大槻能楽堂*1自主公演能「俊寛」@大槻能楽堂

大槻能楽堂自主公演能「俊寛」大槻能楽堂)を観劇。

狂言「呼声」茂山あきら
○能「俊寛」泉泰孝

 狂言「呼声」は普通に面白かった。居留守を使う太郎冠者を主人と次郎冠者がいろんな声色を使って呼び出すというそれだけのものなのだが、やはり芸の力というのはあると思った。
 「俊寛」*1は歌舞伎のものは何度も見たことがあったが、能の「俊寛」を見るのは初めてである。薪能などは見たことがあったが、これまで能の舞台を本格的に見る機会はあまりなかったので、今年に入って「隅田川」「采女」の2本を見た。それでその2本を見て、能は舞い(舞踊)であり、音楽劇だと思ったのだが、この「俊寛」は少し違う。より演劇的なところに、つまり俊寛の心情をわずかな動きのなかにどう表現するのかに主眼が置かれていると思った。これはひょっとするとこの3本のなかで「俊寛」だけが、亡霊のでてこないいわゆる「現在能」だからなのかもしれない。
 「俊寛」がそうなのか、あるいはこの日演じた泉泰孝がそう演じたのかというのは複数の人の上演を見てみないとはっきり分からないのだが、この舞台では地謡では確かに謡うのだが、シテの俊寛のせりふはほとんど謡わない。抑揚を抑えた「語り」のような調子であり、それは全体としてものすごく抑制されたものに感じられた。能の表現が興味深いのはラストのひとり取り残させる俊寛が嘆き悲しむところなど歌舞伎であればここぞとばかり表情も豊かに大熱演するようなところを袖を顔の下のおき、途中でそれをほんの少し上げてみせるとか、能面の顔の角度を少しだけうつむき加減にするといったミニマルとも思われるような最小限の表現で*2、演じてみせる*3ことだ。
 能の「俊寛」が興味深いのはこの能のなかでは鬼界島に流された3人(俊寛、成経、康頼)のうちの俊寛だけが許されず島に取り残されることになるのだが、もともとこの3人が遠流となった「鹿ケ谷の陰謀」のこともいっさい触れられず、そして3人のうちの俊寛だけがなぜ許されなかったのかというのがまったく示されていないことだ。作劇としてはそういういう具体的な理由が分からず、俊寛だけが残させるとしたことで、許されぬことへの不条理感がいっそう増し、悲劇性が露わになるという効果は確かに出ているとは思われるのだが、歌舞伎が能の台本を大きく改変し、能には登場しない千鳥という女性を登場させて、登場人物のひとりである青年と恋仲の彼女がとり残されそうになるのに対し、俊寛がわざと赦免使のうちのひとりを切り捨てて罪をえて、自分だけが残るように仕向けるという風に改変したことにはひとつには歌舞伎であるから恋愛を絡ませることで女形の役者に活躍の場を与えるという理由もあったとは思うが、それ以上に俊寛だけが許されないという不条理に対して、なにか分かりやすい理由が必要と判断したのではないかと思う。
 この能の俊寛の元の素材は平家物語からとられているようなのだが、それでは平家物語ではどうなっていたのかというと、
 
 鬼海が島に流された成経、康頼、俊寛の3人は、教盛から送られる衣食で命をつないでいた。配流の途次、周防室積で出家した康頼は、成経とともに島内に熊野権現を勧請したが、不信心の俊寛だけは参加しなかった。康頼は祝詞を作って帰京の願いのかなえられることを祈った。

 祈願を続ける康頼と成親は都に帰ることができるという夢告を二度得た。康頼が千本の卒都婆に和歌を書いて海に流したところ、そのうちの一本が厳島に漂着した。たまたま康頼の知り合いの僧がこれを見つけ、都に伝えられて法皇ばかりでなく清盛をも感動させた。
 
 ということになるのだが、この話は明らかに俊寛だけを悪者にしようという意図がみえみえで「千本の卒都婆に和歌を書いて海に流したところ、そのうちの一本が厳島に漂着した」という話など史実としてはあまりにうそくさい。もともと、「俊寛」を主人公にしてこの能を構想した時点で「俊寛が不信心の悪者」では都合が悪いので、この説はとらなかったということもあろうが、俊寛は許されなかったという史実だけは知られていても、ここのところは謎だったのではないだろうか。後に芥川龍之介が新解釈で「俊寛」*4を書いたことにもここの歴史の謎というのがあったのではないかと考えた芥川の直感の鋭さゆえではないかと思う。

*1:http://www.noh-kyogen.com/story/sa/syunkan.html

*2:もちろん、仮面劇であるから普通の意味での表情はないのだが

*3:どうやら、能でもここのところは大きく分けるとこういう抑制的な表現をするのともう少し分かりやすく、大げさに嘆いてみせるのと2種類の演出があるみたいである

*4:芥川龍之介「俊寛」http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/159_15201.html