BABY-Q「ALARM!」

BABY-Q「ALARM!」(シアタートラム)を観劇。
昨年伊丹のアイホールで上演した「ALARM!」*1トヨタアワードの受賞公演として、シアタートラムで再演した。再演という風に一応は書いたが、実は今回の上演はその時の上演からは大幅な改定がほどこされたもので、純然たる新作とはいえないかもしれないけれど、印象はその時とはかなり違う。
 アイホール公演でのレビューで「東野が出演しているシーンをシーンをつなぐ間にダンスではない演劇的要素の強いパフォーマンス場面が挿入され、それはBABY-Qのテイストとはなっているのだが、ダンス部分の高いクオリティーと比較するとなくてもいいのじゃないかと思われるシーンも散見される」と書いたのだが、この部分は今回の上演ではかなり解消され、よりダンスとしての色彩が強まり、そのことにより作品全体の完成度は高いものになった。
 つまり、東野祥子クラスの踊れるダンサーがせめてもうひとりいればというこのカンパニーのメンバー構成上の問題を除けば、ダンス作品としては私が期待していた形に近づき、作品も無駄な部分のそぎ落とされたソリッドな形に仕上がってきたわけで、その意味では今回の作品は前回見た時点での不満が見事にクリアーされていたわけで、すべて万々歳という評価になりそうなところなのだ。
 ところが、実際の印象はそういうわけにもいかないものであったところにダンス作品を作るという作業の難しさがある。やはり、作品の印象・面白さは減点法ではないのである。それではどこが不満であったのか。今回の上演を見ての最大のもどかしさは伊丹公演では爆発的な勢いを感じさせられた東野のソロ部分にいまひとつ不完全燃焼の印象があったことだ。
 これはあくまでも私の個人的な印象にすぎないのだが、作品のそこまでの流れのなかで最後の部分にせめてもう一度東野がその能力を全開にして踊りまくるような爆発的なソロシーンがあればと期待したのが、案外スッと終わってしまったところが、今回はあって、終演後の生理的な感覚からすれば言葉は悪いけれど、じらされてじらされて、そのまま寸止めで終わられたようなもの足りなさが残った。
 もうひとつは作品と主題である「ALARM!」との関係性の部分でそれは特に音楽に顕著に反映されていた。つまり、前回の伊丹では「警告」という主題が音楽のところどころにサブリミナルな形で、警告音が挿入されることで、抽象的でありながら、作品全体を色濃く支配していたのが、今回はそれがなくなったので、それぞれの場面をつなぐ基調低音のようなものが抜け落ちてしまい、シーンごとの関係性がいまひとつはっきりしなくなった印象があった。
 実はトヨタアワードでの選考会では携帯電話や目覚まし時計といったわかりやすすぎるビジュアル的な要素で具体的に主題を提示していたということがあって、その種のわかりやすさは見る側の想像力を殺ぐことになるというまったく逆の批判をしたという経緯もあって、
こうなったことを批判するのは若干口幅ったいところもあるのだが、こういう風になってしまったのはこの作品はこれまでいろんな形で再演を繰り返して、変化してきたということがあって、その過程で作り手にとって、作品の主題というのが次第に当然の前提となってしまってきたという誤算が今回はあったのじゃないかと思ったのである。
 もちろん、それでも今回の作品が日本で上演されたダンス作品のなかでかなりレベルの高い部類に入る公演ではあったのは間違いないのだが、BABY-Q=東野祥子はひさびさに登場した世界に通用する大器との思いがあるだけに今回の上演にはやや不満が残ってしまった。