そとばこまち「キャビア・ウーマン」@ワッハ上方ホール

そとばこまち「キャビア・ウーマン」(ワッハ上方ホール)を観劇。

結婚詐欺に遭い、居酒屋で酔いつぶれている主人公、鈴木正直(古澤直人)。そこへ現れた天王寺誠(上海太郎)と名乗る男。天王寺は詐欺で奪われた金を詐欺で取り返さないかと持ちかける。天王寺は通称『ダルマ』として警察にマークされている詐欺のプロフェッショナル。天王寺は表向き、心理演出アドバイザーとして塾を経営していた。しかしその実態は、詐欺のテクニックを指南する組織だった。正直はその塾に入門し、様々な詐欺レッスンをクリアしていく。そんな中、天王寺の教え子である美輪(後藤英樹)が出所。自分の仕掛ける詐欺は芸術だと豪語する天王寺は、過去に美輪の手段を選ばぬやり方を良しとはせず、美輪を嵌めたのだった。天王寺に復讐を企てる美輪、天王寺を追う警察、そして進められる正直の詐欺計画…。騙し騙され、追い追われ、最後に笑うのは誰なのか?

 そとばこまち「キャビア・ウーマン」初日を見てきた。劇団創立30周年記念公演(第3弾)ということでかつての座長、上海太郎が客演、というのが今回の最大の話題だが、その上海太郎は客演どころかほとんど主演に近いような獅子奮迅の活躍ぶりを見せた。なんといっても18年ぶりの古巣そとばこまちへの出演、しかもこれもいつ以来か分からないほどぶりのせりふ芝居。もともと、そとばこまち時代にせりふを覚えるのが苦手でそれで退団した後、台詞のない芝居をやる上海太郎舞踏公司をはじめたっていうのは有名な話ですが、今回はそれこそ尋常ではない台詞の分量。それでも一度か、二度微妙に噛んではいたものの頑張っていたと思う(笑い)。
 前半から中盤にかけてはそれこそほとんどひとり芝居のようにいろいろなことを次々とやって楽しませてくれるのだが(笑い)、まるで本人にあてがきしたような芝居だ、と終演後、本人にいったら「芝居をなんとか面白くしようと、いろいろアイデアを出したり、これをやりたいけどどうかなどと稽古場で提案したら、出番も台詞の量もどんどん増えてきて大変なことに」というのが本人の弁。今回も犯罪者役=詐欺師の役ということで次回(12月)のひとり芝居と重なるところがあるかも。「初日はもう自分のことだけで必死だった」という上海氏だったが、「せりふがなくて、動きだけだとどんなに楽かと思えたから、それは収穫」とも(笑い)。
 残念だったのは客席が半分くらいしか埋まってなかったことで、上海ファンの人だったらいろいろ面白いものが見られる貴重な機会なのでぜひ劇場(なんば・ワッハ上方ホール)に駆けつけてみてほしい。
 上海太郎以外にも日替わりのOBゲスト出演があるのだが、 初日は曽木亜古屋(料亭の女将の役をやっていました)。ねらい目は11日の5時からの回で、川下大洋、石原正一、藤原考一とかつての看板役者が顔をそろえる。(石原正一と上海太郎は入れ違いのはずなのでひょっとしたら初共演かも)
 それにしても不思議な劇団である。キャスティング表を見ると、現在のそとばこまちには座長の北川肇、女優の西村頼子、中西邦子、男優の後藤英樹ぐらいしか顔と名前を知っている役者はいない(しかもそれでいてキャスト表にはゲストを除いても22人の名前が並んでいる)のに、そして、クレジットはされてはいるけれど正直言って、作の中司、作・演出の坂田大地もそれっていったいだれ、という感じなのにそれでも達者とゆるさが混在している芝居の質感といい、どうにも役者芝居なところといい紛れもなくそとばこまちなのである。
 現在の座長である北川肇が8代目座長であるというのはどういう風にカウントしているのかが、よく分からないところがあるのだが、私が知る限りでも劇団の顔である辰巳琢郎(当時はつみつくろう)、上海太郎、生瀬勝久、小原延之と受け継がれてきた。
 その間に迷走と思われるような時期もはさみながらも、それが30年も続いてきたということはある意味、演劇界の七不思議にいれてもいいぐらいだ*1。もっともこの劇団が不思議なのは俳優が入れ替わる過程で新たな才能が登場してくることで、最近の例でいえば生瀬勝久が退いて、劇団が空白状態になるかと思うと今度はそれを引き継いだ小原延之がそれまでとはまったく異なる社会問題を射程にいれたシリアスな群像会話劇「丈夫な教室―彼女はいかにしてハサミ男からランドセルを奪い返すことができるか―」を発表してあのそとばこまちがと驚嘆させ、それで今度はその路線で一時代を築くかと思うと退団してしまう。
 政治になぞれえるなら、どうやらこの劇団はそれぞれタイプは異なるが個性が強く、作家性の強い上海太郎や小原延之のようなニューリーダータイプの主宰者がコントロールしにくく、それを継続していくのが難しいような性向が組織としてはあって、その意味では自民党を連想させるところがある。そして、新座長就任以降の北川肇のというか、そとばこまちの方向性を見ている限りは現在は保守本流への回帰というようなところがうかがえる。この芝居だけから判断するのはそとばこまちの場合、流れを見誤ることになりかねないので、軽率な判断は避けたいが今回の作品などからみると、その作風は若い人間が作っている稚拙さはまだあっても、生瀬座長時代に近い気がする。もっとも、最近はアトリエでの公演を重視していることを考えると、原点回帰は京都にアトリエを持っていた上海太郎以前の時代に規範を置こうとしている感もうかがえ、今回の上海太郎客演には中心メンバーのそういう意図が反映されているのかもしれない。目下のところはアトリエのインキュベート機能によって次世代の才能が現れるのを待っているということなのであろう。
 それにしてもこの劇団、誰かが関係者に膨大なインタビューを敢行して、その歴史の裏側を掘り下げるようなドキュメンタリーを書いたら、ノンフィクションとしても組織論としても面白いと思うのだが、だれか劇団創立40周年を目指してそういうの書いてくれないだろうか。「わが青春のそとばこまち」とか。いくらなんでも、この題名は臭すぎるか(笑い)。しんどそうだから、私が書きたいとは口がさけてもいえないのが残念(笑い)。
 
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*1:残りの6つがなんなのかは分からないが(笑い)