マイケル・ギルバート「捕虜収容所の死」創元推理文庫)を読了。
 このミスの2004年海外部門の第2位。どうも以前から日本への翻訳ミステリの紹介のされ方には偏りがあり、大きな見落としがあるのじゃないかと感じていたのだが、この人などはその最たるものといっていいだろうと思う。
 確か以前に集英社文庫からいくつか出ていた翻訳を読んだことがあったなと記憶していて、「十二夜殺人事件」「チェルシー連続殺人」の書名を記憶して結構面白かったという記憶もあったのだが、読み終わった後、あとがきの著書リストを眺めてみると、後者が見当たらない。「あれっ」と思い、ネットで調べてみると私の勘違い。後者の著者はライオネル・デヴィッドソンなのであった。つくづく人間の記憶というのは当てにならないものである、というか、当てにできないのは私の記憶か(笑い)。
 この作品はひとことで言うと「大脱走」+クラシックな謎解きミステリという変わったもので、舞台の設定の仕方がうまいと思う。謎解きものという点だけを取り出して考えるとちょっと小ぶりじゃないかという不満もないではないが、第2次世界大戦中のイタリア領内の捕虜収容所を舞台に取り、イタリアのファシスト政権が英国軍のイタリアへの侵攻で倒れていくなかで、このまま行くと捕虜はドイツ軍に受け渡されてしまうというデッドラインを設け、収容所脱出の名手たちによる脱走の準備とその中で殺されて秘密のはずのトンネルの中で見つかったスパイの疑いを持たれた捕虜を殺したのはだれか、さらには収容所内に居るとされるもうひとりの敵側スパイとはだれなのかという犯人さがしが、同時進行で進んでいくことで、単なる謎解きもの以上にスリラーとしての手に汗握る展開を作品のなかで巧妙に盛り込んでいるのがいい。
 どうもマイケル・ギルバートという人は作品ごとにいろんな技巧が凝らされているようなので機会があったら原書で未訳作品を当たってみたいと思う。思わぬ拾い物がまだまだありそうなのである。
 ディクスン・カー「仮面劇場の殺人」創元推理文庫)を読了。
 欧米では演劇とミステリとはどうやら微妙に近しい関係にあるみたいで、クリスティのように文字通りミステリ、劇作の両分野で成功者となっている例は珍しいとしても、エラリー・クイーンにしてから国名シリーズの第1作「ローマ帽子の謎」は劇場を舞台にした殺人事件を描いているし、ドルリー・レーン名義で発表された4部作は名探偵レーンが引退した名優だということもあり、
いろんなところで演劇との関連性が指摘できる。考えてみると、「Yの悲劇」のメイントリックなどまさしくそういうところから出てきたものであろうかと
思う。
 その中ではカーという人は比較的そういう要素が少ない人ではあるのだけれど、某有名作品のトリックなどは「演劇的なるもの」への深い関心を感じさせるものであった。そういう中でこの「仮面劇場の殺人」は「ロミオとジュリエット」のリハーサルの最中の劇場の中でその劇場にゆかりのかつての名女優が石弓によって撃たれたと思われる不可解な死を遂げるというもので、カーのこの分野への造詣が伺われるようで興味深かった。カーのミステリ作品としては
そんなに素晴らしい出来栄えの作品というには語弊がなくもないのだけれど、
謎解きの鍵を握る部分にある舞台作品の演出上の仕掛けを絡ませているところなどカーの舞台フリークぶりをうかがわせて嬉しい。ただ、残念なのはその作品を舞台で見た人は日本ではそんなにいないだろうと思われることなのだが。