ 「なぜ私があなたから逃げなくちゃならないの?」
私 「質問をするな!僕に質問をするな!」
イナバ 「でも」
私 「うるさいんだよ!黙れ!」

そんなはずがない、テレビで見たのだから。テレビ?
映像5 テレビが青く白く発光する。
気配たちはただぼんやりと何も映らない画面を見ている。

私 「蛍光灯が爆発した。新聞紙で床に散らばったガラス片を掃き寄せながら蛍光灯ってそ
もそも勝手に爆発するんだっけ?と考えていると頭が痺れてきたので速攻で思考を停
止する。よく分からないがきっと爆発するんだろう。実際したんだし。もしかしたら僕が
振り回したバットが当たったのかもしれないが、まあどうでもいい。どっちみち何か見た
いものがあるわけじゃないんでしょう、とアナウンサーが言った。のはもちろん嘘で、モ
ニターの中のアナウンサーは、どこかのドブ川で女の子の遺体が発見されたと、正確
な発音で繰り返しているのだった。画面下には親切にもテロップが出ているが、視力0.
1をはるかに下回る僕にはどうやら文字らしいとしか分からない。眼鏡を探しもせず、
青白い光だけを僕はぼんやりと見る。画面が切り替わると誰かがマイクを突きつけら
れていて、眠っていないのだろうか、赤い目でこちらを睨んでいる。何かを叫んでいる
が、よく聞き取れない。というよりも、そもそも言葉になっていないのだ。兎のように赤い
目から涙が流れ落ちる。どうやら被害者の父親らしい。可哀想に、しかし腹が減ったな、
たしかまだ買い置きのインスタント焼きそばが残っていたはずだと、ついた手の平に鋭
く痛みが走り、赤い血が床に落ちる。皮膚の中に潜り込んだガラスを取り出そうと悪戦
苦闘していて、僕はふいに思い出す。映っているのは、僕だ。ああ、そうか」

列車は大きく車体を傾けてカーブを曲がる。


回想


いつのまにか私を囲んでトサカ・メー・ドクマムシが立っている。

女たち 「知らないって言ってるでしょ?」
私 「どうして?」
女たち 「どうしてって・・どうして、どうしてなの?」
私 「友達、でしょ。だって」
女たち 「もう何年も会った事も電話した事もないもの」
私 「友達、だったでしょ」
女たち 「違うわ」
私 「・・」
女たち 「友達なんかじゃなかった」
私 「でも知りあいだった。とても良く知っていた」
女たち 「・・ええ」
私 「さあ、早く」
女たち 「いい加減にしてよ!何なのよもう!」
私 「だから・・彼女がどこにいるか、教えてほしいだけですってば」
女たち 「知らないの本当に。あの子が退院した事だって知らなかったんだから」
私 「信じられないですよね。人殺しが、ほんの何年かで戻っ・・ああ、すいません」
女たち 「いえ別に」
私 「まあ本当にすいませんって思ったわけじゃないんですけどね」
女たち 「・・あの子は・・病気だったのよ」
私 「今はもう治った?」
女たち 「だから退院できたんでしょ」
私 「まともな人間は保護観察中に黙って姿を消しますか」
女たち 「・・あなたはその、観察の人?」
私 「ええ、まあ」
女たち 「じゃあきっと、あなたの方がよく知ってるんじゃないの?私より」
私 「ええ、よく知ってます。とてもよく」
女たち 「可哀想な子なの」
私 「はい」
女たち 「・・」
私 「ええっと・・」
女たち 「嘘」
私 「え?」
女たち 「可哀想なわけないじゃない。覚えてないんだもの。自分がした事を。全部忘れて、奴
のせいにして」
私 「バク。何だそりゃって感じですよね」
女たち 「いると思う?心の中に、本当に」
私 「分かりません」
女たち 「そう、普通ね、信じられないわよね」
私 「じゃなくて。ただ単に分からないだけですよ。見た事がないものは、ただ単に」
女たち 「・・ええ」
私 「でもあなたは、見た事がある」
女たち 「・・」
私 「5年前、あの場所で」
女たち 「何の話?」
私 「トサカ、ヤギ、ドクマムシ、イナバ・・あなたたちが働いてた工場で、ですよ」
女たち 「・・あなた、何なの?」
私 「だから・・」
女たち 「あの子が話したはずはないわ。覚えてないんだから」
私 「その頃、何人もの人間が失踪したって」
女たち 「知らないわ」
私 「どうでもいいんだけどね。僕はバクに・・イナバさんに会いたいだけだから」
女たち 「知らないって何度も言ってるじゃない!」
私 「教えろよ」
女たち 「知らない!知らない!」
私 「・・」
女たち 「あなた一体、誰なの!」
私 「僕?僕は・・」

私の記憶はブツリとブラックアウトする。


都市の風景3 私の身体はあなたの言葉


無数の死亡記事を読み上げる声、声、声。
月明かりの中に異形の影が浮かぶ
立ち尽くすドクマムシ


回る世界


人形は眠っているのだろうか。
丸い大きな眼球に寄りかかって目を閉じている。
揺れている。
映像6 眼球に不自然な合成で出来たグロテスクなバクの顔が映る。
人形は顔の浮かぶ球と一つとなって寝返りをうち、自転していく。
トサカ、憑かれたように人形を見ている。
背後に、無表情な先生が鉄パイプを手に立ち、しばし様子を見、肩に手をおく。

トサカ 「!」
先生 「・・それ人形ですよ」
トサカ 「わ、分かってるわよ!なんであんなの真っ暗な部屋の真中に転がしとくのよ」
先生 「あんなのって失礼な。バクですよ」
トサカ 「え。今なんて」
先生 「バク。人形の名前。動物園とかにいるのじゃないほうからつけました」
トサカ 「じゃないほう?」
先生 「空想の動物のほうですよ。悪夢を食べてくれるっていう・・聞いた事ありませんか?」
トサカ 「悪夢を」
先生 「そう。ほんの子供の頃、両親が買ってくれたんですよ。この年になって恥ずかしいんで
すが、枕とこいつだけは近くにないと寝つきが悪いんです」
トサカ 「・・私のバクは悪夢を生み出すわ」
先生 「え?」
トサカ 「昔、いたの。そういう知り合いが」
先生 「ああ、バクって渾名の?」
トサカ 「あいつが殺したんだ。私のせいじゃない」
先生 「・・」

二人は黙ったまま、人形を見つめる。

先生 「あなたに何があったのか、そんなこと僕は知らないし・・知りたくもない」
トサカ 「・・」
先生 「ただひとつ言えるのは・・」
トサカ 「・・何」
先生 「何だと思います?」
トサカ 「え」
先生 「この中。何が入ってると思います?」

診察鞄を鉤に引っ掛ける。

トサカ 「・・え」
先生 「なんだかアレみたいですね、肉屋の、ねえ?」

鉄パイプで鞄を思いきり殴りつける。

トサカ 「ヒィッ!」
先生 「・・どうかしました?」
トサカ 「そ、それ・・」
先生 「これが?」

鞄を開ける。

先生 「何も入ってない。空っぽですよ」
トサカ 「・・」
先生 「何を想像したんですか?」
トサカ 「何って、別に何も・・」
先生 「知らなくていい事がある・・そう思いませんか?知らないほうがいい事が」

小さく歌いながら鞄と上着を掛けていく。

先生 「Amazing grace, how sweet the sound    
That saved a wretch like me      
I once was lost, but now am found
Was blind, but now I see・・」

鉄パイプで鞄を殴りつける。

トサカ 「何してんのよアンタ」
先生 「もしかしたら、この皮の下には、ヘルニアで入院中のポメラニアンが隠れているのかも
しれませんね」

鉄パイプで鞄を殴り続ける。

先生 「もしかしたら黄金の毛並のアビシニアンかも」
トサカ 「・・」
先生 「もしかしたら/」
トサカ 「もういいわよ!もうやめてよ!」

鉄パイプをトサカに手渡す先生。

トサカ 「?」
先生 「はい、どうぞ」
トサカ 「冗談」
先生 「あなたの番です」
トサカ 「なんで/」
先生 「カウンセリングを。カウンセリングを始めましょう」
トサカ 「え」
先生 「皮の中身は空っぽなんですよ」

トサカはこわごわと、次第に力をこめて殴り始める。鼻歌う先生。

トサカ 「何もない何もない何もない何もない何もない何もない何もない何もない何もない何
も・・するもんか!想像するもんか!」

鞄の中からはしかし想像の血が零れ落ち、想像の悲鳴が漏れ聞こえる。
バクが目を覚まし、あくびする。
その手を取り、抱きしめる先生。
トサカは狂ったように、冷凍庫の肉隗のような鞄を殴り続ける。

先生 「何もかも想像なんですよ、あなたの」


喉の奥のトカゲ


捕手の長い長い話は続いていた。
白い煙が一筋、たちのぼる。

捕手 「アホ!煙草吸うな!消せ消せ。灰皿あるで、ほら」
メー 「なんで?」
捕手 「なんでて。ホームは禁煙や。放送でも言うてるやん」
メー 「んー。無理」
捕手 「無理ってなんや」
メー 「この子たちがお腹すかすから」
捕手 「どの子やねん」
メー 「私は別に吸いたくないんだけど、餌をあげなくちゃ。私のお腹の中にトカゲがいるの。
小指くらいの、緑の、まだらの、尻尾の切れたトカゲが喉をはいあがってくる。お腹をす
かして、何匹も何匹もはいあがってくる・・。グルルル、グルルル・・低くうめきながらは
いあがってくるの・・」

思わず、その首を両手で押さえてしまう捕手。

捕手 「ご、ごめん。違うんや、これは・・」

答えず、目を閉じたメーの手足がだらんと脱力する。

捕手 「嘘やろ。しっかりせえ!おい!」
メー 「嘘だよ」
捕手 「ア、ア、ア・・アホー!」
メー 「死んだかと思った?」
捕手 「思うか!生きるとか死ぬとか簡単に言うなアホ」
メー 「アホとか簡単に言うなアホ」
捕手 「俺はな、生き死にを冗談にしたりする奴は許さん」
メー 「生きる。死ぬ」
捕手 「そういう奴はおしりペンペンや」
メー 「痴漢だ!」
捕手 「違うわ!違いますよー。違いますよー・・誤解されるやないか」
メー 「触ったじゃん」
捕手 「叩いたんや!命の重さを知らん奴には痛み、いうんを教えたらなあかんねん」
メー 「こんなに腫れてる」
捕手 「それは元からや。痛みや。痛みを知りなさい」
メー 「・・」
捕手 「聞いとんのか、こら」

お腹を押さえ、うずくまるメー。そのまま、動かない。

捕手 「・・どないしたんや・・おい、腹痛いんか!」
メー 「死ん