デス電所「残魂エンド摂氏零度」@精華小劇場

デス電所「残魂エンド摂氏零度」(精華小劇場)を観劇。

 出演:
 山村涼子 :ニア
 丸山英彦 :リイチ(ニアのパートナー)

・破壊活動組織ポロロッカ
 豊田真吾 :アゴン、タカン(兄弟)
 米田晋平 :ソマフ
 松下隆  :リヒト
 竹内佑  :新入り

 田嶋杏子 :コッポラ(ニア隣人)
 福田靖久 :ササン(政府役人 二アらに避難勧告)

 デス電所が私にとって面白いのはその音楽劇のスタイルのユニークさにももちろんあるのだが、それ以上に作者、竹内祐の現実との向かい合い方に2000年代以降を感じるからだ。ポスト「2000年代」世代というのはある意味ポスト「エヴァンゲリオン」世代と位置づけることもできるのだが、この世代に共通する感性のひとつの特徴は電脳世界のバーチャルリアルにも代表されるように「現実」と「妄想」との間にほとんど差異がなく、地続きであるという感覚だ。
 同じく若手有望株であり、私が注目している五反田団の前田司郎と演劇としてのスタイルはまったく異なるのに感覚の類似を感じるのは世界に対する認識のあり方に共通する部分を感じるし、そのことがスタイルはまったく異なるのにそれぞれが「妄想劇」を志向することの必然性となっっているように思われるからだ。
 前作「夕景殺伐メロウ*1」に「妄想劇」と名づけ、「セカイ系」の物語との近親性を指摘したのだが、多重の入れ子構造でほとんど図(妄想)と地(現実)の区別が混沌としていた前作ほどではないが、この「残魂エンド摂氏零度」においても物語内のなにが現実の出来事でなにが妄想なのかはきわめてあいまいである。

どこか遠い未来のどこかの国。その国では国家とテロリストによる紛争が耐えなく続いていた。リイチとニアは郊外に住む一軒家で共同生活をしている。ニアは、リイチの疑問やほしいと思った物事をすぐに解決し、用意してくれる存在だった。実は、ニアは一見人間だが、その実は人間そっくりに考えて動くことのできる最新の通信機器だった。しかし、家の中こそが安全だと信じてやまないリイチはシェルターへの避難を拒否する。