「愛知曼荼羅 東松照明の原風景」@愛知県美術館

「愛知曼荼羅 東松照明の原風景」愛知県美術館)を見る。
 写真についてはほかのジャンルと比較すると基本的な知識量も経験も不足していて、うまく書くことができないのだが、ここ2年ほどいろんな写真家の写真展に足しげく通うようになってきて、いろんな意味で刺激を受けるアートジャンルになってきている。そういうなかで、少しずつ日本における現代写真を考える時にどうしてもはずせない大きな存在が東松照明ではないかという確信めいたものが、生まれてきたのだが、これまで大規模な個展を見ることができないでいた。
 地元名古屋の出身ということもあってか、愛知県美術館で個展が開かれることを知り、これはぜひ行かなくちゃと思っていたのに今回やっと行くことができた。
 それでどうだったのかということになると、今回の個展のテーマなどは行く前にあまり知らない状態で出かけたので、展示自体は面白くはあったのだが、東松照明という人の作品の全体像ということでいえば実物を間近に見たことで、納得がいったことと謎が深まったことがあった。というのはこの「愛知曼荼羅」と題された展覧会が出展点数は約200点という大規模なものでありながら、「東松照明の原風景」との副題の通りに東松の名古屋時代という初期の作品に絞り込んだものであったからだ。
 東京都写真美術館の開館10周年を記念した企画展示「決定版!写真の歴史展10周年記念特別コレクション展」*1を昨年見た時に、木村伊兵衛土門拳といった東松以前の写真家の作品と森山大道荒木経惟アラーキー)ら現在にまでつながる日本の現代写真の方向性をある時期、決定づけた写真家の作品の間には写真に対するアプローチにおいて決定的な切断点がどこかであったのではないかと感じたのだが、それはおそらく東松照明ではないかという確信めいたものを感じたからだ。
 もっともこのこと自体は写真批評の世界でいろんな人がすでに言及していることでもあり、別にことさら発見として強調すべきことでもないわけだが、文字上でいろんな人が解説しているようなことが本当にそうなのかについて、実際の写真を写真集とかだけではなくて、生の写真を見ることで自分のなかで整理してみたいということもあったわけだ。
 そういう意味では今回の展示はどうだったのか。東松照明といえば「<11時02分>NAKASAKI」に代表される長崎の写真や沖縄の基地に取材した写真が有名なわけだが、今回の写真展では参考出品ということで、長崎の写真は数点展示されていたものの、大部分はそれ以前の写真。いわば、写真家としては修行時代の写真ということもできて、試行錯誤のなかから、自らの独自のスタイルをつかみとっていく、若い写真家の成長を擬似的に追体験できるという面白さはあっても、これだけだと知りたかった写真家、東松照明の全貌は分からないという不満もあった。
 ただ、それでも今回の写真展は見てよかったと思ったのは若い時の作品を数多く見られたことで、しかもそのなかでいろいろアプローチの異なる写真を見ることができたことで、それまでひとりの写真家の作品としては作風が違いすぎたりして、そのそれぞれがもう少し点数を見てみないと東松のなかでのそれぞれの作品の関係性がよく分からず、それでいくつか見たものが、ひとりの作家の作品としてはつながらず「東松照明とはないか」という謎だけが私の眼前にあったのが、もし、今後、写真集や写真展でこの後の作品を見ればそれぞれがどういうことの発展形なのかが、納得できるような形で理解できるんじゃないか。そういう思考のとっかかりとして、貴重な作品を数多く見られたんじゃないかと思ったのである。
 もっとも、もちろんそれだけではなく、実際に展示された作品も面白いものがいくつもあった。まず、印象に残ったのは今回のフライヤーでも使われていた「敗戦の記憶・豊川海軍工廠跡」の連作だ。これは廃墟となった豊川海軍工廠跡すなわち軍需工場の跡地を撮影したものであり、それを通じて失われた戦争の記憶を眼前させるというのが連作の意図ではあろうとは思うが、実際にこの写真から感じられるのはそういう歴史的な経緯を超えた「廃墟の美学」であったり、撮影の対象となるこの場所のオブジェ的なモノとしての面白さだったりする。特にフライヤーで使われた写真などはおそらくこれはトタンの壁にあいた小さな穴から外の光が漏れてくるところを撮ったと思われるのだが、その光がまるで望遠鏡写真で撮った夜空の星のようにも見え、それがそこに写し出されたなにかの機械装置のようなものと一緒になるとなんともいえず美しくもあるのだ。