「グエムル 漢江の怪物」@シネフェスタ

グエムル 漢江の怪物」(シネフェスタ)を観劇。
 「紙屋悦子の青春」「時をかける少女」「フラガール」「日本以外全部沈没」……と見たい映画がいっぱいあるのだけれど全然見られない。そういうなかで、盗作疑惑などいろいろネット上で問題になっていて、ある意味話題の韓国映画グエムル 漢江の怪物」をレイトショーで見ることにした。
 結論からいえばけっこう楽しめたのだけれど、どう考えてもこれB級映画だよなあ(笑い)。よくも悪くもつっこみどころ満載だし。しかし、怪物のデザインなど似ているところがないではないけれど、アニメ映画「WXIII 機動警察パトレイバー」の盗作だというのはいいすぎだろう。ネットで誰かかが指摘したということになってるようだけれど、そもそもパンフレットで、映像クリエータの大口孝之って人が「グムエル的な怪物は、まったく作られたことがないわけではない」とした後で、「例えば「WXIII 機動警察パトレイバー」に登場した怪物には、かなり似た雰囲気を感じる」って指摘しちゃってるし、デザイン自体が酷似しているわけじゃないけれど怪物デザインをニュージーランドのWETAワークショップというハリウッド映画のSFXを手掛けている事務所に丸投げしちゃっているのだから、要はデザインのオリジナリティーがそれほどでもないってだけで、そのせいかこの映画のCG見てまず思い出したのは「パトレイバー」より米国版の「ゴジラ」の方だった。
 ただ、盗作ってのはいいすぎで、これが盗作っていうのなら、作者は意図的にイメージを流用(引用)してたと思うけれど、パトレイバーに登場する黒いレイバー「グリフォン」だって、鉄人28号のブラック・オックスと鉄腕アトムプルートーからの盗作だってことになりかねないわけだけれど、それは違うでしょ。
 さらに言えばこれは怪物は登場するけれど、日本でいうような怪獣映画ではない。そもそも、怪物対一家族という設定が無理があるせいで、プロット的にいろいろ不自然なところが出てきてしまっているのだけれど、設定に関していえば一番の不自然は一家族の物語というのを前面に出してきた時点で、怪物を例えば日本版「ゴジラ」のように通常兵器による攻撃がきかないような不可侵な存在とはしないで、そこそこ大きいのは大きいけれど人間が素手(というか武器は使うが)で倒せる程度の大きさかつ突然変異による生物としていることで、そのためウィルスの脅威などということを持ち出して、軍隊が攻撃するのが難しいなどという設定にしているのだけれど、あの大きさであの程度のものだったら、あんな風に都会の真ん中でうろうろさせていないで、少し大きめの網かなんかで捕獲することは簡単でしょ。というかまず麻酔かなにかで動きを止めて、捕獲しようと考えるのが普通でそうしないで放置してるのが非常に不自然。そういう点では「WXIII 機動警察パトレイバー」の方がまだ怪物は通常の攻撃で破壊すると破壊された細胞がそれぞれ複製されるので銃弾などを使った通常の攻撃は不可能。そこでロボットを使った警察(パトレイバー)の出番となる、というディティールの設定が考え抜かれていたと思う。
 なんでこういうことになるのかというと、この映画は怪物は出てくるけれど、プロット自体が「ジョーズ」みたいに普通の人間が知恵を生かして危機に立ち向かうというパニック映画的な文脈で発想されているからではないか。そして、パニック映画的な文脈でのノンストップムービーとしては楽しめるし、よくできているので、退屈はしないで楽しめたわけだ。
 それ以外では韓国的な文脈で米国批判をやるとこんな風になるのか、というところで面白いところはあった。米軍が結局見つからなかったウィルスを責任転嫁のために捏造しようとするところなど明らかに「大量破壊兵器はなかった」への皮肉だとしか考えられないからなあ。それにしても不可解なのは韓国のマスコミで、日本の一部ネットワーカーから盗作だと批判されたことを報道するのはいいにしても、一部論調にそういうのを煽る人たちがいるのは知らないわけじゃないけれど、すべてを「嫌韓流」のせいにしたり、「韓国の素晴らしい文化にけちをつけるのは日本人の嫉妬心だ」などと新聞が書いたりするのはどうなんだろう。