ポツドール「ANIMAL」(Jangle independent theater2)を観劇。

 ポツドール初の関西公演。ラディカルにして刺激的という意味では今年見た舞台のなかではチェルフィッチュと双璧である。面白かった。詳しい感想は舞台が終わってからにするけれど、騒音のように音楽(ヒップホップ)が流れ続けるなか、聞こえない台詞を想像力で埋めさせる舞台。方法論はまったく違うけれど、観客に想像力を喚起させ、そのことによりアクチャリティを具現させるというところがチェルフィッチュと共通している。
 えんげきのページの1行レビューが賛否両論の嵐(そんな言葉ないか)だったので、どんな舞台なのかと期待して見にいったのだが期待にたがわぬいかにもこの集団ならではという舞台であった。後、2日間公演があるので関西の演劇関係者にはぜひ見てもらいたい。お薦め度★★★★である。
 舞台が始まると大きな音響でヒップホップの音が流れていて、ガード下と思われるような場所に若者が集まって、騒いでいる場面から芝居ははじまる。台詞はあるにはあるのだが、大音響の音楽にかき消されて客席にはとどかずまったく聞こえない。もちろん、これは作演出の三浦大輔の計算通りのことで、観客は聞こえない台詞でなにが話されていて、どんなことが舞台で進行しているのかという読み取りをそれぞれが自分自身のイニシアティブでもって強いられることになる。
 かつて、平田オリザは群像会話劇における同時多発の会話という手法で、同時には聞きとれない会話を観客に選択的に聞き取らせることを強いることで、受動的な娯楽の色彩が強かった演劇に関係性を読み取らせるための観客の主体性を誘導するということを行ったが、ここで三浦が行ったことは平田の方法論を逆手に取りよりラジカルに展開したともいえる。(続く)