ロベルト・ヴィーネ監督「カリガリ博士」

 ロベルト・ヴィーネ監督「カリガリ博士を見る。

カリガリ博士 [DVD]

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 いずれもレトロ・ムービー・コレクションというシリーズで廉価版で出ていたのを見つけて購入した。壮大なスケールの舞台美術を駆使した一大スペクタクル「メトロポリス」、シュールレアリスムを思わせる絵画的な造形が光る「カリガリ博士」と映画としての作風はまったく異なるが、いずれも素晴らしいビジュアルプレゼンテーションで、当時のドイツ表現主義の底の深さを感じさせるにたる傑作である。
 「メトロポリス」は82年のクイーン(フレディ・マーキュリー)などの音楽のついたバージョンを映画館で見たことがあるのだが、その版とは音楽だけの問題だけでなく編集が違うようである。まずこのバージョンには当時の日本趣味をうかがわせる有名な「ヨシワラ・バー」の場面が登場しない。これが残念だった。
 というのはSF映画のなかで私が個人的にもっとも好きな映画のひとつに「ブレードランナー」があるわけだが、この映画はフィリップ・K・ディックの「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」が原作とされている*1わけだが、実はそれとはまったく違う意味で「ブレードランナー」がこの「メトロポリス」を下敷きにしていると考えているからだ。映画「メトロポリス」が映画「ブレードランナー」の未来都市のランドスケープに影響を与えたなどという記述がよくされているが、影響どころではない。「ブレードランナー」の冒頭の高層ビルの谷間をぬうように空飛ぶ車(スピナー)が螺旋を描いて降下してくる場面があるのだが、このカットなどはビルを俯瞰して見る構図までが同じなので、「メトロポリス」からの引用であることは明白である。元々、「メトロポリス」と「ブレードランナー」は人間そっくりのアンドロイドが登場するという意味で共通点があり、監督のリドリー・スコットが同じ主題の映画の古典であるこの作品を意識していたのは明らかで、そうでなければ原作のディックの作品にはない「ブレードランナー」の未来都市の東洋趣味(日本趣味)がどこから来たのかというのはうまく説明できないであろう。今回見直して思ったのはそのほかにも引用したのではないかと考えられる場面がいくつか散見されたことで、そのひとつが建物の屋上のようなところで1対1の格闘をするところだ。
この場面などはある意味、アクション場面の定番ともいえなくもないから、そうであると実際に証明することは監督に直接確かめてみないと難しいところだが、ここも「メトロポリス」を見ていて、「ブレードランナー」のその場面がすぐに思い浮かんだぐらいの印象的なシーンだっただけに関連性はあるのじゃないだろうか。
 「メトロポリス」に話を戻そう。この映画の最大の魅力は登場するアンドロイドの造形美である。SF映画にでてくるデザインのなかで、これに匹敵するのはギーガーがデザインしたエイリアン*2の造形ぐらいしか思いあたらない。実に官能的ともいえるほどに優美なフォルムなのだ。「スターウォーズ」のR2-D2の造形に影響を与えたとされているらしいが、キャラは別にして美術作品としての完成度からみれば役者が違うとしかいいようがない。残念なのはすぐにアンドロイドは人間の姿になってしまいこの姿ではあまり動かないことだが、当時のSFX技術(という言葉自体もないが)からしたらこれはやむをえないか。もっとも、登場が一瞬だからこそ余計に印象的というのはあるかもしれない。
 そういえば不思議なのは俳優ではマリアと偽マリアの1人2役を演じるブリギッテ・ヘルムが妙に身体をぐねぐれとしねらせるようなその動きがやはり官能的で魅力たっぷりなのだが、ひとつ疑問に思ったのは偽マリアのデビューシーンでダンスを踊るのだが、これがいったいどのようなダンスなんだろうということだ。衣装からするとやはりほぼ同時代のバレエ・リュスの衣装を思わせるようなエキゾチズムを感じさせるのだが、このダンスは明らかにバレエではない。そうかといって、私がイメージするドイツ表現主義舞踊とも違うし*3ミュージカル「キャバレー」に出てくる大衆キャバレーのようなところで踊られていたようなスタイルに近いのだろうか。いずれにせよ官能的かつ蠱惑的なダンスである。
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*1:というかそうクレジットされている

*2:やはり監督はリドリー・スコット。これは偶然じゃないと思う。

*3:むしろ、ダンス以外の群集場面の動きの処理などには表現主義舞踊的な匂いが感じられる