トヨタコレオグラフィーアワード2008最終選考会

トヨタコレオグラフィーアワード2008"nextage" 」世田谷パブリックシアター)を見る。

山賀ざくろ・泉太郎 (やまが・ざくろ、いずみ・たろう)「天使の誘惑」◎☆
得居幸(yummydance)「Bring Me a PPPeach. (もももってきてちょうだい?)」◎★☆
鈴木ユキオ(金魚)「沈黙とはかりあえるほどに」◎
KENTARO!! 「泣くな、東京で待て」★(横浜ソロ×デュオ・フランス大使館賞)☆
北村成美「うたげうた」★☆
きたまり(KIKIKIKIKIKI)「サカリバ007」◎★☆

ネクステージ審査員】
John Ashford(ザ・プレイス シアターディレクター)
石井達朗(舞踊評論家)
伊藤キム(振付家・ダンサー)
Margaret Lawrence(ダートマス大学ホプキンスセンター プログラムディレクター)

結果
オーディエンス賞 :KENTARO!!
きたまり
ネクステージ特別賞:KENTARO!!
次代を担う振付家賞:鈴木ユキオ

 トヨタコレオグラフィーアワード2008の最終選考会である"nextage"が6月28日東京・三軒茶屋世田谷パブリックシアターで開催された。セカンドステージの選考方法*1についてなどを以前に書いたように選考過程の全体についての疑問は若干残ったけれども、選考結果についてはほぼ順当なものだったのではないかと思う。審査員の顔ぶれは変わったけれども、その意味ではワードとしての方向性や最終選考における選考基準は揺らいでいない。選考結果が自分たちの思い通りにならないことで東京の一部のダンス関係者の間にはいらだちがあるようだが、その事実こそここ最近のコンセプト重視の一部の東京のダンスの世界標準*2からのかい離がますます明確になってきたのじゃないかと感じた。
 もっとも実は今回は極端にそうした傾向の強いものはセカンドステージの段階で姿を消しているため、結局、賞にはいろんな意味で一番完成度の高いものが入った。単純にそういう風に見えた。
 個別の作品について振り返ると、先ほどコンセプト重視の一部の東京のダンスはほとんど落ちたと書いたけれど、唯一の例外が山賀ざくろ・泉太郎による作品。山賀さくろのダンスをテレビモニターに映し、そのモニター上に美術家の泉太郎が黒のマジックインキのようなペンでへたうま風の絵を描いていき、それをまたテレビカメラで映して、それをプロジェクターで壁面に映すという作品。テレビモニターという映像を映す装置を多重的に介在させることで、見る者の視線を単線ではなく複雑に交錯させていくという効果がちょっと面白い作品だが、残念なのはその面白さが、山賀のパフォーマーとして、あるいはパーソナルな個性には関係していてもダンスとしてどうなのかといえば「ほとんどなにもない」ことで、どうやら、これを選んだ人の一部は既存のコンテンポラリーダンスというのを想定して、これをそれと対峙させようとしたのかもしれないが、山賀ざくろの個性そのものは嫌いでなく、むしろ好きだがこの作品がアワードに登場する意味合いは残念ながら最後まで不明だと思った。

 一方、得居幸(yummydance)の「Bring Me a PPPeach. (もももってきてちょうだい?)」は初演となっているこまばアゴラ劇場での公演*3も見ているのだが、よくも悪くもその時とはまったく違う作品となっていた。それを勘案して相対的な出来栄えとしてはかなりよかった、と個人的には思ったのだが、作品としてはやや「これだ」というインパクトに欠けたきらいは否めなかった。
 よくも悪くもと書いたのはこういうことだ。まずそれぞれのダンサーの動きの精度などを含めた作品の完成度という意味ではきわめて完成度の高い舞台に仕上がった。ただ、それはいつもの公演と比べると非常に広い空間である世田谷パブリックシアターで作品を成立させるために時に封じ手のようにしてきた既存のダンステクニックを開放するなどして、脱力感や日常的な身体によるyummydance特有のインティメートな雰囲気を相当程度犠牲にしてのことだった。この方向性は見ている私を若干戸惑わせはしたが、仕方ないとも思った。というのはおそらく、この世田谷パブリックシアターの空間ではアゴラあるいはセカンドステージでやったことをそのままだと空間にのみ込まれてしまったのではないかとも思ったからだ。この世田谷パブリックホールの空間がかならずしもすべてのダンスに合うとは限らないのだが、この大空間では伝わりにくい個性を持ち味とするyummydanceにとってはこのトヨタのレギュレーションは若干不利に働いたのではないかと思う。
 ただ、作品のインパクトという意味ではこの集団の課題も露呈した。yummydanceとしてのトヨタノミネートは実は2回目なのだが、前に出た作品である
「Knewman」では振付家はなんと宇都宮忍・戒田美由紀・合田緑・高橋砂織・得居幸・三好絵美というダンサー6人の連名でつまり集団創作により作品を
作っていたわけだ。今回の作品は得居幸の振付ではあるが、彼女の場合、以前のレビューにも書いたが、振付はムーブメントオリエンテドに自己主張をするということはあまりなくて、メンバー個々の動きやキャラの特徴を拾い上げて、それを関係性のなかで見せていくことに終始する。そして、それが少なくとも内部向けにはうまくいっていたように思えるが、このコンペの場でやはり「場面場面は魅力的であったり、印象に残るところはあっても、作品全体としてのイメージがシャープには像を結ばない」という最大の問題点は完全に解消しなかったのではないかと思う。実は翌日の審査員講評では「振付のボキャブラリー、アイデアは豊富だが……」というようなことを伊藤キムらが指摘していたが、これはこの作品がどうという問題ではないのでもう一度今後のyummydanceの集団としてのあり方について考えてみる時期にきているのではないかと思った。

 そういう意味では鈴木ユキオの「沈黙とはかりあえるほどに」はyummydanceとはほぼ対極にある作品。ダンスの語彙は少ないというより、片足だけでばバランスをとり上に伸びようとするが、オフバランスとなりもがいたような動きで再びバランスを取ろうとするという鈴木の冒頭のソロに代表され極端に言えば「それひとつだけしかないのでないか」と思ってしまうほど、その分、コンセプトというか作者の意図は明確で理解しやすい。その作者の意図を具現化するパフォーマーも鍛えぬかれていて、作品が面白いかどうかというのは置いておいて、隙がなくこのコンペという場では減点がしにくい作品となっていた。鈴木本人が室伏鴻の作品で見せたように高度な身体性を感じさせるダンサーでもあり、濃紺な女(獣性)を感じさせた2人の女性ダンサーも存在感たっぷりであった。この以上長いと展開しようがない作品とも感じたが、表題通りに冒頭の轟音が一瞬にしてカットアウトして後に沈黙だけが残るという場面が繰り返させるというアイデアは秀逸でほかの振付家の応援モードで会場に来ていた私もこれが終わった瞬間にはよほどのことがなければ今年はこれで決まりかも、と思った。

 一方、KENTARO!!は将来のスター候補生としての若者だけが持つ輝きに溢れていた。彼が近藤良平康本雅子に続くコンテンポラリーダンスの世界(あるいはダンスの世界)の人気者となっていくのはほぼ間違いないと思った。実は作品についてはまだまだ甘いところが山ほどあるし、作品以前かもしれないとも思っているのだが、この圧倒的なポピュラリティーは日本のコンテンポラリーダンスにかけているもので、あるダンス関係者が「ただのヒップホップ」「ただのエンタメだ」と切り捨てたのを聞き、思わずあ然として反論してしまったのだが、けっして「ただの」というものではないと思う。普通のヒップホップダンサーはKENTARO!!のようなダンス作品を作らないし、海外のヒップホップ系コンテンポラリーダンスもずいぶん見たけれど、アメリカのものから抜け出せずKENTARO!!のような種類のオリジナルティーを感じさせるものは皆無だった。「ヒップホップ」「エンタメ」に関して言えばそのどこが悪いと思っている。驚くべきことは康本雅子はともかくとして近藤良平が一度もこの種の振付賞に応募していないようにKENTARO!!のタイプはこの種のコンペとは折り合いがいいとは思えないのだが、グランプリに輝いた横浜ソロ&デュオとトヨタアワードと一貫して、外国人の審査員(しかも国籍は仏、米、英と多様である)がKENTARO!!を高く評価しているのは無視できないなにかが彼にあるからだと思うがどうだろうか。もし「エンタメだからだめ」というのであれば康本雅子も「だめ」というのでなければ終始一貫してないし、ジャンルについてそれをいいだしたら「水と油」は「ただのパントマイム」ということになるのだが。コンテンポラリーダンスというジャンルがなんらかの既存のジャンルのダンスに対する異議申し立てなんだとすればKENTARO!!は既存のストリート系ダンスのあり方への異議申し立てとして作品を作っていることは明確で、それを認めないのはアンフェアだと思うがどうだろうか。
 さてソロダンサーとしてはKENTARO!!以上に爆発力を持つはずの北村成美だが、今回、世田谷パブリックシアターで見せた「うたげうた」は見ていて「こんなはずじゃないのだけれど」ともどかしさが残って、完全燃焼せずに不発に終わった印象があった。もちろん、キャリアのある人ではあるし、随所にその魅力の片鱗は見せてくれるのだが、言葉は悪いけれど「行きたくても行けない寸止め状態」。「うたげうた」は以前にも何度か見たことがあるが、「こんな作品ではなかったはず」と思い、終了後、北村自身に聞いてみたところどうやら振付を大幅に改変したが、練り直し仕上げる時間が不足したために自分が考えていたようにはいかなかったということらしい。ただ、しげやんといえば観客を巻き込んで大爆発という風ようないままでのイメージとは違う作風への転換も模索しているようで、そのため今回はやや残念な出来栄えに終わったが、新作がどうなるかが楽しみである。
 最後はきたまりの「サカリバ007」。作品としての完成度の高さは抜群であったと思う。元になった作品は2年前のトヨタコレオグラフィーアワード2006で上演した「サカリバ」だが、JCDNの「踊りに行くぜ!!」などでの練り直しでまるで違う作品に仕上がり、この作品のひとつの到達点を示したのがこの日の上演だったと思う。2年前には初めて体験するこの世田谷パブリックシアターの大空間にのまれてしまっていて、明らかに委縮していたのではないかと思われたが、経験が人を育てるというのをつくづく感じた。
 ひとつだけ気になったのはダンサーのひとりが作品の中でこけてしまい、その後、若干片方の足をひきずるようであったことで、足を痛めたのじゃないかと思い、思わず「頑張れ」と舞台に出る娘を応援するおとうさんモードになってしまった。これが作品の印象にどの程度関係したかと終演後、何人かの知人(批評家・ダンサーからただの観客まで)に聞いて回ったのだが、誰も気づいておらず、私だけが見た幻だったかと思い疑心暗鬼になったが、足を痛めていたかどうかを別にして転んだのは事実だったようだ。
 きたまりもyummydanceの得居幸と同じでダンサーから独立して元から頭にあるイメージをダンサーに押しつけるのではなく、演劇における「当て書き」同様にダンサーの個性を生かした作品作りを重視している。この方法のよさはそれぞれのダンサーの顔が見える作品となることだが、同時にトヨタがこれまで重視してきた「振付の独立性」などの見地からするとやや客観性に欠くことになりかねないという欠点も持つ。ただ、ことこの「サカリバ」についてはダンサーの個人的な事情や怪我などのアクシデントのせいで、きたまり自身を除くと再三入れ替わったりしたという経緯もあって、ダンサー自身のキャラと舞台上のキャラとの関係性がより客観性を持ったものとして自立してきたということもあり、それが作品としての強度を上げるのに効果を上げた。

 ただ、初演がまだきたまりが京都造形芸術大学に在学中の発表公演として行われたというでも分かるように、作品としての射程はけっして広いものではない。今回のトヨタアワードがこの作品のひと区切りとなることは間違いなく、その点での成果が確かにあったとの思いから、オーディエンス賞の投票ではきたまりに一票を投じたが、この時点でも彼女が賞に届くかどうかは微妙かも、というのがすべての作品を観終わっての印象であった。
 結果は最初に書いたとおりにオーディエンス賞にKENTARO!! 、きたまり。今回から始まったネクステージ特別賞にKENTARO!!がダブル受賞。グランプリに相当する次代を担う振付家賞は鈴木ユキオであった。
 今年はセカンドステージの時点では新人に近いキャリアの振付家も選ばれていたこともあり、最終選考の審査委員も伊藤キムが新たに入るなど若干の変化もあり、トヨタコレオグラフィーアワードも変わるのかもと思わせる部分があったが、終わってみれば変わらなかったというのが正直なところだ。もっとも、私自身としてはセカンドステージの審査結果の公開など「こうすればもっとよくなるのに」ということはあっても、東京の一部ダンス関係者のような不平不満はないので、逆にダンス関係者の圧力に負けずにトヨタトヨタであったということを嬉しく思った。今回は表彰式が翌日回しになり、これまで結果についての審査員講評(コメント)がないのはおかしいと毎回言い続けてきたことがはじめて実現して、少なくとも伊藤キム、石井達朗の両氏は受賞理由についてはっきりと実名を交えてコメントしたことは評価すべきことで、これは今後審査委員が変わっても恒例として実施してほしいと思った。
 最後に今回から新たに設けられたネクステージ特別賞についてだが、これがどういう性格の賞であるかについては審査員講評のなかでは出てこず、そこの部分が気になったが、後で審査委員をひとりに直接確かめてみたところ、「特にどういう賞かについての規定はない」ということだったので、ほかの賞でいえば次点、あるいは佳作に当たるものと思われ、今回は鈴木ユキオについては全員一致での受賞ということだったので、ここからは想像にすぎないが、前回同様にまず最初に1人2票での投票があったとすれば鈴木は4人満票、もう1票は審査委員により割れたが、KENTARO!!の票が多く、ほかの人に入れた委員と議論したが結果的に投票の通りに(次点の)KENTARO!!の受賞となったということだったようだ。

*1:こちらもなんでこれがというのはほとんどなく結果については順当だったと思う

*2:それを全面的に肯定するわけじゃないけれど、ここではほぼ欧米でのコンテンポラリーダンスの市場に基づいた判断を指す

*3:http://d.hatena.ne.jp/simokitazawa/20070128