くじら企画「海のホタル -佐賀・長崎連続保険金殺人事件-」

くじら企画「海のホタル- 佐賀・長崎連続保険金殺人事件-」(精華小劇場)を観劇。

 作・演出:大竹野正典 舞台監督:塚本修 舞台美術:武川康治 照明:林鈴美
 音響:大西博樹 小道具:秋月雁 宣伝美術:高岡孝充 制作:番長会議
 精華演劇祭Vol.2参加
 参考文献 佐木隆三「引き裂かれた家族」 作中引用詩 草野心平「オ母サン」
 出演:
 川田陽子 :レイコ
 戎屋海老 :ホカオ(レイコの愛人)
 イシダトウショウ:カツヒコ(レイコの夫) 或いは影
 石川真士 :タナベ(スナックのマスター) 或いは影
 藤井美保 :スズコ(スナックのママ) 或いは影
 後藤小寿枝 :ヨシモト(レイコの知り合い) 或いは影

 大竹野正典による平成事件史シリーズの第2弾。副題にもあるとおりに「海のホタル」は佐賀・長崎連続保険金殺人事件*1に材を取った新作である。第1弾として上演した「夜、ナク、鳥」も看護士らによる保険金連続殺人であったが、今回は保険金のために母親が愛人と共謀して夫と次男を殺すというなんとも陰惨な事件である。
 大竹野はくじら企画の前身である犬の事ム所時代から実際の事件に題材をとった芝居を書き続けてきた。「密会」、「夜を掴む」などが代表作。98年のくじら企画旗揚げ後も「サヨナフ」(ピストル連続射殺事件)、「流浪の手記」(風流夢譚事件)と昭和史に残る事件を取り上げてきたが、同じ事件を取り上げるにしても「夜、ナク、鳥」あたりから少し毛色が変わってきている。
 以前の大竹野作品では結果的に犯罪を起こすことになる主人公は多くは現代社会に対して違和感を感じている人間で多かれ少なかれ、作者である大竹野の分身のような存在であることが多かったのだが、このところ、事件を通じて人間の心の持つ暗闇のようなものに迫ろうという意図が強く感じられることで、その分以前だったらあった遊びのような要素はほとんどなくなって、純粋に事件と対峙することで、犯人の心に潜む謎に迫ろうとしている。
 登場人物は川田陽子演じる主婦レイコ(山口礼子)をはじめ、ほぼ現実に起こった事件の通りの実名で登場し、物語も実際の事件をなぞって展開していく。この事件を最初に新聞紙上で読んだ時に奇妙に思ったのは主婦が愛人である勤め先のバーのなじみ客と共謀して保険金を詐取するために夫を殺した、ここまではよくある話だが、なぜかその後、実の息子を殺して、事件が発覚したということにあった。
 それほど凶悪かつ残忍な犯人なのだといってしまえば、それまでの話だが、いったいどんな人間が単に保険金に欲がくらんだというだけの理由で実の息子を殺すのか。愛人と共謀して、邪魔な夫を殺したというのは分かる。だが、第1の事件(夫殺し)と第2の事件(子殺し)の間には簡単には超えられない深い溝がありはしないか。
 この謎を解くカギはレイコの人間性にある。ファムファタル(魔性の女)とはまったく違うタイプの無作為の悪女を大竹野は山口礼子の影に見出した。この悪女には悪意がない。むしろ、けなげな女性といっていい。けれども、彼女にかかわる人間は皆自ら身をほろぼしていく。
 大竹野の舞台に登場する男たちは決して、鶴屋南北の「四谷怪談」の民谷伊右衛門のような色悪ではない。レイコの夫のカツヒコ(イシダトウショウ)も、愛人となるホカオ(戎屋海老)も、スナックのマスター、タナベ(石川真士)吹けば飛ぶような子悪党。どうしようもないクズのような人間には違いないが、だいそれたことなどできない小心者だ。
 レイコは悪女のように自ら企んで悪をなうことはないが、レイコと出合った男たちは蟻地獄に捕らわれたアリのように滅びへの道を歩む。一人は殺され、一人は殺人者となる。
 ギリシア悲劇のような悲惨な結末にいたる物語だが、芝居の前半部はこの男たちの情けなくもいじましい姿がくじら企画の常連である戎屋海老、石川真士、そして今回初めて出演したイシダトウショウという情けない男を演じさせたら天下一品の役者たちによって演じられていく。この男たちのやりとりは笑えるというよりはあまりにもいじましくて笑ってしまうしかないともいえるが、こうした軽妙といってもいい語り口が後半にいたって、一変していく恐ろしさが「海のホタル」にはあった。
 その恐ろしさを支えているのがレイコを演じる川田陽子の迫真の演技である。情けない男たちはいずれも以前の芝居でも登場していた大竹野の分身的人物ともいえるが、大竹野があえてこの芝居でレイコという謎を持った存在を舞台に上げたのは女優、川田陽子の存在があったからこそであろう。
 
 

*1:事件についての詳しい内容はこちらのサイトを参照のことhttp://gonta13.at.infoseek.co.jp/newpage278.htm