岩松了演出の「かもめ」

岩松了演出の「かもめ」は喜劇というのを妙に意識しすぎてしまったのではないか。チェホフの芝居には本質的に俗物的人物が登場して、それががらにもにあわず高尚なことを語ったりすることで、すでに十分にコメディーの要素を満たしているので、ことさら奇を衒うかのような小技を駆使しなくても、もう少し普通にやっても喜劇となるのにどうもそれぞれの俳優がやり過ぎの感があるのだ。特に目立つのがほとんど女優のパロディーを戯画的に演じているような樋口可南子のアルカージナである。これにはまったく当惑させられてしまった。

 ただ、配役はなかなかいい。なかでもメドヴェジェンコ田口浩正、マーシャの吉添文子は抜群のはまり役でどちらかというとわき役的な役どころでありんがら主役を食ってしまうほどの存在感があった。ただ、考えてみると吉添文子の演じる不機嫌なマーシャなどはいかにも岩松了が好んで描きそうな人物像であるそういう人物がいかにも魅力的なのに逆に群像劇とはいえ、チェホフが中心として考えていたと思われるアルカージナ/トリゴーリン/ニーナ/トレープレフがどうも生き生きとしてこないのは問題のような気がする。