「網状言論F改 ポストモダン・オタク・セクシュアリティ」(東浩紀編著)を読了。東浩紀村上隆がキュレーティングした美術展「スーパーフラット展」での英文の資料をすべて手掛けたという話を聞き、日本の現代美術に詳しいということはあまり聞いたことはないのに「なぜ、椹木野衣じゃなく東浩紀なのか」ということが気に掛かっていたのだった。もっとも、読んでみるとこの本は東浩紀の本ではなく「東浩紀が編集した本」であり、しかも、以前読んだことのある「動物化するポストモダン」の続編的な「おたく論」を主題にした本なのだった。しかし、「動物化〜」の時にも思ったのだが、東浩紀の持ち出すタームというのは「動物化」といい奇をてらいすぎてて分かりにくいのじゃないだろうか。念のために確認しておくけれど、内容がわかりにくいというわけじゃないよ。この本でも例えば「動物化」というのは「人間」と対比した概念で「機械化」といってもほど同じというようなことを言っているのだが、だったら普通は分かりやすいように「機械化」の方をつかわないだろうか。少なくとも私ならそうするが。
 観劇をあきらめて家に帰り、サッカー日本五輪代表VS韓国五輪代表の試合をテレビ観戦するが、1-2で敗北というスコアだけの問題でもなく、攻撃が形にならず守ってはセットプレーから失点という試合内容にがっかり。そのまま不貞寝をしてしまう。気が付いたら朝であった。