チェルフィッチュ「目的地」

チェルフィッチュ「目的地」びわ湖ホール)を観劇。
 岸田戯曲賞を受賞、そしてトヨタコレオグラフィーアワードを取り損なった*1ことで今や話題騒然のチェルフィッチュ岡田利規の新作である。チェルフィッチュについてはこれまでもこのサイトに書いたレビュー*2で、たびたび触れてきたが、書いていてもどかしさがぬぐえなかった。様式の多様性をその特徴とする日本現代演劇のなかでも岡田利規のスタイルの独自性は高く、そのためそのスタイルの一般的な特徴を説明する前段の部分の説明に文章のほとんどを費やさざるをえず、作品個々の分析には入れなかった不満があったからだ。それゆえ、今回の「目的地」はこれまで私が観劇したこれまでの作品(「三月の5日間」「クーラー」「労苦の終わり」「ポスト・労苦の終わり」)を前提に、これがどういう作品だったのかに焦点を絞り込んで考えていきたい。
 演劇は「言語テキストである戯曲」と「それを俳優(パフォーマー)の身体により我々の現前に提示する」という2つの過程により構築されるが、チェルフィッチュの場合、これまで主としてダンス関係の批評家によって紹介されることが多かったため、その身体表現としての特異性の側面が強調されてきた経緯がある。身体表現としてのアプローチの独自性はこの集団の特徴の1つではあるが、チェルフィッチュの舞台を考えていく時に岡田が提示してきた言語テキスト(戯曲)の特異性を無視することはできない。
 通常の演劇(近代演劇)は登場する俳優の会話として提示される。ところが岡田のテキストは直接の会話ではなく、だれかが自分以外のことをだれかに説明するという伝聞のスタイルで提示される、語られる事実がそのまま会話として観客に示されるわけではなく、論理階梯がひとつ上のメタレベルから語られることにその特徴がある。もう少し分かりやすい言い方をすれば例えば小説には地の文と会話体の部分があり、会話劇では通常、そのうちの地の文の部分が排除されて、会話の部分だけが抜き取られてそれぞれの俳優によって演じられるわけだが、岡田のテキストではその地の文的な部分と会話体の部分が1人の俳優によって、一緒に演じられるという「語り物」の形態に近いところにその特徴がある。
 さらに言えば、単に地の文というだけではなくて、その話者として想定された一人称の「語り手」がひとりだけでなく、複数存在していて、それも実際の上演では1人の語り手に対して、1人の俳優が対応するという一対一の対応だけではなく、「語り手」と「俳優」の対応の形式が多対一、一対多と融通無碍に変化していく*3
 これはこれまでの他の作品についても共通するが、この新作「目的地」で岡田はこれまで試みたことのない実験をいくつか行った。そのひとつが舞台の背後の壁にこの物語の舞台となっている横浜港北ニュータウンについての歴史や背景となる事実関係についての情報を文字情報として映し出し、それを舞台で行われている俳優による演技と重ね合わせてコラージュすることを試みたことだ。ここでの文字情報は舞台に対してさらにメタレベルにある情報と考えることが出来るから、この舞台上では通常の会話体に対して、メタレベル、メタメタレベルという3つの論理階梯にある言語テキストが重層的に提示されることになる。
 複数の話者が登場するポリフォニーな構造のなかで今回の「目的地」が面白いのは「これは○○の想像のなかでの会話です」などとしたうえで、実際にあった(と少なくとも話者が考えている)ことと、実際にはなかったことを並列の形で提示していることで、この「空想上の会話」は「ポスト・労苦の終わり」でも一部登場したのだが、この「目的地」ではそれが多用されテキストの多重構造をより露わなものとしている。それに追い討ちをかけるように「目的地」で岡田は猫の一人称*4という珍妙な語りさえ、存在している。
 これは一見奇妙な試みに見えるが、リアリズム演劇におけるリアルのあり方には無意識にリアリズム小説の存在が先行例としてあるのではないかと考えることができるのではないかと仮定すれば岡田が試みているのは西洋近代小説のリアリズムに対して、20世紀文学が行ってきた異議申し立てと類似なことを演劇というフィールドで行おうとしているのではないかという仮説が立てられるかもしれない。
 実はこの日のアフタートークク・ナウカの宮城聰がチェルフィッチュの演劇をピカソの「アビニョンの娘」に例えて語り、その発言はきわめて啓発的であったのだが、このことと平田オリザが「東京ノート」という芝居のなかでフェルメールの絵画に託して自らの演劇を語ったのを重ね合わせてみると、「関係性の演劇」(=現代口語群像会話劇)に対するチュルフィッチュの立ち位置がより明確になってくるのではないかと思う。
 平田は芸術がそれまで目的としてきた「真・善・美」のような観念に対して、自らの舞台を「世界はこのようなものだ」という世界の構造の写し絵としての演劇ということを語ったが、そうした問題意識を共有しながらも平田と岡田の提示する世界のあり方には明らかな違いがある。平田は「演劇入門」で自らのよって立つ思想としてフッサールの現象論を挙げたが、実は以前から現象論以上にその思想には私は構造主義の影響を感じていた。
 それでは岡田はどうなのか。ここからは厳密に論じていくにはより精緻な考証が必要だし今の段階ではあくまで比喩として考えてほしいのだが、それが世界認識のモデルとしてデリダ的なものなのか、ドゥルーズ=ガタリ的なものなのかについてはまだ考えている最中なのではあるが、どこかしらポスト構造主義の影を感じたのである。

 
 

*1:http://d.hatena.ne.jp/simokitazawa/20050711

*2:http://d.hatena.ne.jp/simokitazawa/10010926

*3:ちょうどびわ湖夏のフェスティバルにク・ナウカも出演していたこともあり、ミヤギサトシショーやク・ナウカとの類縁性を感じたことは興味深いことだった

*4:現代口語劇の実験には明治期の口語小説の実験の歴史と重なりあう部分があると以前から考えているが、その意味では口語小説の最初期にやはり猫の一人称で書かれた「我輩は猫である」があったことは単なる偶然の符合だけではないという気がしている