「ダンスの時間Summer Festival 2008(1日目)」@ロクソドンタブラック

「ダンスの時間Summer Festival 2008(1日目)13時」(ロクソドンタブラック)を観劇。

双子の未亡人「kiyome08」荻野ちよ(ダンサー) rewall(映像)
関典子
FUPRO-ject「橋をかけること。」
森美香代「マヒナの雫」

 「ダンスの時間」は20分程度のダンスの小品いくつかを集めたショーケース的な公演。この企画は上念省三(ダンス評論家、舞台評論)、サイトウマコト( 齋藤ダンス工房代表 ダンサー 振付家)、中立公平(ロクソドンタブラック芸術監督)の3氏が共同プロデューサーの形を取っていて、3人の役割分担が正確にどうなっているのかは外部からは分からない。だが、サイトウマコト氏が振付家・ダンサーであり、自分の作品を企画内で上演、あるいはダンス教師として指導してきた若手のバレエダンサーを中心にバレエ関連の作品上演に主としてかかわっていて、中立公平氏が小屋主として会場を提供するほかは黒子に徹しているのに対し、公演の最中に幕間ごとに舞台に自ら登場して司会役を務めるなど、昔のテレビのヒッチコック劇場ヒッチコック、あるいはエド・サリバンショーのエド・サリバンを覆わせるような企画の看板的な役割を果たしている。このため、どうしても「ダンスの時間」には上念省三氏の企画というイメージが色濃く匂っている。
 これはある意味、東京の吾妻橋ダンスクロッシングにおける桜井圭介氏の役割を連想させるところがあるのだが、そこには大きな違いもある。それは吾妻橋には桜井氏が舞台には登場しないけれど、桜井氏の推奨する現代東京のコンテンポラリーダンスのショーケースとしての明らかな戦略性が感じられるのに対し、そういうプロデューサーの個性、意志を反映したような企画そのものが持つ強いメッセージ、あるいは戦略性のようなものはこの「ダンスの時間」には皆無とはいわないまでもほとんど感じることができないからだ。
 そして、その戦略性のない感じというのは時として観客と見ている私にある種のいらだちを感じさせることも多かったのだが、今回この「ダンスの時間Summer Festival 2008」の公演を5日間にわたってまとめて見ることができ、その結果感じたのは上念氏の個人的な介在以上にコンテンポラリーダンスという分野における作品の方向性がやはり関西と東京では大きく違うのかもしれないということであった。
 さて、そういうことについてはおいおい書いていくことにして、まずはこの日見た4本の作品の感想から書いていきたい。双子の未亡人「kiyome08」は映像作家とのコラボレーションを試みた作品で、コンセプト的に面白いところはあるのだけれど、映像の見せ方がうまくいってなくて、見る側としてかなりいらいらさせられたところがあって消化不良の感があった。双子の未亡人はともにMonochrome circusのダンサーである荻野ちよ、佐伯有香の2人によるプロデュースユニットである。