ロヲ=タァル=ヴォガ「漆黒の風に記名せよ」 @京都UrBANGUILD

ロヲ=タァル=ヴォガ「漆黒の風に記名せよ」 (京都UrBANGUILD)を観劇。

 今年1月の本公演「Ato-saki」*1以来ひさびさのロヲ=タァル=ヴォガの公演。会場が狭かったせいもあってか、今回は集団での演技や群舞などのパフォーマンスがあまりなく、台詞劇的な要素が強かった。仕事の関係で会場に着くのが遅れて、冒頭の部分を見られなかったのと最後方からの観劇になってしまったので、演技におけるパフォーマーの表情などディティールが非常に見にくかったのを勘定にいれなければいけないが、こういう台詞劇的な部分だけを切り離してみせられるとこの集団の弱点、前回公演のレビューでも指摘した戯曲においての詰めの甘さが露わに感じられた。やはり、ここにこの集団の最大の課題があると思われた。
 この舞台で感じたもっとも露わな欠点は草壁カゲロヲ演じる科学者、K教授というのが登場して、自分の研究について語るのであるが、その研究内容のディティールにまったくリアリティーが感じられないことだ。要するに戯曲の嘘のつき方が下手なのである。映画「プレデター」や「攻殻機動隊」に登場することでも知られる光学迷彩*2がその研究テーマだということになっているようなのだが、実際に実現不可能であることは度外視しても、フィクションのなかでその研究が実現可能で実用価値もあるという風に見せかけるにはこの舞台でやったように単に教授が黒板の上に数式のようなものを書き付けるというだけではなくて、それなりのもっともらしい理屈が必要なのではないか。SF*3ファンのいちゃもんと決め付けられても仕方はないところもあるが、ここで重要なのは別に光学迷彩という研究テーマそのものではなくて、このK教授という人が単なる怪しい男というわけではなくて、例えマッドサイエンテストの匂いは感じられるとしても主人公の男が弟子になるにたる人だということが説得性があればいいのだから、そのための最低限の努力を戯曲のなかでするべきではなかっただろうかと思ってしまった。
 そのためには夢の話だとしても主人公が映画「プレデター」を見たというようなエピソードを戯曲中に挿入するのはまったくの逆効果。光学迷彩を実際に研究している研究者がいるとしても、こんな風に映画を見ないと思う。
 そのほかの部分でも科学的な記述についてK教授が語る部分の語り口のディティールが科学者らしくない。草壁カゲロヲがどう見ても科学者のようには見えない(笑い)というのは置いておくとしても、そもそもこの舞台の主題につながる宇宙論の部分とK教授の実際の研究テーマである光学迷彩に距離がありすぎるのが大きな問題で、なぜ光学迷彩などという研究主題を突然持ち込んだのかが理解に苦しむのだ。
 そもそも「光学迷彩」などと書くと一見もっともらしいが、要するにこれは「透明人間」と同じことなので、その意味では物理現象としての「光学迷彩」は否定しながらも、心理的忌諱を論拠にして「心理的透明人間」の話を書いてみせた清水義範の小説などを読んで、嘘はどうつくともっともらしいのかを勉強してほしい、と思った(笑い)。
 この舞台を見て普通に考える限りは「漆黒の風」というのは太陽風(つまり太陽フレア)のことではないかと解釈したのだが、もしそうだとするのならばK教授の研究テーマも「光学迷彩」とかではなくて、「太陽風」自体か「太陽風推進エンジン」の研究などとするのが自然の流れと思われるのだが……。
 さらに言えばやはり夢のイメージとしてだが、主人公の見る夢になんの脈絡もなく、バルセロナアーセナルによるチャンピオンズ・リーグ決勝がでてきたのも理解不可能。まさか、戯曲をちょうど書いてて詰まってきた時期にたまたまテレビで放映されていたその試合を見たからなどという理由ではないということは信じたいが、それもありそうなのが怖いところだ(笑い)。
 一方では主人公の役に抜擢されたハ・スジョンをはじめどちらかというと経験の薄さが前回公演では気になった劇団メンバーの演技面での進歩が着実に感じられたのは来年1月に全12ステージというロングランで予定されている本公演に向けては期待を感じさせるところがあった。舞台のアイデアも少し聞いたが、それがどこまで実際に実現できるのかに若干の不安はあるものの面白そうな期待は膨らむ内容で、今回はあまりなかったパフォーマンス的な部分も次回の本公演では今回よりは大幅に増えるということなので、そこでの期待も膨らむ。ただ、それだけにやはり脚本をどれだけ早く完成させ、どの程度練るための時間がとれるかが最大の課題となりそう。期待はしているので、頑張ってほしいのだが。  
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*1:http://d.hatena.ne.jp/simokitazawa/20060108

*2:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%89%E5%AD%A6%E8%BF%B7%E5%BD%A9

*3:文学史的に見るともっともらしく嘘をつく第一人者がエドガー・アラン・ポーでポーがSFのそしてミステリの創始者だというのは端的にいってそういうことなわけだ。つまり、どちらのジャンルも出来不出来はいかにうまく嘘をつくかってことにかかっている。ポーの時代にはもちろんどちらのジャンルも存在しないのでポーが書いたのは「嘘つき小説」というのが私の持論。そして、ホラー小説を含め、その鍵を握ったのが文学への科学的(当時は博物学的)記述の導入である.日本における第一人者は芥川龍之介だと思うが、芥川の場合はポーの科学に相当するのが、日本の古典や漢籍に関する博覧強記な知識で、あまりにももっともらしいのでどの部分に原典があり、どの部分が捏造かは容易には区別できない