AURORANOVA FESTIVAL@St Stephen*1

 AURORANOVA FESTIVAL(アウロラノヴァ・フェスティバル)はエジンバラフリンジフェスティバルで唯一、海外から参加の劇団も含めフィジカルシアターとダンスの演目だけを集めて行っているフェスティバル。これまでの年でも複数のカンパニーがFringe FirstやHerald Angel Awards といった優れた公演を対象とした賞を受賞しており、Fringe公演ながら公演内容の水準の高さには定評があり、地元メディアからも注目され高い評価を受けている。 今年は全部で13演目ですべての演目を見ることができたが、この日は朝(11時)から夜中(0時半ぐらい)まで1日中滞在。合計で8本の舞台を見ることができた。

Farm in the Cave-International Theatre Studio *1「Scavi Song of Emigrant」(St Stephen)=チェコ
 AURORANOVA FESTIVALの魅力はこういう日本にいたらおそらく絶対に見ることができない国のカンパニーの作品を見ることができることだ。このFarm in the Cave-International Theatre Studioもそうしたカンパニーのひとつだが、少し見ただけで相当な実力を持つ集団であることが分かる。実はこの公演はScotsman Fringe First 2006 Herald Angel Award 2006 Total Theatre Award 2006とエジンバラフリンジの公演を対象とする3つのAwardsをいずれも獲得。トリプルクラウンに輝いたわけだが、ダンス的なアクロバティックなムーブメントや舞台で生で行われる演奏や歌におけるパフォーマーのレベルの高さは一目瞭然で、こうした賞を受賞したのも納得できる。
 ただ、舞台自体は見ていてもどかしい気持ちが残った。これはあくまでこの舞台がどうかというよりは観客である私との関係性の問題で、どうやらこの作品はSong of Emigrantという副題からも分かるようにスラブ系移民を主題としたもののようなのだが、この作品にはかなり多くの台詞があって、歌もあるから、そこではなんらかのメッセージが当然こめられているとは思うのだが、その意味が全然分からないので、パフォーマンスとしての身体性や歌などで水準の高さは判断できるのだけれど、この作品が具体的に描いているものの内容を観客として見た私が理解できていたかというと、単純に言葉が分からないというだけでなくて、ここで表現されているものと、日本で現代を生きている私の間にはあまりにも大きなギャップがあって、文化的、歴史的な背景が分からないで見て、理解できたという風には言いがたい距離感も感じたのである。
 そしてこれは抽象化された表現(ダンス)であるというよりはフィジカルシアターつまり演劇であり、なんらかの具体的な事実を元にしているという感覚が舞台からは感じとれただけにそれがいかなるものかが分からないことに見ていてすごくフラストレーションを感じてしまった。
Jo Strømgren Kompani*2「THE CONVENT」(St Stephen)=ノルウェー
 
 こちらは逆にパフォーマンス自体はすごく分かりやすくて気楽に楽しむことができる。"Jo Strømgren Kompani (…) is the leading ambassador of Norwegian contemporary dance"などと批評に書かれているので、ダンスカンパニーということみたいだけれど、この作品自体はせりふめいた言葉はあるのだけれど、これはノルウェー語だから分からないのではなくて、「誰にも分からない」言葉をあえて使っているらしい。だから、無言ではないけれど、構成としてはダンスというよりは無言劇に近い。山奥の僧院で暮らす3人の尼僧が登場するコント風の芝居で、そういうスラップスティックなコメディーのようなものだと思えば単純に笑いどころはいっぱいあるし、楽しく笑える。
ただ、これもやはり文化的な背景などを考えるとよく分からないところがある。もっとも気になるのはノルウェーといえばおそらくキリスト教といってもここに登場するような尼僧がでてくるようなカソリックではないと思われるので、「これはカソリック批判?」と思ったりもしたのだが、なぜ尼僧なのかというのも含めて、モンティ・パイソンなんかに出てくるようなコントとはちょっと違う感じがするけれど、宗教的なものを揶揄してるのは間違いなさそうでも、どこまでがそうなのか。あるいは結局これはナイロン100℃がそうであるような単なるナンセンスなのかというのがよく分からないのだ。
Cie Didier Theron*3「En Forme」(St Stephen)=フランス

 フランス・モンペリエに本拠を置くディディエ・テロン(Didier Theron)の振付作品。AURORANOVA FESTIVALの上演作品のうちこの作品だけは2004年に「カフカ 断章」の表題で静岡の演劇祭で上演されたことがあるのだが、その時は見ることができなかったので、初めてこの作品を見ることができた。
 舞台上には4つの家具(ベッド、マット、椅子、ソファ)が置かれていて、舞台が一度暗転した後、明転するとそれぞれの家具のところにひとりづつのパフォーマー(3人の男性ダンサーと1人の女性ダンサー)がスタンバイしているところから、このパフォーマンスははじまる。
 最初のうちはパフォーマーはほとんど動かないあるいは非常にゆっくりとした動きをしているのだが、それがしだいに大きな動きとなってきて、最初のうちはそれぞれ個別に動いていたのが、動きが大きくなるにつれて、接近したりついにはコンタクトしたりとそれぞれに関係をもちはじめる。
 邦題を「カフカ断章」としたようにこの「En Forme」という作品はいくつかのカフカの短編からインスパイアーされたイメージを基に振付けられた作品だが、そこにはナラティブ(物語)の要素はいっさいなく、断片的なイメージをコラージュするように作品は構成されている。作品の最後の部分でもモーツァルトの音楽が使われるが、パフォーマンスのほとんどは無音の状態で進行し、家具の存在は空間配置上は重要なものではあるけれど、家具というリアルなものというよりは意味性を剥ぎ取られた一種の「モノ」としてそこに配置され、そういうなかで言葉などはいっさい用いられずにダンサーの動きのみでこの作品は構築されている。 
Derevo「KETZAL」*4(St Stephen)=ロシア
 Derevoはロシア出身でドイツのドレスデンを拠点として活動をしているダンスカンパニー。このAURORANOVA FESTIVALには毎年のように参加していていわば常連のような存在になっている。実は来日もしていて2004年には京都造形芸術大学の春秋座で「島々(ISLANDS)」という作品を上演していて、この時には見ることはできなかったが、同じ作品をAURORANOVA FESTIVALで見たことがある。その時の作品はマイムの要素が強い作品であったが、今回の「KETZAL」にはややとまどった。というのはおそらく、このカンパニーの振付家はビジュアルイメージにおいて舞踏の影響を強く受けていることがうかがえ、なかんずく、この作品のなかに登場する異形のもののイメージは衣装といい、スキンヘッド、白塗りのメイクといい舞踏のなかでもとりわけ白虎社を彷彿とさせるのだが、舞台上のダンサーは明らかに舞踏というよりはクラシックバレエなどの基礎を持つと思われるために、舞踏に幾分か慣れ親しんだ日本人の目から見ると、変てこな「ニセモノ舞踏」に見えてしまって、積極的な評価をしようという気になれないからだ。
 このカンパニーのこういう側面はエキゾチズムとして現地では好意的にプラス方向で捉えられるためか批評家の評価も高いようで、fringeでは毎年のようになんらかのアワードを受賞しているし、今年はそのコンスタントで継続的な活動が評価されて、Herald Arch Angel Award を受賞したのだが、舞踏を知る日本人としてはちょっと微妙なのである。もっとも、このカンパニーあるいは振付家が自らの作品を舞踏だとしているわけではないので、日本で生まれた舞踏という表現がここまで国際的になって舞踏以外のアーティストにもビジュアルプレゼンテーションとして影響を与えるようになったんだということを素直に喜べばいいのかもしれないのだが、なぜそれができないのかということについて自問自答しているところである。 
Cocoon Dance*5「Lovers and Other Stranger」*6(St Stephen)=ドイツ
Viviana Escale, Volkhard Samuel Guist という2人の若いダンサー・パフォーマーによるデュオ作品である。1組の男女の暴力的な葛藤、せめぎ合いを作品化したもの。といえばDANCEBASEで見たThe X Factor Dance Companyの「Certain Shadows on the Wall」に近いモチーフともいえるのだが、国が違うとこうまで表現形態が違うというのが面白い。その動きはThe X Factor Dance Companyのように荒々しいながらも、コントロールされた動きとしてダンス的なフォルムに落とし込んでいくというものではなく、舞台上に敷かれた紙の上、あるいはあるときにはその下にももぐりこんで逃げ回る女性の手や足をつかんで暴力的に引きずりまわすなどより直裁的。
 最初は2人が点取りゲームに興じているような場面からはじまるのだが、それがしだいに互いに相手を支配しようというようなせめぎ合いに変化し、そのパワーゲームはさらに相手の身体への直接的な暴力へと姿を変えていく。ダンスの技法としてはコンタクトインプロビゼーションが多用されるのだが、そこにかかわるダンサーのコミュニケーション・親和性を強調することが多いコンタクトインプロとは違って、ここでは繰り返し繰り返し、触る(コンタクトする)ことの暴力性が強調されるのが大きな特徴。そういう意味ではムーブメントはまったく異なるがこの作品は明らかにピナ・バウシュの作品の延長線上にあるということがいえるかもしれない。
 
Echo Echo Dance Theatre*7「RESONANCE」(St Stephen)=アイルランド
João Garcia Miguel 「SPECIAL NOTHING」*8(St Stephen)=ポルトガル
ダンス&フィジカルシアターのAURORANOVA FESTIVALではあるがこの「SPECIAL NOTHING」は映像などを多用しているもののほぼ演劇といっていい公演であった。ポルトガルの劇団ではあるけれど全編英語の台詞を使用している
アンディ・ウォーホルの自伝をテキストにしたほぼひとり芝居*9。もっとも、ウォーホルを演じている俳優は元ポルトガル人の振付家、ルイ・ホルタのカンパニーでダンサーをしていた経歴があり、映像も単に作りこんだ映像だけではなく、公演の前に演出家が公演がはじまるのを待っている観客に話しかけて、そこでビデオで観客の顔を撮影したものをそのままその後の舞台で使用するなどドキュメンタリズムの手法を取り入れており、舞台装置として舞台奥に配置されている白い柱のようなものに映像が全面に映りこんで、ウォーホルの日記から引用されたと思われる断片的なモノローグを時には叫び声などを交えながら演ずるそのありさまは身体表現の側面も強い。
Darren Johnston「Oetre」(St Stephen)=イングランド