青年団・現代演劇を巡る新潮流Vol.2 評論編 玉田真也(青年団リンク・玉田企画)

 青年団演出部は次世代の才能の宝庫だ。前回の冒頭でそんなことを書いたが、そのうちの1人で映画監督でもある深田晃司が「淵に立つ」(10月公開予定)で第69回カンヌ国際映画祭「ある視点部門」で審査員賞を受賞した。彼のこともいずれ取り上げなければならぬが、このように多岐にわたって才能が集結しているのが青年団演出部なのだ。その中から今回は綾門と並ぶ鬼才として、登場人物らの会話の中での微妙なズレやシンクロが独特なリズムでの笑いを生み出していく「関係性の笑い」の探求者、玉田真也を取り上げることにした。
 青年団出身の若手演出家・劇作家らは現代口語演劇を出発点としながら、いずれも「そこから離脱してどんな新たな形式を獲得するか」を大きな課題としてきた。前田司郎、松井周、岩井秀人、柴幸男ら岸田戯曲賞受賞作家らもそうした試行錯誤を通じて自らの作風を確立していった。その中で玉田真也(青年団リンク・玉田企画)はそうした最近の動向にいわば逆らいながらも群像会話劇・現代口語演劇という平田オリザが生み出した形式にこだわり続けているようにも見える。青年団がもともと平田の劇団であることからすれば彼の試みこそ青年団における「保守本流」といえなくもないのかもしれない。ただ、実際に本人に話を聞くとそうした見立ては必ずしも実態を反映しているとはいえないようだ。玉田は青年団演出部所属でありながら「平田オリザとの関係はそんなに深くは感じていない」と話す。むしろ、大きな影響を受けた存在としてダウンタウン松本人志を挙げ、「自分のとって笑いこそが目的だ」と言い切る。以前から、平田の演劇を「関係性の演劇」と称してきたが、玉田は「関係性の笑いの探求者」と呼ぶことにした由縁だ。
 新作「あの日々の話」はカラオケボックスでの一晩を描きながら、大学生サークルにありがちな軽いノリが引き起こす出来事をきわめてリアルな筆致で描き出していく。次年度の役員を決める投票が行われたそのサークルにとっては重要な会合が終わった日の深夜。朝までコースとして2部屋が確保されたカラオケボックスの1室で、メンバーの男たちがその場のノリで女性メンバーのバッグの中から避妊用具を発見。「この子とならセックスができるんじゃないか」と誰かが言いだしたところから、サークルの女性会員を対象にした男たち妄想が暴走していく。そのありさまがまるでのぞき穴から内緒で覗き込んでどれを目撃したかようなリアルかつ細密な描写で描き出され、観客はその場に居合わせたかのような気まずい空気を体感させていく。玉田の作劇・演出に技巧の妙を感じるのは「笑いこそが目的だ」といった通りにこれを笑へと転化させていくところだ。
 カラオケボックスを舞台にした群像会話劇といえばポツドール「男の夢」(2002年、駅前劇場)が思い起こされる。14年前の舞台ゆえ、玉田が直接この舞台を見たとは考えにくいが、以前本人にしたインタビューによれば「男の夢」は高校生の時にテレビの「劇団『演技者』。」という番組で三浦大輔の脚本を映画「モテキ」などで知られる大根仁がドラマ化。それを見て生々しさに感銘を受けたとしている。今回の舞台の初日アフタートークで玉田は今回の作品について「カラオケボックスを舞台にした芝居がやりたかった」と語っており、三浦大輔「男の夢」への玉田なりの挑戦という意味合いがあったかもしれない。
 もっとも「男の夢」と今回の「あの日々の話」には決定的な違いがある。それはどちらも空気感としてのいやな雰囲気、あるいはいたたまれなさを観客も共有することになるのではあるが、三浦作品では男の側からの女性への妄想だけが一方的に描かれただけだったのに対し、玉田は途中で「寝部屋」と呼ばれているもうひとつの部屋にいる女性たちのことも同時並行で描き出し、観客に対してのみ登場人物が俯瞰できるような視点を提供することで、男たちの間抜けさ加減を強調し、それを笑へと転化させていく。そこに玉田の持ち味がある。
 一方、今年初めに上演された「怪童がゆく」(2016年1月アトリエ春風舎)はそうした玉田の特色が色濃く表れた舞台だった。そこで描かれるのはある大学の文学部のゼミ合宿での出来事である。冒頭で永井秀樹が演じる大学教授の藤村と大学院生でゼミ合宿を手伝いに来ている倉持が話しているところに少し遅れて玉田が演じる藤村の息子(中学生、太郎)が登場する。藤村と太郎は最初の場面だけみても、何かとかみ合わないぎごちのない会話を続ける。最初の会話で浮かび上がってくるのはこの親子があまり上手くいってないことだ。いわゆる「関係性の演劇」の場合は例えばこうした会話を通じて、2人の関係の何がこういう空気を生み出しているのかが提示されていくのだが、玉田の舞台ではかならずしもそうはならない。それが玉田の舞台の特色だ。むしろ、この2人の会話における微妙なズレやかみ合わない感じは独特なおかしさを生み出していき、そこで起こる笑いがこの舞台の基本的な調子を決定していく。この舞台には中学生同様もうひとり共同体のアウトサイダーであるフランス人留学生が登場し、ともに共同体の暗黙の了解をかき乱すトリックスターの役割を果たし、笑いどころを提供していく。
 平田オリザの演劇を「関係性の演劇」と名付けたが、それは平田の演劇が微細なニュアンスをはじめ現代口語の会話を再現することで登場人物間の隠された関係性を提示することにあったからだ。もっともこれは何も平田に限ったことではなく、90年代〜00年代にかけては岩松了、深津篤史、あるいはその後大きくスタイルを変更するが、当時の松田正隆宮沢章夫もこうしたスタイルを代表する作家だった。
 関係性の描写から不安を浮かび上がらせるような深津篤史はともかく岩松、松田、宮沢らの舞台では笑いは重要な構成要素であり、特に彼らの初期の作品ではそうした傾向は強かった。それは平田も同じで指摘されることこそ少ないが、平田の舞台においても笑いは重要な構成要素であることは変わらない。特に現在上演中の最新作「ニッポン・サポート・センター」では「フーテンの寅さん」が主要モチーフのひとつになっていることもあってか、その要素は強くて客席からの笑いは絶えない。
 しかし、玉田と彼らの間には大きな違いもある。前者の舞台においては笑いは構成要素のひとつにすぎない。それゆえ、作風の変化に伴い笑いの要素がほとんどないような舞台も当然ある。ところが玉田にとっては笑いはそれ自体がやりたいことなのであって、あってもなくてもかまわないものではない。
 実は最初に玉田の作品「臆病な町」(13年9月、三鷹市芸術文化センター)を観劇した際に、その舞台は見ていてとても面白いものではあったが、少し物足りなさが残った。それは中学校の卓球部の合宿を描いたものだったのだが、登場人物のほとんどが中学生という閉じられた狭い関係性が描かれていて、外側にある社会あるいは世界がほとんど描かれることはなかったからだ。
 こういうことは大学生ばかりが登場する学生劇団の作品などではよくあることで、その場合、こうしたフラットな関係性は作者の成長とともに変化し、作品に描かれる世界に本人が体験した様々な関係性が反映されるように変化していくことが多い。それゆえ、最初に作品を見たとこにはこれもそうした過渡期的な作品かと思い習作に感じ、それを本人にも伝えた。しかし、その後、玉田の複数の作品を見ていくにしたがいそうした印象は大きく変化した。「確信犯としてそうしているんだということがはっきりと分かってきたからだ。
 玉田の笑へのこだわりはこれだけにとどまらない。演劇のかたわら普段はお笑い芸人としてコントをしている作り手と「弱い人たち」というコントユニットを結成、こちらの方の活動も演劇と並行して行っている。