2005年年間ベスト(現代美術)

2005年年間ベスト(現代美術)
1、森山大道荒木経惟「森山・新宿・荒木」(新宿・東京オペラシティアートギャラリー
2、企画展「塩田千春展 -When Mind Mecome Form-」(京都精華大学ギャラリーフロール)
3、「オノデラユキ写真展*1」(国立国際美術館
4、「展覧会の穴*2」(Gallery wks.)
5、宮永愛子「非在の庭 そらみみみそら*3」(アートスペース虹)、「ほつれない糸*4」(neutron)
6、大西伸明「Infinity Gray"memorie"」(studioJ)、「大西伸明collection*5」(ノマルエディション・プロジェクト・スペース)
7、「きのうよりワクワクしてきた。ブリコラージュ・アート・ナウ*6」(国立民族学博物館
8、「横浜トリエンナーレ2005 アートサーカス(日常からの跳躍)*7」(横浜・山下ふ頭)
9、藤本由紀夫「美術館の遠足9/10」(西宮市立大谷記念美術館)
10、「生誕百年 安井仲治」(名古屋市美術館

 森山大道荒木経惟とも写真集は眺めたことはあっても、本格的な個展を見るのは初めてだったせいもあるが、「森山・新宿・荒木」には圧倒された。展示された写真の点数も多くて、それこそいくつかの展示ブースの壁を天井から下の方まで埋め尽くすほどだったこともあり、一度見ただけでは消化しきれずに2度足を運ぶことになった。
 過去の作品群のほかに森山、荒木の双方が同じ日の新宿に足を運び、それこそ朝から晩近くまで写真を取りまくり、その時に撮った写真も展示されていたのだが、同じ時に撮ったとは思えないほど印象が異なるのが面白い。写真を見た時に見ている方がなにを見てるのかということも考えさせられた。
 今年はこのほかにもかなり大規模なスペースで行われた写真展が多かった。おそらく見ていればこのベストのなかに必ず入ったであろう「杉本博司展」はまだ見てないのが残念だが、国立国際美術館の「オノデラユキ展」は写真になにができるのかを考えさせられた点でも刺激的な展示であったし、この人の日本では初めての本格的な個展が関西のみで開催されたというのはちょっとした快挙だったのではないかと思う。もっとも、そういう細かい理屈を抜きにしてもオノデラの写真は抜群にカッコよかった。
 スタイリッシュという意味では、「生誕百年 安井仲治」にも驚かされた。戦前の写真家ではあるが、まったく古びたところがなくて、木村伊兵衛土門拳よりも前の作家とは思えない新鮮さが今見てもこの人の写真からは感じられる。この人がもう少し長生きしていたら日本の写真史が変わっていたかもしれないという評もうなずけるものがあった。
 現代美術にはけっこう笑っちゃうような作品が多いように思うのだけれど、一度そういうレッテル(ネタモノとか、お笑いとか、関西系とか)を貼られると被差別的な境遇に置かれて、なかなかまともには取り扱ってもらえないような雰囲気が現代美術界には感じられる。演劇にしてもダンスにしても、あるいは文学を例にとっても笑いというのは表現において非常に重要な要素で、それだけの主題で批評も書かれていて、例えば文学を例にとればユーモア小説やファルスなどそれだけでもひとつのサブジャンルをなすほどのものであるのにこと美術、特に現代美術においては「笑い系の現代美術」などというものは聞いたことがないし、「ハイアート」はそういう下世話な要素は他のジャンルにまかせて、私たちは孤高の道をいうというような生真面目なところがあるみたいだ、というのがこれまで現代美術を見てきて感じる雰囲気。
 そんなところに一石を投じたのが、木内貴志がキュレーションをしたグループ展「展覧会の穴」。大上段に振りかぶった言い方をすれば「お笑い現代美術」という新たなジャンルを提唱した意欲的な展覧会といっていいかもしれない。本当はこの「展覧会の穴」こそ、今年の美術展示のなかで1位に持っていきたいところだったのだが、そうはできずに4位などという中途半端なところにいれてしまった自分が哀しい。
 実は木内貴志は同じ会場で昨年12月にも「木内貴志展 キウチトリエンナーレ2004 名前と美術」という人を食った名前の個展をしていてそのなかの記帳台に置いてある芳名録に記帳をしてくるだけで、ギャラリーを実際に回ったような気分になれるという「妄想ギャラリー巡り」という作品がむちゃくちゃ面白かったのだが、昨年の年間ベストでは入れ損なっていて(というか、おそらくまだ悟りがえられず、入れる勇気がなかった)のが悔やまれるところなのだが、今年はこれだけじゃなくて「gallerism2005」にも、「画廊の支店」と題して参加ギャラリーの記帳台だけを集めてきて、そこに展示するという作品(?)や参加ギャラリーを実際に回って、ギャラリーで出されるお茶を集めてきてそれをブレンドするという作品(?)を展示していて、それも面白くて思わず笑ってしまったのだが、まさに絶好調というところ。現代美術界ではだれも評価する人がいないとしても、個人的には現在次の展覧会がもっとも楽しみな作家なのである。
 「塩田千春展 -When Mind Mecome Form-」は大学内での展示だったし、この人の展覧会を見たのは初めてだったのであまり期待しないで行ったら、参りました。さすがに前の横浜トリエンナーレに選ばれた作品が話題になっただけのことはあると思いました。ドイツ在住の作家でこの作品にもそういう匂いがただようが、逆に言えば作品の文脈には日本に住んでいる私にはちょっと理解しがたいところもあって、そういう場合はおうおうにして鼻白むことになりがちなものだが、この人のは少し違った。言葉にはしにくいが作品は圧倒的なそこに存在しているというモノとしての力を発散していた。
 宮永愛子、大西伸明はそういう他を圧倒するようなというのとは対極的なさりげなさがよかった。どちらも私にとって今後の展覧会が楽しみな作家で今やっていることも面白いのだが、いったいここからどんな「次」が出てくるのかの期待度という意味でも楽しかった。 
 「きのうよりワクワクしてきた。ブリコラージュ・アート・ナウ」「横浜トリエンナーレ2005 アートサーカス(日常からの跳躍)」「美術館の遠足9/10」には美術作品をただ見るという以上にさわったり、試したりして楽しめるという共通点があり、どれも私を「ワクワクさせた」という意味で取り上げた。なかでも横トリはおそらく賛否両論あるはずで、そのこともよく分かるけれどもとえりあえずこの「ワクワク感」はアートとして貴重なことだと思う。