いるかHotel 「月と牛の耳」

いるかHotel 「月と牛の耳」*1王子小劇場)を観劇。

 格闘技一家の物語。空手家の父が記憶障害の病いで入院。それは一度寝てしまうとその日の起床から寝るまでの記憶を失ってしまうという特殊な症状で、彼の記憶は7年前までで止まっている。病気が発症した日は長女が初めて婚約者をつれ、見舞いにきた日だった。病院の職員は、彼を地下にある病室に隔離し、テレビも故障と偽り、外界とのいっさいの接触を絶ち、毎日がその日であるかのように振る舞い、訪問が中止になったと偽ってきた。しかし、この日はいつもとは違う。年に1回だけ家族が集まる特別な日なのだ。

畑澤聖悟(渡辺源四郎商店)が弘前劇場時代の2001年に上演した代表作を谷省吾(いるかHotel/遊気舎)が演出。今年の1月に大阪HEPHALLで初演、好評を得て、今回は旬な劇作家を取り上げてトリビュートしていくという企画の第1弾「王子小劇場トリビュート001 畑澤聖悟」に参加しての東京初演となった。
弘前劇場時代から畑澤聖悟という劇作家にはアーティスト志向以上に職人的な技芸があるのではないかと思っていたが、そういう意味でやはり(いい意味で)職人的な技芸を感じさせる谷省吾の演出とは相性がいいのではないかとこの再演を見ながら考えた。ここでの俳優の演技は谷のディレクションもあって、いい意味でデフォルメされていて、ドキュメンタリズムによるリアルを重視した弘前劇場の上演とは方向性が異なるが、その分、分かりやすく面白く、サービス精神に満ちた良質のエンターテインメントに仕上がっている。しかもそうでありながらも、そのサービス精神も「やりすぎ」ぎりぎりのところで*2きわどくとどまって、綱渡りのなかで4人の兄弟(姉妹)の父親に対する関係性の違いやこの作品の肝である長女の夫の義理の父親に対する微妙な感情を提示していく演出の方向性は地味でありながら、きわめて的確で、俳優たちそれぞれの個性をうまく引き出しながら、畑澤の劇世界はきっちりと過不足なく表現している。
 俳優では初演を見て、こんな俳優がいたかと瞠目させられた加藤巨樹がやはりいいが、この日の演技は初日で張り切ったためか、やや肩に力が入りすぎていて、最大の見せ場となる「宮本武蔵」の暗誦の場面などやや声を張り上げすぎなのが少し気になった。ただ、アンサンブルに関していえば一部の配役が入れ替わったことで、やや不安もあったのだが、初演でやや弱かった前半の笑いをとる場面などは配役の入れ替えでパワーアップ。わずか1年というインターバルだが若手の俳優に成長の跡が見られたことで、作品の深みはより増した感もあった。
 ただ、今回の上演ではなんといっても特筆すべきは主演の空手家を演じた隈本晃俊(未来探偵社)の類まれなる存在感である。弘前劇場の初演では同劇団の看板である福士賢治が演じたことでも分かるようにこの役柄はきわめて難易度の高い役柄だ。元々、「空手バカ一代」の大山倍達をモデルに畑澤が創作したことでも分かるように実際には絶対にいないような人物(笑い)のわけで、そのことはこと戯曲として考えた場合には荒唐無稽な設定といいかなり無理があるという点ではこの台本には大きな欠陥があるわけだが、隈本はその巨体を生かして見事な存在感でこれを演じきった。こと「嘘くささ」「いんちきくささ」という意味では福士賢治の上を行ったかもしれない。
 この舞台は東京では30日まで、年明けにはピッコロ劇場での関西公演(1月6日−8日)もあるので、スケジュールに都合のつく人は必見の舞台だと思う。
人気blogランキングへ

*1:http://d.hatena.ne.jp/simokitazawa/20060112

*2:本人がブルース・リーで登場するのはお約束ではあっても、ぎりぎりアウトという気がしないでもないが、まあ遊気舎でもそうだから谷が出演した以上は仕方がないか(笑い)。