CRUSTACEA「R」

 CRUSTACEA「R」(アートシアターdB)を観劇。
 2003年の横浜ソロ&デュオ、トヨタアワードのノミネート作品に選ばれるなどいまや関西を代表する振付家であるCRUSTACEAの濱谷由美子の2年ぶりの新作である。約1時間の作品だが、最後の13分間が2人のダンサーが正面を向いたまだつま先立ち(バレエでいうデュミポワントのような形)になったままただ立ち尽くすという振付になっていて、これまではデュオとして床面での回転やリフトなど2人の激しい動きを中心に振付を構成してきた濱谷にとってはこういう踊らないダンスは初めてで、その意味で新しい挑戦となった。
 左右の腕で微妙にバランスを取りながら、立ち尽くす姿にはそれまでの運動性では表現しきれなかった内面から表出してくるような静かな情念が感じられ、作品全体の構成のなかでは前半部の濱谷自身による痙攣しながら床で最後には転げまわるような激しいソロや椙本雅子のやはり床でもだえるようなソロなど、かなり直接的に自らの女性性をさらけだすような場面との対比において、余計な要素をすべてそぎ落としていくかのようにこれまでにない身体性の獲得に向けて一歩を踏み出したように見え、まだその真の姿はここでは露わには見えてはいないきらいはあるものの、次のフェーズへの可能性の片鱗は垣間見せており、それはダンスとして刺激的な瞬間であった。
 一方でこの作品ではこのユニットがこれ最近は身体ひとつでの表現を重視して封印してきた映像、舞台の背後のスクリーンの左右に配置された絵画的な美術、最初の場面に登場する方形の布の上の置かれた多数の白い風船などビジュアル面での具体的要素も持ち込んだ。これも濱谷にとってはこれまでになかった新しい試みであった。
 だが、問題はこの「R」においてはこの2つの試みがどうもうまくは噛み合っていなかったことだ。登場したビジュアルは濱谷が構想したダンス・身体表現とは方向性が異なるもので、私の目には表現として、この作品におけるダンス表現が本来持っていたイメージをかえって矮小化し、観客の想像力を阻害するような方向にしか働いておらず、少なくともこの作品では「これはいらない」と思ってしまった。
 もちろん、それはこの作品には映像・美術などのビジュアルは一切いらないということではなくて、余計な要素をすべてそぎ落としていくかのようなダンス表現に対して、舞台の後ろに配置された絵とか、その作者の絵を元に構成されていたと思われるCG映像とかがあまりにミスマッチで、この組み合わせでは全体があまりに悪趣味に見えてしまう。特に最後の立ち尽くす場面に出てくる映像などはせっかく微妙な動きを注視しようと集中しようとした観客の集中力を散漫にさせるような効果しか与えてない。
 元々、濱谷の趣味には音楽の選曲ひとつを取っても、いわゆるキッチュなところがあり、決して趣味がいいとはいえないのだが、それが以前はアート本道的な表現に対して、ある種の批評性を持っていたのが、ここではそういう距離感がいっさい取れてないためにビジュアル表現とダンス作品の部分が「べた」な関係になってしまい、結果としてそれは私に取ってはその部分は見てみないふりをしたくなるほど「悪趣味」に感じられたのだ。
 振付の部分で行われた作業には評価すべき点が数多くあっただけに他の要素を無理やり作品に入れ込んだことで、それが結果として見えにくくなってしまったことは非常に残念なことであった。