マレビトの会「王女A」

マレビトの会「王女A」(アトリエ劇研)を観劇。
 松田正隆の新作。自ら作・演出をするマレビトの会は「島式振動器官」*1、「蜻蛉」*2に続いて3本目の舞台となる。ただ、前回の「蜻蛉」は旧作の再演だったから、実質的にはこれが2本目ということで、「島式振動器官」の時に「物語はこの舞台においてはそれほど重要な要素とはいえない。より、正確に言えばこの舞台で提示されるのは奇妙なイメージのコラージュのようなもので、その裏側にはっきりと固定した物語のような筋立てを読み取ることはこの舞台からは難しい」と書いたのだが、こうした傾向はいっそう強まっている。
 「島式」の際にも「台詞のほとんどはモノローグに近い詩的なもの」と書いたが、その時点ではまだテキストには会話劇の残滓のようなものは色濃く残っていて、会話(ダイアローグ)的なフェーズを基調としながら、そこに詩的な言語が入り込んでくるような構造を持っていた。ところが、この「王女A」ではほとんどの台詞はギリシア悲劇におけるコロスのようにパフォーマーによる群読ないしはわたり台詞として語られ、ところどころに挿入される断片的なもの以外はほとんど会話らしい会話は消えうせてしまった。
 この舞台でまず目を引くのは奥村泰彦による舞台美術である。舞台上には引き出しが上から下までびっしりとついた柱が林立している。この美術は舞台の空間構成において大きな役割を果たすとともにそれが時折開けられ、そこからものがとりだされたり、そこに衣装等が掛けれれたりすることで「死者たちの記憶」を象徴する。
 これは「死者たちの記憶」の物語なのである。舞台の冒頭、6人の役者たちは「侍女たち」として登場して、失踪してしまった「王女A」のことを語りだすのだが、それは「昔、昔、王国があったのよ」「この国の王である父上様が死んでしまってからは。王女Aは即位せず、どっか逃げてしまわれた」と遠い過去の記憶のように語られる。
 「侍女たち」は「王女A」の侍女にして、「さまよう死者の魂」が憑依する巫女のような存在とも思われる。その唇から紡ぎだされるのは「殺人鬼マモンモタル」「灰の葉書」「燃えている花嫁」「コエバル。灰の島」「石の花影」といった奇怪なイメージの連鎖であり、このイメージの連鎖はシュールレアリスムの自動筆記法により生み出された言葉の群れを連想させる。
 ただ、それがまったく意味を欠いた空想上の言葉遊び的なモチーフというわけではなくて、なにかそこに隠喩的な匂いを読み取りたくなるのはその中心に「ある王家の物語」が語られるからだ。「王女A」「王妃M」「王の言葉 タエガタキヲー、タエ」。ここまで来れば「ある王家」がなにを意味するのかは言わずとも明らかだ。
 このことを核に松田は「侍女たち」を演じていた男優に軍服を着せて、昭和戦争文学全集の「死者の声」やユダヤ詩人パウル・ツェラン*3 の「言葉の格子」から引用された言葉さえも語らせてみせる。それではこれはよくあるような「反軍国主義」「反天皇制」の政治劇なのか。「灰の葉書」「燃えている花嫁」などのイメージに隠喩としての具体的な意味の読み取り*4をしたい欲望に思わずかられもするのだが、そうした意味を読み取ろうという表層的な解釈は舞台の進行とともに裏切られていく。
 しからば「王女A」という存在で松田正隆はなにを表象させようとしたのか。舞台を見終わった直後の印象は結局大きな疑問符であった。「殺人鬼マモンモタル」=男性原理=戦争に代表される殺戮を遂行するような力への意志、「王妃M」=女性原理=何度も繰りかえし産む力、などと対比の図式をつくってみるのだが、それだけではどうもしっくりこない。
 以前、「月の岬」を見た時に最初の解釈にどこかしら違和感を感じて、半年間考え続けてやっと自分なりに納得できる解釈にたどり着いたころがあった。そういう意味で、この舞台の構造が後半と前半で乖離して一見破綻しているように見えたのも確かなのだが、そのことを簡単に失敗作だと決め付けるのを妨げるようななにかがこの舞台にはある。
 あくまで、これは現段階での勘に過ぎないのだが、引用されたテキストのうちパウル・ツェランがその鍵を握っていそうな気がする。このことについてはもう少し考え続けてみたいと思う。

シンポジウム
タイトル:〜「島」からみる国境〜 
松田戯曲を切り口に、東アジアにおける演劇の今を語る

パネリスト:ソン・ソノ(韓国)/グー・レイ(中国)/松田正隆
招聘ディレクション・コーディネート(中国):菊池領子
シンポジウム司会:杉山準(プロデューサー)

*1:「島式振動器官」http://d.hatena.ne.jp/simokitazawa/20040507

*2:「蜻蛉」http://d.hatena.ne.jp/simokitazawa/20040917

*3:1920.11.23-1970.4.26、ルーマニア(現ウクライナ)生まれ。本名パウルアンチェルユダヤ系ドイツ人。第二次大戦中に両親を強制収容所で亡くし、自身も労働収容所に収容される。やがてフランスでドイツ語教師の職に就き、パリに定住。シュールレアリスムの影響を受け独特の詩風を確立したが、'70年に自殺。

*4:改めて指摘するまでもなく、そこからは原爆による大量死のイメージが読み取れる