ジャブジャブサーキット「動物ダウト04」

 ジャブジャブサーキット「動物ダウト04」伊丹アイホール)を観劇。
 ジャブジャブサーキットの舞台は10年ほど前にこまばアゴラ劇場で上演された「さよなら三角」以来これまで東京・大阪で上演されたほとんどの公演を見てきただけに前回公演「裸の劇場」をスケジュールの関係で見逃してしまったこともあり、ずいぶんひさしぶりの印象があった。
 「動物ダウト」は再演ではあるが、初演は名古屋だけだったこともあり、今回が初めての観劇となった。はせひろいちの作劇ではミステリ的な謎解きの構造がその舞台を見せていくためのドライビングフォースとなっていくことが多いのだが、閉鎖された動物園の施設を舞台に正体不明の動物を預かることで、その関係者が不可解な事件に巻き込まれていくという「動物ダウト」はそうしたはせの特徴がきわめて濃厚に現れた舞台といえるかもしれない。
 謎解きの構造を持つはせの舞台には課題もあって、それは舞台で設定された謎の解明が終了した時点でそれだけで作品が終わってしまい芝居としての余剰部分がほとんど残らないことがあるということである。
 近作においては「タイタニック・ポーカー」などではタイタニック号の沈没の謎という大きな謎解きに挑んだせいか、謎が解明された後の余韻の部分にやや不満が残った。その点ではこの「動物ダウト」はどちらかというと謎解きの部分よりもそれがほぼ解明されて、それぞれの人物のこの物語内での立場がほぼ明らかにされた後での「謎の動物」や登場人物間の思いの方に芝居の重点は置かれていたように見えた。
 その意味では舞台の終了した後に残る余韻の部分では心にストンと落ちてくるものが感じられた。こういう風にストレートに思いの部分を表現していくとうような傾向はこの作品の直後に書かれた「シルクサンド」でも感じられたが
、今回この作品を見てみて、この2作品には双子のような共通点があると感じさせれられた。
 ただ、こういう風に謎解きと心情を両方表現するとなると俳優の演技に対する要求はいっそう高度なものになってこざるをえない。その意味ではこの日は初日であったこともあり、前半部の関係の微妙な提示をする演技に関してはやや繊細さを欠き、分かりにくいところも散見された。今後、そのあたりが名古屋、東京公演でどのように熟成されていくのかが楽しみである。
 ただ、俳優の演技だけではなく、脚本としても謎解きを主体としたミステリ劇としてはやや単純すぎて妙味に欠ける印象も残った。両方が高いレベルでシンクロするというのは相当に難しいというのは分かってはいるのだが、「非常怪談」「高野の七福神」といった作品ではそれを実現していたはせだけについついそれを期待してしまうのである。