木ノ下歌舞伎「三番叟・娘道成寺」@アトリエ劇研

木ノ下歌舞伎「三番叟・娘道成寺(アトリエ劇研)を観劇。

原案・監修/木ノ下裕一

「三番叟」
振付/芦谷康介
演出・美術/杉原邦生
出演/芦谷康介 磯和武明 京極朋彦
衣裳/清川敦子
演出助手/堤満美

娘道成寺
振付・演出・出演/きたまり
音楽/亀田真司 伊藤栄治
衣裳/園部典子
振付助手/松尾恵美

照明/魚森理恵(GEKKEN staff room) 照明オペ/工藤花之助
音響/齋藤学
美術製作/泉沙央里 坂田奈美子 
舞台監督/米谷有理子 舞台監督助手/濱地真実
制作/木村悠介 制作助手/浜名綾子 前川鈴香

木ノ下歌舞伎は木ノ下裕一、杉原邦生、木村悠介らを中心に京都造形芸術大学の卒業生、在学生らによる歌舞伎上演のためのプロデュースユニットである。歌舞伎上演のためのと書いたが、歌舞伎をその従来のスタイルのまま上演するというのではなく、歌舞伎の古典テキストを再構築して、新たな現代演劇として上演するというのが大きな特徴で、これまで「東海道四谷怪談」をテキストとした「yotsuya-kaidan」 *1、「四・谷・怪・談」、「菅原伝授手習鑑『寺子屋』」を原作にした「テラコヤ」*2を上演してきたが、今回は初の試みとして2本立て公演で歌舞伎舞踊の「三番叟」「娘道成寺」に挑戦した。
 歌舞伎舞踊だと書いたが、内容としてはそれぞれの作品でアプローチは異なるが、どちらも歌舞伎舞踊の原作に若干の素材を借りたコンテンポラリーダンスという風に考えた方が適当かもしれない。実はこれまでの木ノ下歌舞伎の公演では俳優の台詞回しや美術、衣装などは現代風なものであっても、台本(テキスト)は古典歌舞伎で使われたものを上演時間などの関係から若干のテキストレジストはするとしても、原則としてそのまま用いて、現代的な意匠に合わせての改変はしないということがあり、それが木ノ下歌舞伎という集団の暗黙のルールのようなものとなっていた。
 そのため、今回この公演を見るうえでまず気になったのは歌舞伎舞踊のなにを原作として活用するのかということで、そういう目で作品を見たためにいささか通常のコンテンポラリーダンスを見る際の目の向け方と異なる見方をするはめになったことをまず指摘しておきたい。
 舞踊においてまず簡単な現代化の方法としては物語(ナラティブ)をなぞるという方法があるだろうが、そういうことはしないつもりだったのが、「三番叟」「娘道成寺」という演目選定の段階ですでに分かる。まず、「三番叟」だが一般に祝祭舞踊とも称されるようにこの舞踊には物語らしい物語は存在しない。自らの手でこの舞踊を解説するにはいささか手に余る部分があるので、ネット上に転載された「大辞泉」での字句解説を引用してみる。

さんば‐そう【三▽番×叟】
1 能の「翁(おきな)」で、千歳(せんざい)・翁に次いで3番目に出る老人の舞。直面(ひためん)の揉(もみ)の段と黒い尉面(じょうめん)をつける鈴の段とからなり、狂言方がつとめる。また、その役および面。→式三番(しきさんば)
2 歌舞伎・人形浄瑠璃に1が移入されたもの。開幕前に祝儀として舞われたほか、一幕物の歌舞伎舞踊としても発達。
3 地方に1または2が伝播(でんぱ)し、各地の民俗芸能に取り入れられたもの。多くは最初に演じられる。
[ 大辞泉 提供:JapanKnowledge ]

通常の手順では「三番叟」は3人の演者により以下のような手順で踊られる。

序段
座着き:笛の前奏によって役者が舞台に登場する。
総序の呪歌:一座の大夫が、式三番全体に対する祝言の呪歌を謡う。

翁の段
千歳之舞:翁の露払役として若者が舞う。
翁の呪歌:翁が祝言の呪歌を謡う。
翁之舞:翁が祝言の舞を舞う。

三番叟の段
揉之段:露払役の舞を三番叟自身が舞う。
三番叟の呪歌:三番叟が千歳との問答形式で祝言の呪歌を謡う。
鈴之舞:三番叟が祝言の舞を舞う。

 木ノ下歌舞伎がこれまで上演してきたのは「四谷怪談」「寺子屋」といった作品でここでは現代演劇としての上演とはいっても脚本はほぼ歌舞伎原作のものがそのまま現代風に改稿されることなどなく使用された。
 それでは歌舞伎舞踊の場合はどうだったのだろうか。考えられるのは戯曲のある作品同様に表現に現代的な意匠を施しながらも物語(ナラティブ)をなぞることで、有名なものではマッツ・エック版「ジゼル」「白鳥の湖」、プレルジョカージュ版「ロミオとジュリエット」など欧米のコンテンポラリー作品によくある古典バレエの改作などはほとんどこの方式で作られている。ところが「三番叟」は、歌舞伎舞踊ないし能として上演されたりはするのの元々はもともとは神事からきた曲、神に捧げられる舞でありそこには特定の物語などが語られるということはない。それで「三番叟」をやるということを聞いた際に最初から高いハードルを設けたなと思ったのだが、ここではどうやら古典の「三番叟」を2つの手段で現代の舞台表現に移行させ、再構築を図ったようだ。
 完全にすべてそうであるかどうかは残念ながら「三番叟」に対してそれほど詳しいわけではない私には確認が難しかったが、ひとつは全体の流れが上に引用した「三番叟」上演の手順に沿っているということ。もうひとつが最初に3人のパフォーマーが縦に並んで腰を少し落とし、摺り足で左から右にゆっくりと動いていく部分をはじめ、歌舞伎の「三番叟」からいくつかの演者の動きを引用して、パフォーマーらの振付に落とし込んでいることだ。
 もっともこの舞台において原型の「三番叟」との差異は明らかで、まず音楽にはBGMとしてエレクトロニカ系のアップテンポなダンス音楽を使い、ダンサーの振付は動きの一部こそ「三番叟」からの引用だと書いたがもはや実際のダンスからはそうだということはあらかじめ言われて注目していないと分からない。ちょっと変だなと思いはするが、音楽にシンクロして踊られるダンスにしか見えない。さらに言えば、ダンスをショーアップするためにダンサーの動きには「三番叟」だけではなく、ショーダンス(EXILEのもの?)と思わせるダンスもパロディ的に引用されていて、全体としてはそうしたいろんな要素のアマルガムとなっている。ダンスとして楽しく見られるから、それ以上なにをとも思うけれども、これが木ノ下歌舞伎の作品であるということを考えにいれれば冒頭で渡辺保のパロディ(パスティッシュ?)とも思われる演目解説のナレーションが引用される部分なども除くと、実際の作品と歌舞伎の関連性はそれほど明確ではなかったように思われた。
 一方、きたまりの「娘道成寺」はいきなり天井から吊った縄につかまってブランコのようにブラブラと揺れるところからスタートする冒頭が印象的。度肝を抜くようなインパクトがあった。その後のダンスも身体の柔軟性などを十分に生かした振付でまりのダンサーとしての魅力を存分に感じさせるものであった。もっともこれはダンス作品としては面白いのだが、こちらは「三番叟」以上にどこが「娘道成寺」なのだと途方にくれる感じ。

*1:木ノ下歌舞伎「yotsuya-kaidan」http://d.hatena.ne.jp/simokitazawa/20060508

*2:木ノ下歌舞伎「テラコヤ」http://d.hatena.ne.jp/simokitazawa/20070422