ポール・アルテ*2「カーテンの陰の死」

 ポール・アルテ「カーテンの陰の死」早川書房)を読了。
 昨年末からこれまで食わず嫌いをしていたポール・アルテの小説を続けて読んでいるのだが、これが「第四の扉」「赤い霧」に続いて3作目となる。 「フランスのディクスン・カー」というのが最初に聞いたうたい文句だったのだが、本人がディクスン・カーが好きだということあるにしても、この人はやはりカーに代表されるような本格ミステリ黄金時代の作家とは明らかに違う持ち味を持った作家であろう。
 その特徴はひとことでいえば擬古典。つまり、カーのような密室トリックや不可能犯罪、クレイトン・ロースンを思わせるような奇術趣味を本格ミステリ好きの読者のためにふんだんに作中に入れ込んではいるが、それらはあくまでガジェット的な使い方であり、ミステリとしてはそういうところに読者の目を引き付けておいて、本筋はあくまでプロットに仕掛けた技巧により勝負している。そこのところがおそらく本格ファンあるいはカーファンにとっては賛否両論分かれるところであろうが、だからこそ面白いともいえる。
 以上に述べたようなことはこの作品においては以前に読んだ2作品よりも解りにくい形で展開されているが、3作品とも「ミステリについてのミステリ」であるところにその真骨頂はある。この作品では作者は意図的に3人(実は4人)のミステリ作家からの本歌取りをやってみせて、この1作品でミステリの歴史を遡ってみせる。本編がはじまる前に3人のミステリ作家への献辞があるのだが、そこで献辞は「ジョン・ディクスン・カーアガサ・クリスティ、S・A・ステーマン、その他すべての人たちに」となっていて、クリスティ、カー、そしてステーマンに捧げられている。前2者についてはいまさら説明する必要もないが、S・A・ステーマンについては若干補足が必要かもしれない。ステーマンはベルギーのミステリ作家で彼の母国ベルギーでは、メグレ警視もので世界的に知られる作家ジョルジュ・シムノンとともにミステリの巨匠として高い評価を得ている。その作風はフランス語圏で書かれたものとしては珍しい本格ミステリといえるもので、日本には以前は何冊かが翻訳されたこともある*1のだが、今はいずれも絶版となって入手困難になっている。
 アルテはこの3人の作家の作風を意識してこの「カーテンの陰の死」に取り入れ、それをまるで入れ子のようにつなげて、この小説のプロットを編み上げてみせる。最初にこの小説のヒロインと目されたマージョリーが殺人とその時には思わなかったことを遠くから目撃する場面から物語ははじまる。この場面、そしてそれに引き続いて、これから犯行を起こす人物がいるからと老婦人が警察に訪ねてくる部分、このあたりは明らかにクリスティを思わせる。この作品は始まり方は以前の2作品とはちょっと違うので意外に思ったのだが、そう考えるとその理由がよく分かるし、やがて、犯人はこの中の誰かであるらしいということが分かるホクストン街18番地のアパートの住人たちを一人づつグランドホテル形式で紹介していくところなどいかにもクリスティのようでだから実はクリスティが好きな私にとってはとても面白く読めたし分かりやすかった。もっとも、冒頭の目撃の場面ではカーの「皇帝のかぎ煙草入れ」を思い出させるようなところがあるから、特定するにはためらいもあるのだが、少なくとも未来の殺人犯について昔住んでいた村での出来事を引き合いに出して老嬢が語る場面などはミス・マープルを下敷きにしたパスティッシュであることは明らかすぎるほど明らかだ。
 そして、事件の犯人はマージョリーの住む下宿の住人であるらしいことが明らかになっていくのだが、この部分は明らかにS・A・ステーマンの「殺人者は21番地に住む」を下敷きにしていると思われる。そして、その下宿で過去に起きたという未解決の密室殺人事件、そして、それと同じ状況でもう一度密室状態で人が殺される不可能犯罪。この部分はもちろんカーを意識しているのは間違いない。
 もっとも、「第四の扉」「赤い霧」でも感じたことだが、密室殺人の解決自体は「ふーん、そうだったの」という程度のネタであって、これだけをメインに長編を書くのはどうなのかと、短編ネタじゃないのと思ったりするのだが、最後まで読み進むとこの作品で作者がやろうとした仕掛けに気がついて「あれま」と驚かされる。詳しいことはネタばれになるから書けないが、この作品の主題は「クリスティ→S・A・ステーマン→カー→X」というプロットの進行にこそあったのだということが分かるからだ。
 

*1:マネキン人形殺人事件」「殺人者は21番地に住む」などは読んだことがある