contact Gonzoその後2

 以前にも何度かこのサイトでも紹介したことがあるcontact Gonzoがどうやら面白いことになってきている。contact Gonzoについては2年前に紹介したのが最初でその時は正当に評価するというよりも面白がってのトピックス的な扱い*1だったのだが、その後、舞台芸術のPAMOアワード、現代美術の企画である「吉原治良賞記念アート・プロジェクト」と異なる2つの分野で賞を受賞*2。すでに「吉原治良賞記念アート・プロジェクト」の受賞プロジェクト*3としてフィンランドに行き森の中や核シェルターでパフォーマンスを敢行*4、帰国後は今月初め(2日)には東京でいとうせいこうナイトにも出演した。

 さらに今後*5は9月6日には720 アワード@pamo2007 グランプリ受賞記念公演、同じく9月に第3回南京トリエンナーレ2008、PLATFORM 横浜 セミナー、11月にPlatform Seoul 2008(ソウル市)と内外の美術イベントに参加し、とりあえずの締めくくりとして来年2月にはproject MINIMA MORALIA presentation and performanceと題して大阪府立現代美術センターでの展覧会とパフォーマンスを予定している。
「格闘技のスパーリングに見えるかもしれませんが」と書いてこのサイトで紹介してからわずか2年の間に異例の出世ぶりではあるが、実際にはまだダンス側からも美術側からも「なんか変なものを見た」扱いであることは変わってないかもしれない。そもそもコンテンポラリーダンスも現代美術パフォーマンスもそれぞれのダンス、現代美術という領域のなかでさえメジャーな位置にあるとはいいがたく、ましてや世間一般から見たらダンス、現代美術自体が普通の人には縁遠いマイナージャンルであるのだから、これも仕方ないことではあるのだけれど、ことアートの内部ということに限って言えば、一見単なる思い付き、戯れに思われるcontact Gonzoがダンスと美術の歴史的な流れのなかにおいてその結節点という意外と強固な立ち位置に立っているということも指摘できるのだ。
 まず、彼らの立場から考えているcontact Gonzoの立ち位置についてはいずれ私も独自にインタビューを試みようとは考えてはいるが、現在のところもっとも詳細なインタビューなどがこのサイト*6に掲載されているので、ぜひ参照してみてほしい。
 さて、私自身が考えている論点はこうである。ダンスと美術の歴史的な流れのなかにおいてその結節点という意外と強固な立ち位置と書いたが、まずダンスの方から見た時にはcontact Gonzoはその出自としては元々「コンタクト・インプロビゼーション」というジャンルの鬼子的な存在として生まれてきたということで、この一点においてアメリカのポストモダンダンスと強い結び付きを持っている。
コンタクト・インプロビゼーションがどんなものであるかということについては「コンタクト・インプロヴィゼーション 交感する身体」 という著書に詳しく紹介されていて、こちら*7にその簡単な解説あるから参考にしてほしいのだが そこにも書かれているように「コンタクト・インプロヴィゼーションは70年代はじめにスティーヴ・パクストンを中心としてポスト・モダンダンスの潮流のなかで生まれたダンス」で、特にアメリカではコンタクトジャムなどを通じてコミュニケーションツールとしての役割を果たす運動体でもあるなど単なる舞台芸術の枠組みを超えた広がりを持つことがその最大の特徴なのである。
 日本、特に関西ではMonochrome Circus(坂本公成森裕子)がその実践の中心的な人物となっているが、彼らがダンスの技法としてのコンタクトの作品への導入はもとより、コミュニケーションツールとしてのダンスという概念を作品化したコミュニティーアート的な作品である「収穫祭」*8を展開してきたのは記憶に新しい。
Monochrome Circusコンタクト・ジャム

 東京からは見えにくくなっているが、この「収穫祭」や毎年春に開催している国際ワークショップフェスティバル「京都の暑い夏」などを通じて西日本地区での彼らのプレゼンスというのは相当なものである。contact Gonzoもその中心メンバーのひとりである垣尾優がMonochrome Circusのコンタクト・インプロビゼーションについてのワークショップに参加したのがそれが生み出される最初のきっかけとなったのだが、実はそれと似たことが身体表現サークルの常樂泰にもあったんだということを挙げておけば西洋起源のダンス技法にすぎないと思われているコンタクト・インプロの意外な広がりをイメージすることができるだろうか。
 ただ、コンタクト・インプロがアメリカの70年代のフラワージェネレーションを文化的背景として持つように、その理念はどちらかというと平和的、親和的なものであり、そういう空気感がコンタクト・インプロ→収穫祭という流れを支配しているのだけれど、そこではコンタクト(接触)ということに対して例えばピナ・バウシュが問題としたような暴力性が抜け落ちてしまっていることも確かなのだ。そこからすると冒頭近くに「鬼子」と書いたようにコンタクトの概念を「暴力」「痛み」と接続させて見せたコンタクト・ゴンゾーはまさにその枠組みを受け継ぎながらも、コンタクト・インプロを批判的に継承するという意味で平和幻想が崩れ去ったポスト「9・11」を体現した新時代の「コンタクト」なのかもしれない。
 コンタクト・インプロの創始者であるスティーヴ・パクストンはジャドソン教会グループなどとしても活動した人物であるから、もちろんその点からもコンタクトとフルクサスなどが手掛けた美術パフォーマンスとの距離はそれほ遠いものではないのだが、先ほど「結節点」と書いたもうひとつの流れは「具体美術協会」のメンバーらが手掛けてきた一連の「行為性」の強いパフォーマンスとcontact Gonzoとの関係である。もちろん、コンタクト・インプロとは違ってこちらは当初構想した時点では直接的な関係はなかったのではあるが、こちらは「吉原治良賞記念アート・プロジェクト」への応募などを通じて、美術関係者にそのように受容されていくにしたがって、作り手の側もそれを意識しはじめたという経緯がある。ただ、「アート・プロジェクト」に応募するよりも早く、舞台芸術系のコンペであるPAMOアワードに応募した時点ですでに審査員の1人である維新派の松本雄吉などは「行為性」という視点からcontact Gonzoを高く評価したということもあり、この時点でもともと美術畑出身で「具体美術協会」にも深い影響を受けていると自ら明らかにしている松本が「具体」などに代表される関西の前衛パフォーマンスとの近縁性を脳裏に置いたうえでその評価を与えたのは間違いないところである。
 実際、いまだにほかに類例のないボーダレスな存在でありながら現在はパフォーミングアートとしてそれなりに洗練された姿を見せている維新派も設立当初は一升瓶1本分の水(酒?)をのみ、それをおう吐するというような荒業的な行為を含む、行為的な前衛パフォーマンスの色彩を持っていたらしい。

 上のYou tubeの映像は「具体」を代表する村上三郎の伝説的パフォーマンス「紙破り」であるが、これなどを見てみるとなんとなく、contact Gonzoと同じようなバカバカしい匂いを感じないだろうか(笑)。さらにそれをいうのであれば次に挙げるのはイブ・クラインのパフォーマンス(当時の呼び方ではハプニング)だが、これだって今になって冷静に考えれば相当馬鹿パフォーマンスなのに違いない。

 それゆえ、contact Gonzoがその「具体美術協会」のリーダーであった吉原治良を顕彰するアートプロジェクトにおいて現在山崎山荘美術館で開催されている企画展に小沢剛らと一緒に参加するなどすでに現代美術の世界で高い評価をえている「パラモデル」などをさし終えてグランプリを獲得したといことはきわめて興味深いことであった。