くじら企画*1「山の声 ある登山者の追想」

くじら企画「山の声」(ウイングフィールド)を観劇。

チラシより

 加藤文太郎年譜

明治38年(1905) 3月11日、兵庫県美方郡浜坂町浜坂552番地、加藤岩太郎とよねの四男として生まれた。

大正8年 (1919) 3月浜坂尋常高等小学校高等科を卒業後、神戸市三菱内燃機製作所に製図修業生として入社。

大正10年(1921) 三菱内燃機製作所設計課のデテイル会員として山歩きを始めた。

大正13年(1924) 兵庫県内の国道、県道を歩き始めた。

大正14年(1925) 初めて北アルプス、富士山を単独縦走。以降次々と高山岳の単独縦走を敢行する。

昭和2年 (1927) 藤木九三氏創立のRCC(ロッククライミングクラブ)に入って活動を始めたもよう。

昭和2年 (1927) 4月1日、三菱内燃機株式会社、神戸製作所技手となる。

昭和4年 (1929) 一月、八ヶ岳にて初の冬山単独縦走。以降活動の場を冬山山行中心におき、

日本アルプス、他の冬季単独行を次々と成功させる。

昭和9年(1927) 三菱内燃機株式会社、神戸製作所技師となる。

昭和10年(1935) 3月、浜坂に結婚式のため里帰り。神戸から帰る途中扇山に登り、式に遅れる。

昭和11年(1936) 1月、吉田登美久と共に槍ヶ岳北鎌尾根に向かって出発したまま行方不明となる。





加藤文太郎記念図書館発行「孤高」には、加藤文太郎は用意周到かつ勇猛果敢の岳人として、「単独行の加藤」「不死身の加藤」という異名を馳せていたことが記されてあります。

私達は彼が手帳に残した山行記録集「単独行」を手掛かりにして非情の山に取り付かれた男の人生の喜びと孤独を手探ってみたいと思っています。


大竹野正典

◆ 出 演 ◆ 戎屋海老 村尾オサム(遊劇体)
舞台監督 谷本誠 舞台美術 武川康治 音響効果 大西博樹 照明 林 鈴美 宣伝美術 高岡孝充 制作 くじら企画 
◆ INFOMETION ◆
場所 ウイングフィールド TEL06-6211-8427

 大竹野正典のひさびさの新作は戦前の伝説的な登山者、加藤文太郎を取り上げた。「海のホタル -佐賀・長崎連続保険金殺人事件-」「サヨナフ」「密会」といった代表作で実際に起きた事件をモデルにした作品を作り続けていた大竹野がどうしてこんな作品をというのがそもそもの疑問ではあったが、実は本人が芝居をやらなかったここ2年ほどの間にすっかり登山にのめりこんでいた、ということで、この作品はそれで生まれたのだという。
くじら企画「海のホタル -佐賀・長崎連続保険金殺人事件-」http://d.hatena.ne.jp/simokitazawa/20051210
2005年の収穫http://d.hatena.ne.jp/simokitazawa/00000002