東野圭吾「容疑者Xの献身」

東野圭吾「容疑者Xの献身」文藝春秋)を読了。

容疑者Xの献身

容疑者Xの献身

 2005年の年間ベストトリプルクラウン直木賞受賞作品。だいぶ以前に買っていたものをやっと読んだのだけれど、期待が大きすぎたせいかまったく予想の範囲内の結末に少し肩透かし。石神の犯行計画偶然に頼りすぎじゃないか。自転車をなぜ盗む必要があったのかに関するところは面白かったけれどももうちょっとひねってほしかった。もっとも、これ以上にプロットならびにトリックが複雑だったら、ミステリのベストはともかく直木賞は難しかったかも(笑い)。
 この小説のなかで一番疑問に感じたのは『P≠NP問題』について「ある問題について、自分で考えて答えを見つけるのと、他から答えを得てその答えが正しいかどうか確認するのとでは、どちらが易しいか」という風にこの小説のなかでパラフレーズしてあり、それが作品中の犯人の行為と密接な関係を持っているのだけれど、それまで私が知っていたのでは
「世の中の問題は、P問題とNP問題の二種類に分けられる。すなわち、一般的解法がある問題(P問題=多項式時間(Ploymonial-time)で解ける問題)と、しらみつぶしに解くしかない問題(NP問題=多項式時間で解けない問題)の二種類存在する」(P≠NP)なのか、「しらみつぶしに解くしかないと思っているのは、まだ誰も解法を見つけてないからであって、どんな問題にも探せば実は一般的解法はある」(P=NP)のか証明という、ことだったのだけれど、これって本当に上のパラフレーズと同じ問題なんだろうか。私にはどうしても違う問題と思えるのだけれどどうなんだろうか。