3日目AURORA NOVAフェスティバル

 今回の目的のひとつが昨年NATS NUS DANSA「FULL」などいくつかの好舞台を見ることが出来たAURORA NOVAフェスティバルの観劇である。前日すでに2演目を見てはいるが、この日は1日中会場となっているSt Stephenに滞在して、計6本の舞台を見ることにした。St Stephenは滞在しているホテルからいうとプリンシーズ通りを超えてお城側にあたる旧市街地(オールド・タウン)とはちょうど逆側のニュータウンにある教会を劇場にして使っている。この劇場に向かう途中にFringeとしては代表的な劇場であるAssembly Roomがあり、St Stephenに向かう前にここに寄ってチケットを購入することにする。ここでも次の日に続けて見ようと思っていた「白鯨」と「12人の怒れる男」のうち、後者が売り切れで、19日の分をなんとか手に入れる。

AURORA NOVAフェスティバル(会場はいずれもSt Stephen)
http://www.fabrikpotsdam.de/aurora/


 11時半〜「DREVO」(ロシア)★★ ダンス+パントマイム いままで見た集団のなかでは一番、上海太郎舞踏公司や水と油のスタイルに近いが、ダンス的でいろんな小道具を表現を助けるために使っているのが違う。この作品では人生を航海のメタファーで語っているみたいなのだが、構図があまりにステレオタイプ。確かに観光客主体の観客には理解しやすさが受けていたみたいだが、いくらなんでも人生=航海のイメージは陳腐すぎるのじゃないだろうか。
 1時15分〜「Zouff!」(ベルギー)★★ 5人グループのサーカス。クラウン芸のニュータイプで音楽の使い方など新しく見せるが内容はヌーヴォーシルクというよりはジャグリング、一輪車など伝統的なクラウン芸である。ただ、そういう種類のものだと考えるとパフォーマンスの完成度はきわめて高い。特に最後の巨大な箱形に組まれた鉄枠を動かしてその上にバランスを取って複数のパフォーマーが乗るパフォーマンスは圧巻であった。
 2時半〜NATS NUS DANSA「Loft」(スペイン)★★★☆ 2度目の観劇。冒頭、椅子に座ったToni Miraがなかなか開かないビスケットの容器を開けようとして、カサカサ音を立てて明け口を手で引っ張ったり、口で引っ張ったりするのがそのまま音楽パフォーマンスになっていく。それでも開かないのでMiraがビスケットを机にたたきつけてそれがこなごなになって飛び散ると暗転。そこから、パフォーマンス(ダンス)がスタートするが、なかなかインパクトのあるオープニングである。
 次は床に四方形が照明によって区切られていて、そこに座ったような姿勢。そこから次第にグラウンディング姿勢のダンスに。これは単独ではどうということのない動きだが、後から出てくる映像場面の伏線になっている。(ダンスの)ムーブメントにはちょっとブレークダンス系の動きも入っているかも。この間、舞台の背後にはスクリーンがあってそこには砂に描かれた図形が形を崩していくのが逆回しで撮られたような映像が流れ続けている。
 ダンスはスタンディングに移行。Toni Miraは立って踊るが、床に影が映し出される。後ろの壁(スクリーン)にも影。そちらの影はどんどん数が増えていく。その場面が終わるとMiraは舞台の四方形の外側、上手そでの辺りでスペイン語で詩(のようなもの)を朗読、その翻訳(英語)が舞台後方のスクリーンに映し出される。この後もMiraは舞台上で演奏なしに生声でビートルズの「Nowhere Man」を歌う(というかがなったり)、客席の近くに現れて、CDプレイヤーが不調だという文句を言ったりする。Mira自身のダンスのムーブメントは抽象的な動きで、特に意味性があるものでないが、この作品でMiraは抽象的な身体言語(キネティックボキャブラリー)と演劇的といっていいようなそうした挿入されたテキストを組み合わせていくことで、世界との折り合いのわるさというか、現在Miraが世界に対して感じているイライラした感じを反映させたような作品に仕上げた。
 ただ、作品としての売り物は最後の方で見せる映像のMiraとリアルタイムで踊るMiraのデュオであろう。映像との競演自体は前の作品「FULL」でもあったが、この作品で面白いのは映像のMiraはグラウンドポジションで仰向けになったのを天井から映した映像に立って踊る実物のMiraが合わせて同じような動きで踊ることで、床に寝ているので映像のMiraの方は見かけ上の上下に関係なくぐるぐる回ってみせたりするのだが、こういう遊び心がこの人の作品が楽しいところだ。
 4時10分〜「PANDRA88」(ドイツ)★★★★
 7時40分〜DO THEATRE「BIRD'S EYE VIEW」(ロシア)★★
 いきなり「祇園精舎の鐘の音、諸行無常の響きあり」などと方丈記の語りのBGMからはじまりビックリさせられた。背中をむいて頭の上に線香をたいているふんどし1枚のスキンヘッドの男が日本刀を構えている。この作品は人間の鳥のように空を飛びたいという純粋な憧憬の気持ちが飛行機の発明につながるが、それが最後には「9・11」のような悲劇にもつながっていく、という人間が空にかける気持ちの栄光と悲惨を描き出していく。
 そこで、直接「9・11」のイメージに触れるのは生々しすぎるのを警戒したのか途中で「カミカゼパイロット」を出している。先に書いた冒頭の珍妙ないでたちのパフォーマーはそこに持っていくための導入だと思うのだけれど、日本人に対する間違ったステレオタイプなイメージがこういう風に舞台上で展開されているのを見せられると当惑を覚えざるをえない。着物みたいな衣装を着た女性はチョコチョコ足で動くし、本当に困ってしまう。
 ダンスパフォーマンスとしては出来栄えは悪くない、というより、面白いのだが、こういうミスマッチ感覚の作品は笑ってだけもいられない。
 最後に最近解散を発表した「たま」の曲が登場したのにもびっくりさせられた。どうやって音源を手に入れたのだろう。不思議である。
 21時40分〜DEJA DONNE 「Here Where We Were」チェコ)★★★★(★)
 関係の暴力性を描き出したダンス。今年のエジンバラ最大の発見といっていいのがこの集団との出会いであった。最初は女性2人のデュオの場面。日本人の女性ダンサーが触わられるのを拒否して激しく抵抗するのに対して、もうひとりの女性ダンサーはおなかや胸のあたりを触られても抵抗しない。こうした個人差のある他者との関係性が武術(マーシャルアーツ)を取り入れたような暴力的な動きで提示されていく。この2人の関係のあり方の差異が身体性の違いとも関係しているように見えてきて面白い。特に2人のうちの1人が初めて見るダンサーだが、日本人のため最近、ニブロール珍しいキノコ舞踊団などを見て考えているダンスにおける日本人と欧米人の身体的特異性や文化被拘束的な違いについて考えさせられてしまった。
 次は日本人女性と男性ダンサーのデュオ。やはり激しい暴力的なやりとりがあり、女性ダンサーは拒絶するが最後は暴力に屈服してしまう。今度はもうひとりの女性ダンサーと男性ダンサーの関係。誘惑する女性と躊躇する男性。
 そして、圧巻だったのが最後の3人による爆発的なトリオ。ダイナマイトが爆発しようにエネルギッシュに3人の関係が目まぐるしく入れ替わり、目が釘付けになって一瞬でも目が離せない状態になった。

Masako Noguchi was born in Japan and graduated in Osaka University of Arts. Since 1995 lives in Europe. Studied at Laban Centre in London and School for New Dance Developnemt in Amsterdam. She worked with several choreographers and musicians around Europe and in Japan. Since 1999 she performed own work and tought at International Duo Festival, Holland Japan Festival, International Improvisation Festival Hamburg, Session House Festival in Tokyo.
She is a member of Magpie Music Dance Company in Amsterdam directed by Katie Duck.
She joined DEJA DONNE in 2001.
http://www.dejadonne.com/