小谷元彦展「Modification」

 小谷元彦展「Modification」 ODANI Motohiko Exhibition (KPOキリンプラザ大阪)を見る(2回目*1)。
 個々の作品は面白いと思うのだが、例えば奈良美智会田誠ヤノベケンジ村上隆がそうであるようには全体のどこをとってもこれはこの人の作品という強烈な個性に欠けるところがあるのではないかと思った。Phantom-Limb (1997年) などは以前写真を見た時からこれはいったいどういう作品なのだろうと気になっていて実物を見てインパクトもあったのだが、Berenice (2003年) 、Skeleton (2003年) と同じ人の作品であるということがどうもピンとこないところがあった。
 もちろん、作品には作家のこだわりがこういうところにはあるのだろうなという共通点はないわけではない。ひとつは可愛いものとグロテスクなものとの組み合わせにより、ある種の痛々しさを感じさせるという手法。そして、もうひとつは粘液のようにどろりとしたものに対する嗜好性である。
 映像作品の「毛虫男」などはそうした要素をすべて詰め込んだ作品といえるし、バンビの剥製に金属製のギブスをはめた新作や包帯とギブスでぐるぐる巻きにされた子供なども見ていていかにも痛々しい作品といえるだろう。
 無理して共通項を探る必要もないのだが、上記の4人の作家のうちヤノベケンジを除く3人には気持ち悪いけど可愛くもあるという「きもかわいい」という共通点があり、昨今の現代美術の嗜好の一端にはそういうところがあるんじゃないかと思っている。それを念頭に置くと、六本木クロッシングにも出展されていた小谷元彦の映像作品「毛虫男」や「Rompers」(2003年) には明らかにそうした嗜好への近親性が感じられる。
 いずれも作品に女の子が登場するのも共通する点で、よくも悪くも人間の持つ幼児性のようなものをくすぐるところがあるのも共通している。「きもかわいい」ということでいうとダンスにおいては黒田育世の作品などにはやはり同じような質感が感じられ、それが彼女の舞台が持つ大衆性のひとつの要因になっているのかもしれない。
 そういえばニブロールに登場するなにか世の中に対して怒りを覚えているような不機嫌そうな少女的キャラには奈良美智の絵に出てくる女の子と微妙にキャラがかぶっているかもしれない。