白井剛「blueLion」@京都芸術センター

白井剛「blueLion」(京都芸術センター)を観劇。

構成・演出・振付 白井剛

出演 鈴木ユキオ 寺田みさこ イノウエユウジ a.k.a dill (ピアノ) 高橋美和子 (ヴォーカル) 寺田ちはる (アコーディオン) 寺田敏雄 (ギター)
作曲 イノウエユウジ a.k.a dill
演出・振付補佐 岡本真理子
舞台監督 夏目雅也
照明 吉本有輝子
音響 宮田充規
映像・演出補佐 相模友士郎
衣裳 佐藤麻由(PLUSQUEHABI)
制作協力 小倉由佳子、ハイウッド

 京都芸術センターの演劇計画2008により企画され、滞在制作された白井剛の新作。これまでも山下残「動物の演劇」「It was written there」や前田司郎の岸田戯曲賞受賞作品「生きてるものはいないのか」など意欲的な作品が発表された企画だけに期待は大きかったのだが、途中休憩を含めて2時間半というのはこの種のコンテンポラリーダンスの上演時間としては長すぎないか。面白いところもあったのだけれど、全体としては冗漫な印象を否定できなかった。いかにも習作という感じの仕上がりに見えた。もう少し刈り込んでコンパクトな作品に練り直す必要があるのではないかと思った。
 特に休憩前の前半はダンスらしい場面というのがあまりなくて、パフォーマーを空間の中に配置するというのに近い印象で正直言って退屈してしまった。ただ、最後の方に出てきた鈴木ユキオ、寺田みさこのデュオで寺田がポワントのまま少し動物めいた動きをするシーンがあってそこはすごく面白かった。それだけに全体がなぜこんな風になってしまったのかが理解に苦しんだ。
 前半に比べると休憩後の後半部分はそれぞれの出演者の個性の違いがよりよく見えるような作りで面白く見られた。演奏者との掛け合いも多くなり、コミカルな味もあって、静かでほとんどゆっくりとしか動かずという場面が支配的だった前半部とは対照的に楽しく見られた。ただ、気になったのはアコーディオンに合わせての鈴木ユキオのソロなどそこだけ独立しても見られるような場面がある一方でシーンごとの連関性がやはりこちらも前半同様に薄く、ほとんどオムニバスを見せられるようで作品のひとつの全体性のようなものがここでは希薄にしか感じ取れないことだ。
 そうなってしまったひとつの理由は白井の振付の方法にあるのではないかと見えた。同じく舞踏的なメソッドを出自とするという共通点があるため、鈴木の動きはやや白井に近いといえなくもないが、舞台上で私が感じたのは鈴木はいつもの鈴木のように動き、寺田の方もいつものようにというには若干語弊があるとしても、白井の動きをなぞるような動きをすることはほとんどなく、それゆえ、この作品のなかには統一した動きのモチーフのようなものはそれほど強くは感じられなかった。鈴木も寺田ももちろん優れたダンサーであることは間違いないけれど、今回分かったのは白井のダンスの魅力は多くの場合、白井自身の特異な身体所作、動きによるところが多いのではないかということだ。演出家としての空間構成の力は白井には十分にあって、そこが普通のダンサーとは違って、自ら踊るという行為を超えたレベルでの作品の客観性のようなものを感じるのはそういうところから来るのだと思われるが、振り移すという意図はないとしてもここまで振付作品のダンサーの動きがそれぞれの共通性ではなく、それぞれの身体のあり方の違いをクローズアップする方向のみにフォーカスされるというのは白井の魅力的な動きというのは往々にして手癖のようなものであって、本人のよって十分客体化されていないのではないかという風に感じてしまった。
http://www.tp-kac.com/img/TP2008_shirai_direction.pdf