「祝祭からハイアートに変容する維新派」

 維新派キートン」(構成・演出松本雄吉)を大阪南港ふれあい港館駐車場の特設野外舞台で見た。サイレント映画時代の喜劇王キートンへのオマージュとして作られた作品である。台詞はほとんどなく、すべてが身体の動きと美術も含めたビジュアルプレゼンテーションの連鎖により進行していく。「キートン」にふさわしく、冒頭からキートンをイメージさせる場面やキートン映画からの引用(「セブンチャンス」の花嫁のシーン、「キートンの探偵学」の映画に入っていくシーンなど枚挙にいとまがない)が次々と舞台上で展開される。不思議なのはここではそれに加えて、入れ子構造のようにシュルレアリスム絵画(デ・キリコルネ・マグリット)を思わせる場面や構図がそこここに「見立て」のように展開されることだ。さらにシュルレアリスムに加えてパフォーマーが途中で背中に背負って登場する便器(「泉」)のようにマルセル・デュシャンからの引用も散見される。
 舞台は絵画が動く巨大なインスタレーションとさえ見てとることができるほどで、全体の印象としても「ハイアート」感が強く、その分、お祭り的な祝祭感は後退した。維新派の野外劇ならではの祝祭性をこれまで愛好してきたものとしては若干の寂しさを感じたことも確かだが、クオリティーの高さ、オリジナリティー、いずれをとっても文句のつけようがないレベルの高い舞台であった。
 特筆すべきなのはキートン役を演じた升田学が「笑わん殿下」の再来とでも言いたくなるようなはまり役であったこと。維新派の場合こういう形で特定の役者がクローズアップされるということはめったにないのだが、今回ばかりはぜひ触れておかなければならない好演ぶりであった。
 ヂャンヂャン☆オペラという維新派独自の音楽劇のスタイルは内橋和久の音楽にのせた「大阪弁ラップ」のような役者の群唱(ボイス)によって構成され、野外ならではの巨大な美術とも相まって、ここでしか見られない祝祭空間を演出してきた。実はそれが変わりつつあることが新国立劇場の前作「nocturne」で感じられたのだが、今回の「キートン」で変化は一層露わになった。
 ただ、これはヂャンヂャン☆オペラが放擲されたというよりは次のフェーズに移行したという風に解釈した方が正確かもしれない。内橋の音楽は多くの場合5拍子、7拍子といった変拍子によって構成されていて、そこにボイスが加わるのがヂャンヂャン☆オペラ元来のスタイルだが、今回は多くのシーンで変拍子に合わせてのパフォーマーの群舞的な動きのアンサンブルがそれまでのボイスの群唱に置き換えられている。これを「動きとしてのヂャンヂャン☆オペラ」と呼ぶとすると、今回の作品ではこれまであった言葉の羅列ではなく、こちらが舞台を構成するメインの要素となっている。
 ここでの「動き」は変拍子に合わせて動くということだけでも、バレエやモダンダンス、コンテンポラリーダンスといった既存のダンスジャンルとは明確に異なるアスペクトを持つものではあるが、それぞれのパフォーマーの動きは過去の維新派の舞台よりも数段洗練され、精度の高いものとなっていて、これはもう「ダンス」と呼んでも間違いではない水準に高められていた。
 その分、これまでのヂャンヂャン☆オペラにあったお囃子(下座音楽)的な気分はこの作品ではあまりなくなっていて、傾斜舞台に電柱が立ち並び、照明効果によってその影が幻想的に浮かび上がるシーンなどいくつかの場面では静謐な雰囲気のなかで舞台は絵画的に展開していく。
 巨大な舞台セットはこの公演でも健在。ただ、これまでの作品とは若干異なる性格付けがなされていた。これはひとつには舞台美術に今回、黒田武志が参加していて、そのテイストによるところもあろうが、その以上に今回黒田に美術を委嘱することになったことも含めて、大阪教育大学で美術を専攻していた松本雄吉の美術家としての側面が色濃く出てきていることにあるのではないかと感じられた。松本は学生時代に「具体美術協会」に共感するなど演劇以前に日本の前衛美術に憧れた美術青年でもあった。
 実はキートンが活躍した二十世紀初頭(1910−20年代)は欧米において、ダダイズムシュルレアリスム表現主義といった前衛芸術が百家争鳴の輝きを見せた時代でもある。直接は関係のないキートンデ・キリコデュシャンがひとつの舞台で出会うことで美術家としての松本がこの作品に込めたのは前衛芸術が輝いていた時代への限りない憧憬だったと思われる。そして、そこには前衛演劇の旗手として彼らを受け継ぐには自分であるという自負も込められていたかもしれない。