桃唄309「貝殻を拾う子供」シベリア少女鉄道二十四の瞳を観劇。どちらも今年のベストアクトに残ってもおかしくない出来栄えの作品であることは間違いない。しかし、舞台としては対極的。
 桃唄309「貝殻〜」はアインシュタインゲーデル、ハイゼンベルグらをモデルに科学者と原罪という非常に重い主題を正面から取り扱った好舞台であった。この集団の作品ゆえ、戯曲構成、演出ともに実験性はなくはないが、前衛劇というよりはよくも悪くも正統派の演劇として高水準のものであることは間違いない。再演ではある(初演のレビューはhttp://member.nifty.ne.jp/simokitazawa/new-10.htmlの1999年3月16日の日記に)が、戯曲は初演時からかなり大幅に改稿され、初演時のレビューとして指摘した数学者(ゲーデル)の「ただ見つめつづける」数学者の立場というのがはっきりして、現実に干渉しうる物理学者ちの違いを露わに提示している。もっともハイゼンベルグの不確定性原理によれば「観察(見る)行為」は対象である物質を干渉することになるわけではあるけれど(笑い)。
 前回若手中心であった俳優も今回はキャリアのある俳優を起用していることもあり、舞台の完成度は数段上がった。
 一方、シベリア少女鉄道二十四の瞳」はなんといったらいいのか(笑い)。ここまでくるとコンセプチャル演劇としての仕掛けの鮮やかさはもはや現代美術の域に達しているといってもいいかもしれない。アヴァンギャルドさでは今年随一の作品といえる。内容については公演後までしばらく言及をさけることにするが、どちらもぜひ関西でもやってほしい公演である。