j.a.m. Dance Theatre「m/m」

 j.a.m. Dance Theatre「m/m」伊丹アイホール)を観劇。
 横浜ソロ&デュオなどのコンペやアートシアターdBのダンスサーカスのようなガラ方式のミックスプログラムで小品を発表、関西のコンテンポラリーダンスの若手振付家として今後への期待が抱ける作品を作ってきた相原マユコ率いる.a.m. Dance Theatreの初の本公演である。
 j.a.m. Dance Theatreはソロ・デュオの作品が中心の関西では珍しく、本格的なコンテンポラリーダンスカンパニーを志向している。今回も男性2人、女性3人と5人のダンサーが出演。相原自身がダンサーとしては踊らないのもここの特徴だが、今回参加したメンバーも関西の若手カンパニーでは珍しくバレエなどの経験者をそろえ、ダンサーの人選ひとつをとっても相原の意気込みがうかがえる公演であり、翌日にエジンバラ出発を控えて慌しいなかだったが期待して出掛けた。
 これまでの相原の振付はソロ・デュオを単位としての接触、リフトなどヨーロッパ系のコンテンポラリーダンスの影響を色濃く受けたものだったが、前作の「サボイ」で少し違う側面を見せてくれたので、今回まず注目したのはそうした模索のなかから、どのようなオリジナリティーを見せてくれるのかということであった。
 だが残念ながら、この公演ではシーンごとに変化をつけて、それなりの表現の幅の広さは見せてくれたものの、全体としてはっきりした方向性のようなものがもうひとつ読み取れなかった。
 作品自体がまったくつまらなかったというわけでない。途中挿入された舞台の床面に並べられたカラフルな衣装をダンサーが次々とロープにかけていく場面はポップな感覚にセンスのよさを感じさせ面白かったし、最後の方で映像と重ねて踊られたデュオシーンなどは運動性にすぐれた相原の振付の特徴がよく出ていて楽しませてもらった。
 ただ、この作品ではそうしたいくつかの印象的な場面はあったものの、「相原のダンスはこれだ」ということをはっきりした形で提示するものにはならなかった。まず気にかかったのは作品全体としての枠組みが分かりにくかったことで、4つの場面からなる作品であったのだが、それぞれの場面がバラバラな印象で全体としては小品を並べたようにしか感じられなかったことだ。
 集団としてのもうひとつの課題は美術や映像のクオリティーが現時点では残念ながら、ダンスのムーメント自体のクオリティーに追いついておらず結果として足を引っ張っていたように感じられたことだ。映像、美術などは要素としてはこのカンパニーのテイストからいってなにもなくて、ただダンスだいうよりはあった方がいいと思うし、先の述べたロープの場面などではそうしたモノの存在が作品のなかで生きていたのだが、箱型の照明を使った冒頭のシーンや最後の映像を入れた場面はそれがあることで観客の想像力を限定してしまっていたり、振付の自由度を奪うようなことになっていた感が強い。こういう実際にビジュアルで見えてしまうものについてはこのカンパニーのほかの部分のクオリティーと見合わないようなものを使うとマイナスの印象が大きくなってしまうので、使うのであればもう少しコンセプトワークも含め周到な準備が必要なのではないかと思わざるを得なかった。
 こうした厳しい見方になってしまうのは潜在的には振付家の相原を中心としたこの集団のポテンシャリティーには関西コンテンポラリーダンスのリーディングカンパニーとなっていくだけのものがあると感じているからだ。そして、関西のコンテンポラリーダンスの状況を変えていくにはどうしてもどこかからそういうカンパニーが出現することが必要だと思っているからである。