ク・ナウカマクベスザ・スズナリ)を観劇。
 宮城聰版「マクベス」は以前利賀での上演を見ているのだが、今回は新演出版で今年の春パリ公演で上演。日本ではこれが初演となる。主役のマクベスは阿部一徳が言動一致体で演じ、残りの出演者はすべて女優というキャスティング。ムーバー1人に対して、スピーカーは大勢の女優が群唱するというスタイルである。趣向としては面白く、阿部の演技にはさすがというものがあるのだが、気になったのは演出家、宮城の「マクベス」の読み替えの解釈の部分が表に出すぎているように感じられたことだ。「マクベス」を男性原理と女性原理の対立の場として読み込んでいき、そのなかで男性原理が敗北していく物語として読み替えた着想には面白いところもあるのだが、クローン羊のドリーまで持ち出してきたのはあまりにも図式が前面に出すぎていて、やりすぎだったのじゃないかという印象が否めない。
 マクベス夫人をマクベスの心のなかにあるもうひとりの自分として想定して、阿部がマクベスを言動一致体で演ずるとともにマクベス夫人のせりふも1人2役で語った利賀版の方が解釈的にはすっきりしていたと思ったのだが、なぜこういう風に演出を変更したのか疑問が残る。
 ただ、維新派や少年王者館なども連想させる「じゃりんこ」的な魔女のビジュアルなど随所に面白いところはあったので、大上段に振りかぶるような構造の提示ではなくて、もう少し解釈よりも演出的な面白さを丁寧に見せて、そこに焦点を絞って見せていく方がいいのではないかと思った。