マレビトの会「アウトダフェ」 @アイホール

マレビトの会「アウトダフェ」 アイホール)を観劇。

まずは松田正隆小論
松田正隆という劇作家はなぜだか私に「火山」を連想させる。ロビーで見かける堂々たる躯体やどことなく茫洋とした雰囲気が「山のようだ」、と感じるということもあるけれど、もちろんそれだけではない。最初に私の前に姿を現した松田の劇世界は例えていえば富士山のように日本の均衡美を体現していた。
 時空劇場における長崎三部作「紙屋悦子の青春」「坂の上の家」「海と日傘」においてすでに松田の描く世界観は若い作家に似合わぬ「日本の古典」とでも呼びたくなるほどのある種完成された美意識を達成しており、それがどのようなものであったかは最近、黒木和夫監督によって映画化された「紙屋悦子の青春*1からも十分にうかがい知ることができるのだが、その一見日常的な描写の連鎖のなかで、淡々と提示される人々の生活を描いたかのような作風の背後に実際には人間がどうしようもなく、抱え込んでしまう心の闇、静かな狂気の部分を描きこんでいたのが、松田の現代性であり、普遍性でもあった。
 実は当時、「静かな演劇」とも呼ばれていた90年代半ばに輩出した「関係性の演劇」の劇作家のうち何人かに対して、同じ質問をぶつけたことがある。それは「あなたが影響を受けた思想はなんですか」というものだったのだが、それはなぜこの時期にこの種の演劇が大挙してでてきたのかに対しての、作り手の側の思想的バックボーンを探りたいという思いがあったからだ。これに対して、平田オリザ青年団)は「現象論」と答え、長谷川孝治弘前劇場)は「構造主義」と答えた。この答えはそれぞれの作品と考え合わせた時にいろいろ思い当たることもあり、興味深かった*2のだが、当時は少し意外だったのは松田の答えでそれは「実存主義」というものだった。
 90年代半ばにおいてともに「関係性の演劇」における旗手的な存在と見なされていた平田オリザ松田正隆は松田が自らの劇団「時空劇場」を解散、劇作家宣言をして以降、松田が戯曲、平田が演出を担当しての共同作業を開始。ここで「月の岬」「夏の砂の上」「雲母坂」「天の煙」と4作品が上演されることになるのだが、この共同作業を通じて、私が思想についての質問をした時にそれぞれが答えた立脚点の違い、それがこの2人の作家の資質の違いでもあるわけだが、そのことが何度もの作業を進めることで、次第に露わなものとして、立ち現れてきたのは運命の皮肉を感じさせる。
 こういう言い方をすれば現代思想の専門家から、反論を受けそうだが、思想とはその言説によって世界を切り取る道具であって、いかなる思想にもその切り取る対象とする世界をどこに置くかということにおいて、自ずから限界がある。それは演劇という道具も同じで、やはり世界を切り取る道具として演劇が存在するとして、当然、思想にも演劇にもその行為としては「世界そのものすべてをまるのまま全体として切り取りたい」という尽きせぬ欲望が内包されているのだが、それはおそらく本質的には神ならぬ人間には不可能なことだと考えるからだ。
 平田オリザは90年代に「現代口語演劇」という強力なツールを提唱することにより、日本現代演劇の寵児に躍りでたが、松田との共同作業が平田の仕事として興味深かったのは、松田が提供する世界観がその方法論が本来想定した範囲をはみ出していたことで、逆に平田が自ら執筆した戯曲においては現前化しなかった、その方法論が描きうる世界の限界をあぶりだしたことにあるかもしれない。
 これはなにも平田批判ということではなくて、いかなる方法論にもその方法論によって取り扱える対象の限界(科学の用語でいえば境界条件のようなもの)があるということにすぎないのだが、「月の岬」は松田=平田コンビによる現代演劇のひとつの到達点を提示した傑作でありながら、それと同時に私にとっては理解の困難な謎を内包した*3作品でもあった。
 それは実はこの作品は表面的に提示される日常的な関係性の裏側にそうした一義的な関係性だけには還元できない、神話的な構造を含んでいて、それは舞台では明示されない。少なくとも、通常の平田の方法論では不可視となってしまう部分にその本当の主題が置かれていたからだ。冒頭で挙げた「火山」の比喩に戻ると、松田の劇世界は休火山である富士ではなく、現在は表面からは見えないが、地下の奥底ではマグマの活動を胎動するような異物を抱え込んでいるということが、この「月の岬」では暗示的に示されたが、そのマグマがついに雲仙普賢岳火砕流を思わせるように噴出したのが当時問題作といわれた「雲母坂」であった。
 前半部分が長崎方言を多用した会話劇として展開されるこの芝居は後半に登場人物がその故郷である島に移動するにいたって、隠れキリシタンを思わせるその島の宗教やその迫害の歴史、そこで引き起こされる戦争とあたかも臨界点に達した反応のごとくに奔放な神話的、寓話的なイメージがもはや隠されたものではなく、表舞台で大々的に展開することで、この予想外の展開に思わず唖然とさせられた。
 ただ、この「雲母坂」の後半部分とそれに引き続く「天の煙」を見てみると、平田が自分が持つあらゆる手管を総動員して、なんとか暴れ馬を飼いならそうとするような頑張りは評価に値すると思うものの、もはや演出的方法論と戯曲の方向性に乖離は隠すべくもなく、露わなものとなっていて、舞台作品としては破綻していたと見ざるをえない。
 もちろん、それは平田だけのことではなくて、この時期外部に書き下ろした松田戯曲作品の上演はいくつもの作品を見た限りでは平田以上の混乱をきたしていることが多く、そのことは松田が時空劇場の解散によって、一度は放擲した演出にマレビトの会という劇団を結成されてまで再び取り組む決断をさせたことと無関係ではありえないであろう。 
 ちょっとした松田正隆論めいたものになってしまった長い前置きになってしまったが、ここでやっとマレビトの会「アウトダフェ」について語る準備ができた。こんなことをわざわざ書いたのは一見、「紙屋悦子の青春」や東京で最近坂手洋二の主演で上演された「蝶のような私の郷愁」のような初期の松田の傑作群からは一万光年も離れたようなところにいるように見えるマレビトの会の松田作品だが、最近の作品における作風の変化があまり知られていなかったり、逆に「松田正隆はどうしちゃったのか」「太田省吾の悪い影響じゃないか」などの声を漏れ聞く、東京での反応に対して、この「アウトダフェ」については12月にはシアタートラムでの東京公演も予定されていることから、この大きな作風の変化にはそれなりの内的必然性はあったのだということを作品について具体的に触れる前に不十分ながら、言及しておきたかったからだ。
「アウトダフェ」について 
 表題の「アウトダフェ」とは火あぶりの刑の意。テレビの取材によりチェルノブイリに行った松田正隆がそこで感じたことを元に作品化したものということだが、直接のきっかけはどうだったとしてもこの作品に登場する問題群(「原爆」「チェルノブイリ」「歴史の記憶」「手紙」「灰」「死者の声」「天皇」「キリスト教」「原罪」「ジェノサイト」……)の想起させるイメージは松田がこれまでの作品でも何度も反復してきたものだ。
 舞台の中央には石切り場を思わせるような巨大な穴がぽっかりと口をあけている。そして、その上にはちょうど穴から切り出されたような形の巨大な石があたかも中空に浮かぶかのように天井から吊るされていて、その奥にはなにか出土品を思わせるようなガラクタが山積みされている。奥村泰彦の手によるこの舞台美術がまず印象的である。
 上演終了後に購入した戯曲のト書きによればこの巨大な穴は「記憶の穴」で、そこにトランクを提げた男が現れるところから舞台ははじまる。「アウトダフェ」に登場するイメージならびにテキストは断片的なものの連鎖として提示され、そこにはナラティブ(物語)の構造は非常に希薄である。ビジュアルイメージひとつをとってみても、記憶の残骸を掘り出すというのはボルタンスキーの美術作品を想起させるところがあるし、身体表現の部分ではタデウシュ・カントールの「死の教室」を彷彿とさせるところがあるのだが、ここでは単純な模倣というよりは先行例としてこうしたイメージを意図的に盗用して、作品中にコラージュすることで、それが喚起するイメージを活用するという確信犯的な手付きが感じられ、事実それがこの作品に重層的な深みをもたらすことに成功している。
 マレビトの会以降の松田はしだいに演劇の持つナラティブから離れていき、イメージのコラージュによる表現への志向性を見せはじめてはいたが、「アウトダフェ」では残滓として残っていたナラティブもほとんど放擲してしまい、言葉と身体表現が響い合う空間に向かって飛翔し、いわゆる「演劇」というよりはもはやパフォーマンスに近い表現領域にまで踏み込んできている。そこには「記憶の穴」からありえたかもしれない過去、そして未来の記憶を掘り出している人々というイメージの枠組みはあるけれど、特定されない「私」としてではあるけれど、それでもかろうじて個人の物語の側面も含んでいた前作「パライゾ・ノート」には残っていた物語はもはやなく、集団としての身体表現や松田によって捏造された虚構の歴史のような言語テキストが個人を超えた集団の「語り」として立ち現れ、そして消えてゆく。
 この伊丹での初演を見た限りにおいてはそれゆえの問題点もマレビトの会には浮かび上がってきたようだ。それはいくつかの台詞回し、あるいは身体表現において、残念ながら松田がここに提示したテキストの表出すべきイメージを体現すべき俳優(パフォーマー)がそれを実現しきっていない、という印象を受けざるをえなかったからだ。
 おそらく、この方法論においてそれを可能とするためにはこの種の松田のテキスト(の特殊性)に拮抗しうる俳優が必要で、それが可能になってきた時にマレビトの会(松田正隆)は先ほど言及したタデウシュ・カントールら演劇界の世界の巨人たちと並びあうような世界演劇として屹立することができる。そういう予感をこの舞台からは感じさせられた。もっとも、それは例えば「語り」「身体表現」において優れた俳優を持ってくれば成立するというようなものではなく、そういう既存の技術を超えた「マレビトの会」ならではの「語り」「身体表現」のスキルを集団として、ともに試行錯誤を通じて獲得していくことが必要で、それは簡単なことではないし、相当な時間がかかるはずだ。
 未踏の領域には未踏の試行錯誤が必要だが、それは演劇における先人たち(例えば維新派の松本雄吉、転形劇場の太田省吾、さらに言うならばウィリアム・フォーサイスピナ・バウシュも)が通過してきた道でもある。
 しかし、今回の作品「アウトダフェ」を通じて、少なくとも将来においてありうるかもしれない演劇における未踏の領域を予感させたという意味で、この作品は松田の新たなるメルクマールとなった舞台であることは間違いない。その挑戦はますます刺激的で今後も目が離せないのである。
  
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*1:http://d.hatena.ne.jp/simokitazawa/20060911

*2:もちろん、これはあくまでも自己規定であるし、質問する側としてもどのように作家がこたえるのかというある種ゲーム的な興味を含んだコンテキストでしているので、それによって本質を完全に規定しようという気はいっさいない

*3:参考までに当時執筆した「月の岬」のレビューhttp://d.hatena.ne.jp/simokitazawa/00000023を掲載しておく