松本清張「草の陰刻」

松本清張「草の陰刻」講談社文庫)を読了。
 松本清張の長編を2冊読了。2冊のなかでは「草の陰刻」がよかった。
松山地検庁舎の怪火で検察事務官が焼死、事故として処理された。しかし、その時にちょうど地検にいた青年検事は2人いた事務官のうちの1人が奇妙な事件に巻き込まれて、現場から遠ざけられたことに疑問を抱き、密かに真相を調べ始める。そこで浮かび上がってきたのは火事で焼失してしまった過去の事件の記録を巡る謎めいた陰謀。
 検事が主人公なのだが、仕事と直接関係のない事件を独断専行でやっており、しかもそれを調べていくうちに、ヤクザとの絡みで横槍がはいったり、政治家がからんで圧力をかけられたりするところなど、どこかで読んだことがあるのじゃないかと思ったら、イアン・ランキンリーバス警部シリーズの「血の流れるままに」などを彷彿とさせるところがある。
 社会的な情況をうまく作品の題材のなかに取り入れているところや、最初に起こったささいな出来事がしだいにさざなみが広がるように水面下に隠れていた事実を浮かび上がらせていくところなど、松本清張の小説は現代の英国ミステリやアメリカの私立探偵小説との共通点が多いのではないかとこの作品などを読んでいて改めて思った。文庫本としては相当に分厚いのだが、リーダビリティーも高くてすぐに読んでしまった。今読んでもプロットが極めて巧緻であるし、細かい謎を次々と出しながら、最後まで読者を引っ張っていくところにこの作家のミステリ作家としての力量を感じた。
 一方、「黒い樹海」の方はややミステリとしては甘さが目立った。こちらはヒロインが新聞社の文化部の記者で事故にあった実の姉の死にまつわる謎を追いかけていくうちに次々と関係者が謎の死を迎えていくとというちょっとウィリアム・アイリッシュとかを彷彿とさせるサスペンスものという感じで、冒頭の姉の死からそれにまつわる事件に巻き込まれていくところなどはうまいのだが、途中からこういうプロットだったらこういう結末だろうと勝手に思い込んでしまったのがあまり嬉しくなく裏切られたところでちょっと拍子抜けであった。