「カメラになった男 写真家中平卓馬*2」(小原真史監督)

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写真家中平卓馬のドキュメンタリーといえば写真家のホンマタカシが撮影した「きわめてよい風景」が2004年に公開されているわけだが、公開時期こそずれているもののほぼ同時期*1にもうひとつのドキュメンタリー「カメラになった男 写真家中平卓馬」が別人の手により撮影されていたというのを知って正直言ってびっくりした。
というのはこの時期に写真界においてはその名前は知られているとはいえ、一般にそれほど有名というわけではない中平の日常を2つのカメラが追いかけていたことになるからで、自分がカメラマンでもある男がそういう風に逆に映される存在であり続けるということはどういうことなのかを思わず考えてしまったからである。
 もっともこの2つのドキュメンタリーはほぼ同時期の中平を追いかけていたという1点を除けばまったくといっていいほどアプローチが違い、そのそれぞれから同じものを映していたにもかかわらずかなり印象の違う中平卓馬像が浮かび上がってきているというのも興味深かった。
 ホンマの「きわめてよい風景」については公開時に感想*2を執筆しているので詳しいことはそちらを参照してもらいたいが、そちらがドキュメンタリーとしてはきわめて破格な作り方をしているのに対して、この「カメラになった男 写真家中平卓馬」は比較的にオーソドックスな作り方をしている。

 中平卓馬には興味を持っていた。写真に本格的に興味を持ち出したのは最近のことなので中平の存在を知ったのは実はつい最近といっていいのだが、この写真家が単に写真の実作者というだけではなくて、日本現代写真を代表する論客であったということ。それはつい最近、中平卓馬中平卓馬の写真論」を読了してはっきり分かったのだが、その舌鋒の切れ味は鋭く確かにこの分野において中平は日本を代表する知性であったといっても過言ではないと思う。
 そういう存在であった中平が1977年9月11日未明、多量のアルコール摂取により、昏睡状態に陥り、その後意識が回復したとき、記憶のほとんどを失うとともに言葉の大部分を失ってしまったこと。そして、そうであるにもかかわらず写真を撮り続けていること。そこに多くの考えさせられることがあると思ったからである。

「きわめてよい風景」の感想にこんなことを書いたのだが、そうした私自身の興味のあり方はこの「カメラになった男 写真家中平卓馬」に対しても同様である。そして、そういうことに対して、ホンマの作品は明らかに興味がないような素振りで現在の中平の壊れ方を淡々と描写していくという風だったのに対して、小原真史は沖縄での中平の撮影旅行で宿をともにし、密着同行して対象というよりは近い距離感を持ち続けることで、中平の日常での発言の断片から「失われた記憶」にかかわる部分を拾い上げるような意図が明確に感じられた。
 もっとも、そのことで一応、ホンマの作品に比べれば一見分かりやすく中平の人となりを伝えようとする構えは見せているのだが、実は全編を通して俯瞰して見てみるとそのことで中平卓馬という存在が理解できるようになったかといえばかならずしもそうではないのが中平卓馬の面白さである。
 なにも知らないと思われる観光客のような人に記念写真の撮影を頼まれてちゃんと応じていたのには思わず笑ってしまった。
 KAVCでは森山大道の展覧会もやっているこれもいかなくちゃ。

寺山修司生誕70年 KAVC映像企画展

寺山修司+森山大道あゝ、荒野」展
日時:12月1日(金)〜17日(日)11:00〜19:00
   (初日19:00〜、最終日〜17:00)
場所:KAVCギャラリー
内容:寺山修司の遺した唯一の長編小説「あゝ、荒野」と、森山大道の時代を鋭く記憶した写真とのコラボレーション。
お問い合せ先:078-512-5500(KAVC)【自主

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*1:おそらく中心となっている撮影時期はどちらも2003年

*2:http://d.hatena.ne.jp/simokitazawa/20041201/p3